名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2011年10月

雨露に 打たるればこそ 紅葉葉の 錦を飾る
秋はありけれ
            沢庵和尚(たくあんおしょう)
            (出典不明)
(あまつゆに うたるればこそ もみじばの にしきを
 かざる あきはありけれ)

意味・・冷たい雨や露に打たれたからこそ、秋には楓(かえで)の
    葉が美しい紅葉となる。
 
    逆境を経てこそ、人も人生の豊かさを手中にすることが
    出来る。

作者・・沢庵和尚=1573~1645。江戸時代の臨済宗の僧。書画や
     詩文、茶の湯に通じる。



刈れる田に おふるひつちの 穂にいでぬ 世をいまさらに 
あきはてぬとか                  
               読人知らず
               (古今和歌集・308)
(かれるたに おうるひつちの ほにいでぬ よをいまさらに
 あきはてぬとか)

意味・・稲刈りをした後の田で、その刈り株から生えた新芽が
    いっこうに穂を出さないのは、この世を今さらに飽き
    はて、そして秋も果ててしまったからなのだろうか。

    農民の生活を反映した歌で、生活の苦しみに飽きた・
    すっかりいやになったという気持を詠んでいます。

    当時の農民の生活は、
    朝早く山に入って薪を取り、そして売りに行く。
    昼は田を耕したり、稲の根元の草取り。
    夜は草鞋を作ったり、米を搗(つ)いたり、砧(きぬた)で
    布を叩いて柔らかくする夜なべ。
    合間には炊事や洗濯に子育てもせねばなりません。
    水不足や冷害、水害などの自然災害が発生すると生活は
    困窮します。

 注・・刈れる田=稲を刈り終えた田。
    おふる=生ふる、はえる。
    ひつち=刈った後の稲株にまた生えて来る稲。
    あき=「秋」と「飽き(いやになる)」を掛ける。


古の しづのおだまき 繰りかへし 昔を今に 
なすよしもがな
              読み人しらず
              (伊勢物語・32段)
(いにしえの しずのおだまき くりかえし むかしを
 いまに なすよしもがな)

意味・・昔の倭文織(しずおり)の糸を巻くおだまきを
    繰(く)るように、再び繰り返して、昔の二人の
    仲を今に繰り返す方法はないものかなあ。
    
 注・・しづ=倭文。古代の織物の一種。
    おだまき=苧環。しづを織る糸を中空にして丸く
      巻いた機物。
    よし=方法、手段。

心あてに 折らばや折らむ 初霜の 置きまどはせる
白菊の花
              凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)
              (古今集・277、百人一首・29)
(こころあてに おらばやおらん はつしもの おき
 まどわせる しらぎくのはな)

意味・・もし折るのなら、当て推量で折ることにしょう。初霜が
    置いて、その白さのために区別もつかず、紛らわしくし
    ている白菊の花を。
 
    実景の上の面白さではなく、冬の訪れを告げ、身を引き
    締めるようにさせる初霜の厳しさと、白菊の花の清々し
    さを詠んでいます。

 注・・心あてに=当て推量で。
    折らばや折らむ=もし折るならば折ろうか。

作者・・凡河内躬恒=生没年未詳。894年頃活躍した人。「古今集」
     の撰者の一人。三十六歌仙の一人。


人住まぬ 不破の関屋の 板廂 荒れにし後は
ただ秋の風
             藤原良経(ふじわらのよしつね)
             (新古今和歌集・1601)
(ひとすまぬ ふわのせきやの いたびさし あれにし
 のちは ただあきのかぜ)

意味・・もう関守が住まなくなった不破の関の番小屋の板廂。
    荒れ果ててしまったあとは秋風が吹き抜けるばかりだ。

    かっては威勢がよかったが、荒廃してしまった不破の
    関のありさまに、人の世の無常と歴史の変転をみつめ
    ている。

    参考です。 
       東風吹かば 子は夢見て 一人去り二人去る
       残りし家守の老夫婦 身に染み入る秋の風
    
 注・・不破の関屋=岐阜県関ヶ原にあった。675年に開設、
      789年に廃止された。「関屋」は関の番小屋。

作者・・藤原良経=1206年没、38歳。従一位摂政太政大臣。
     「新古今集仮名序」を執筆。

唐衣 着つつなれにし 妻しあれば はるばる来ぬる 
旅をしぞ思ふ              
            在原業平(ありひらのなりひら)
            (古今集・410、伊勢物語・9段)

