名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2012年01月

代はらむと 祈る命は 惜しからで さても別れむ
ことぞ悲しき
              赤染衛門(あかぞめえもん)
              (詞花和歌集・363)
(かわらんと いのるいのちは おしからで さても
 わかれん ことぞかなしき)

意味・・我が子に代わって死にたいと祈る、その私の命は
    惜しくはないが、祈りがかなって子と別れる事に
    なるのが悲しいことです。

    わが子が重病で死に瀕した時の歌です。子を想う
    母親の真情が率直に詠まれ、この想いが通じて、
    息子は快癒したという(今昔物語より)。

 注・・さても=そうであっても、やはり。

作者・・赤染衛門=生没年未詳。1040年頃活躍した人。
     「赤染衛門歌集」。


わが宿は 越の白山 冬ごもり 行き来の人の
跡かたもなし
              良寛(りょうかん)
              (良寛全歌集・546)
(わがやどは こしのしらやま ふゆごもり ゆききの
 ひとの あとかたもなし)

意味・・私の家は、越後の白い雪に覆われた山の所にあって、
    冬の間は中に閉じこもってしまう。そのため、行き来
    の人はもちろん、足跡も見られないことだ。

 注・・越(こし)=越後、福井・石川・富山・新潟。

作者・・良寛=1758~1831。新潟県出雲崎町で生まれる。



古へに 変はらぬものは 荒磯海と 向かひに見ゆる
佐渡の島なり
               良寛(りようかん)
               (良寛全歌集・1239)
(いにしえに かわらぬものは ありそみと むかいに
 みゆる さどのしまなり)

意味・・昔と少しも変わらないものは、古里の岩の多い
    海辺と、沖の向こうに見える佐渡の島である。

    生きとし生きる物は皆死に、また生まれ変わる。
    盛者は滅び、また生まれる。喜怒哀楽の感情も
    その都度変わるものである。この、無常の世の
    中で、大昔から変わらないものは、荒波の打ち
    寄せる海岸と、海の向こうに見える佐渡島だけ
    である。

 注・・荒磯海(ありそみ)=岩の多い海辺。

作者・・良寛=1758~1831。

  


稽古とは 一より習い 十を知り 十より返る
もとのその一
           千利休(せんのりきゅう)
           (利休百首)
(けいことは いちよりならい とおをしり とおより
 かえる もとのそのいち)

意味・・稽古というのは、先ず初めの一歩の基本的な部分から
    習い始めて、順番を追って最後の十まで行くものだ。
    そして、そこで終わりではなく、もう一度初めに戻っ
    て稽古しなおすのだ。すると、最初は気づかなかい事
    も分かるようになる。

    稽古とは、その道の基本を徹底的に学び、次に自分の
    色を出して見る、最後に自分だけの世界を作り上げて
    行く。ただし、一番最初の基本を忘れてはいけない。

    物事を習うには、やはり最初から順番を追って習って
    行くと、よく理解出来るし身につく。最初の頃は教え
    られた通りにやっているだけで、無我夢中。だが、あ
    る程度の所まで到達すると、全体像が見えてくる。
    ここまで来れば理解しながらやれるから、より自分の
    身になり上達は早いものである。

作者・・千利休=1522~1591。安土桃山時代の茶人。

霜枯れは そことも見えぬ 草の原 誰にとはまし
秋の名残りを
           藤原俊成・娘
           (ふじわらのとしなりのむすめ)
           (新古今和歌集・617)
(しもがれは そこともみえぬ くさのはら たれに
 とわましきのなごりを)

意味・・霜枯れた様子は、そこが美しかった秋草の
    野原とも見えない。秋の名残りをいったい
    誰に尋ねたらよいのだろうか。

    霜枯れ果てて秋景色の名残りもとどめてい
    ない寂しさを詠んでいます。 

 注・・霜枯れは=霜枯れとなった今は。
    そことも見えぬ=秋の名残りがどこにある
     とも分からない。
    秋の名残り=残っている秋の景色。

作者・・藤原俊成娘=1171~1252。後鳥羽院の女房
     (女官のこと)。

このページのトップヘ