(からころも きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる
 たびをしぞおもう)
(か・・・・ き・・・・・・ つ・・・・  は・・・・・・   た・・・・・)

意味・・くたくたになるほど何度も着て、身体になじんだ衣服
    のように、慣れ親しんだ妻を都において来たので、都を
    遠く離れてやって来たこの旅路のわびしさがしみじみと
    感じられることだ。

    三河の国八橋でかきつばたの花を見て、旅情を詠んだ
    ものです。各句の頭に「かきつばた」の五文字を置い
    た折句です。この歌は「伊勢物語」に出ています。

 注・・唐衣=美しい立派な着物。
    なれ=「着慣れる」と「慣れ親しむ」の掛詞。
    しぞ思う=しみじみと寂しく思う。「し」は強調の意
     の助詞。
    三河の国=愛知県。

作者・・在原業平=825~880。従四位上・美濃権守。行平は
     異母兄。「伊勢物語」。


いつとても 身の憂き事は 変わらねど むかしは老いを
嘆きやはせし
             道因法師(どういんほうし)
             (千載和歌集・1080)
(いつとても みのうきことは かわらねど むかしは
 おいを なげきやはせし)

意味・・若い頃からずっと、いつであっても身の憂さの
    嘆きは変りはしないが、それでも昔は老いの嘆き
    をしたことがあったであろうか。

 注・・憂き=つらさ、不満。
    やは=反語の意味を表す。・・だろうか、いや・・
     ではない。

作者・・道因法師=1090~1179頃。従五位左馬助。1172年
     出家。



何処にか われは宿らむ 高島の 勝野の原に 
この日暮なば
           高市黒人(たけちのくろひと)
           (万葉私有・275)
(いずくにか われはやどらん たかしまの かちのの
はらに このひくれなば)

意味・・いったいどこに私は宿ろうか。高島の勝野の原で
    今日のこの日が暮れてしまったならば・・。

    1300年前の万葉集の旅の歌です。
    作者の途方にくれた嘆きを詠んでいます。

    今風に言えば、予約していた飛行機に間に合わ
    なかったとか、最終のバスや電車に間に合わ
    なかった時の途方に暮れた心境に似ています。

 注・・高島の勝野=琵琶湖西岸の地。滋賀県高島郡勝野。

作者・・高市黒人=伝不明。700年頃の下級官人で万葉歌人。


露と落ち 露と消えにし わが身かな なにはのことも
夢のまた夢                
            豊臣秀吉(とよとみひでよし)
            
(つゆとおち つゆときえにし わがみかな なにわの
 ことも ゆめのまたゆめ)

意味・・露のようにこの世に身を置き、露のように
    この世から消えてしまうわが身である。
    何事も、あの難波のことも、すべて夢の中
    の夢である。

    大阪城を築き、天下を統一して、多くの欲望を
    実現させて来たが、それを永続させる事は出来
    なかった。落城した今、振り返って見ると過去
    の良い思い出は全て夢となってしまった。過去
    の出来事は何であったのだろうか。
    健康である間、お金がある間、したい事をして
    来たのだろうか。お金(欲)を得るのを目的にし
    ていが、これは手段ではなかったのかと、今、
    思う。

    死の近いのを感じた折に詠んだもので結果的
    には辞世の歌となっています。

            参考、唱歌「荒城の月」です。
    https://youtu.be/7rB5OZLrCho   

 注・・なにはのこと=難波における秀吉の事業、また
    その栄華の意と「何は(さまざま)のこと」を
    掛けています。

作者・・豊臣秀吉=1536~1598。木下藤吉朗と称し織田
    信長に仕える。信長の死後明智光秀を討ち天下を
    統一する。難波に大阪城を築く。

出典・・詠草(笠間書院「和歌の解釈と鑑賞事典」)




形見とて 何残すらむ 春は花 夏ほとどぎす
秋は紅葉ば
               良寛(りょうかん)
               (良寛歌集・1159)
(かたみとて なにのこすらん はるははな なつ
 ほととぎす あきはもみじば)

意味・・私の亡くなった後の思い出の品として、何を残
    したらよいであろう。春は花、夏はほとどぎす
    秋は紅葉の葉でありたい。

    自分は形見に残す物は何も持たない、何も残せ
    るとも思わないが、自分の死後も自然は美しい。
    これが自分のこの世に残す形見になってほしい、
    という良寛の辞世の歌です。

    この歌の本歌は、道元の次の歌です。

   「春は花 夏ほとどぎす 秋は月 冬雪さえて
    すずしかりけり」

作者・・良寛=1758~1831。

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