名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2012年01月

まがねふく 吉備の中山 帯にせる 細谷川の 
音のさやけさ                
            読人知らず
            (古今和歌集・1082)
(まがねふく きびのなかやま おびにせる ほそ
 たにがわの おとのさやかさ)

意味・・吉備の中山の麓を帯のように流れている細い
    谷川の音のなんとすがすがしいことだ。

 注・・まがねふく=鉄を溶かして分けること。吉備国は
      鉄を産したので、ここでは吉備の枕詞。
    吉備=備前、備中、備後、美作の四国。岡山県と
      広島県の一部。
    中山=備前と備中の境の山。







いにしへに ありけむ人も 我がごとや 三輪の桧原に
かざし折りけん
             柿本人麿(かきのもとひとまろ)
             (拾遺和歌集・491)
(いにしえに ありけんひとも わがごとや みわの
 ひばらに かざしおりけん)

意味・・その昔にいた人も、私と同じように、三輪の桧原で、
    桧(ひのき)の葉を挿頭(かざし)とするために折った
    ことであろうか。

 注・・三輪の桧原=奈良県桜井市三輪の辺りの原野。
    かざし=挿頭。草木の花や枝を折り取って、髪や冠
     に挿す。本来は装飾よりも、草木の生命力にあや
     かろうとする祈願のため。

作者・・柿本人麿=生没年未詳。700年頃に活躍した万葉集を
     代表する歌人。

ねぎごとを さのみ聞きけむ 社こそ はては嘆きの 
森となるらめ 
               讃岐(さぬき)
               (古今和歌集・1055)
(ねぎごとを さのみききけん やしろこそ はては
 なげきの もりとなるらめ)

意味・・お参りに来た人の願いをそんなにたくさん聞き
    届けて下さる神様なら、おしまいにはその人達
    の嘆きが木となって立派な森が出来るでしょう。

    信者の嘆きが多いので、それで立派な森が出来
    るという風刺です。

 注・・ねぎごと=神仏への願い事。
    はては=最後に。
    嘆きの森=鹿児島県姶良(あいら)郡にあるという。
         嘆きのきに「木」を掛ける。

作者・・讃岐=安部清行(900年没・讃岐守)の娘。

滑川 ふかき心を たづぬれば やがてわが身の
宝なりけり
             熊谷直好(くまがいなおよし)
(なめりがわ ふかきこころを たずぬれば やがて
 わがみの たからなりけり)

意味・・滑川が静かに流れているが、この滑川の言い伝えを
    聞いてみると、人の鑑(かがみ)となる教えがあり、
    このことは私の宝に相当するものだ。

    鎌倉を流れている滑川には青砥(あおと)藤綱の逸話
    があります。藤綱は鎌倉の武士で、訴訟などの審理
    に厳正で温かく、権力を笠に着る連中を決して許さ
    なかった人です。ある時、夜中に出仕する途中で誤
    って10文の銭を滑川に落します。藤綱はその時、
    50文の松明を買って来させて、自ら寒い川に降り
    て水底を照らし、銭10文を探し出します。この話
    を聞いた人々は10文のために50文も払うとは、
    と嘲(あざけ)ます。その時、藤綱はこう言ったと伝
    えられています。「たかが10文であっても、川底
    に沈んだままにするのは天下の損失である。しかし、
    50文の支出は、商人の手に渡って天下の役に立つ。
    拾った10文もまた、天下に回ってゆくのだ」と。

 注・・滑川(なめりがわ)=鎌倉の東部を流れる川。
    ふかき心=滑川に伝わる青砥藤綱の逸話。落した10
     文を50文の松明を買って探したというお話。

作者・・熊谷直好=1782~1862。香川影樹に師事。「浦の汐貝」。 
     

魂よ いづくへ行くや 見のこしし うら若き日の
夢に別れて
            前田夕暮(まえだゆうぐれ)
             (収穫)
(たましいよ いずくえゆくや みのこしし うらわかき
ひの ゆめにわかれて)

意味・・亡き君の魂よ。君の魂はどこに行くのか。見残した
    若い青春時代の夢に別れを告げて。

意味・・我がいとしい魂よ。どこに行くのだろうか。夢を追
    って追いきれずに、まだ見果てなかった、若々しい    
    日の、その夢から別れて、さまよう魂よ。

注・・魂=誰の魂なのか、君(若死にした女性)とも我にも
     取れる。

作者・・前田夕暮=1883~1951。尾上柴舟門下。「収穫」。


駒とめて 袖うちはらふ 陰もなし 佐野のわたりの
雪の夕暮れ       
            藤原定家(ふじわらさだいえ)
            (新古今和歌集・671)

(こまとめて そでうちはらう かげもなし さのの
 わたりの ゆきのゆうぐれ)

意味・・乗っている馬を止めて、袖にたまった雪を打ち払
    おうとしても、そうする物陰すらもない。佐野の
    辺りの雪の夕暮れよ。    

    馬を配し、時を夕暮れとし、一帯を白一色にして
    降る雪の中を、旅人が悩んでいる情景を画趣とし
    詠んだ歌です。

    本歌は、
    「苦しくも降りくる雨か三輪が崎狭野の渡りに
     家もあらなくに」です。

 注・・佐野=和歌山県新宮市内。
    わたり=辺り、あたり。

作者・・藤原定家=1162~1241。「新古今和歌集」の
     撰者の一人。

本歌です。

苦しくも 降り来る雨が 三輪の崎 狭野の渡りに
家もあらなくに         
            長意吉麻呂(ながのおきまろ) 
            (万葉集・265)

(くるしくも ふりくるあめか みわのさき さのの
 わたりに いえもあらなくに)

意味・・困ったことに降ってくる雨だ。三輪の崎の狭野の
    渡し場には雨宿りする家もないのに。

    旅の途中で雨に降られて困った気持を詠んでいます。

 注・・三輪の崎=和歌山県新宮市の三輪崎。
    狭野=三輪崎の南の地。
    渡り=川を横切って渡るところ。

作者・・長意吉麻呂=生没年未詳。700年前後の人。


沖つ波 たかしの浜の 浜松の 名にこそ君を
待ちわたりつれ
             紀貫之(きのつらゆき)
             (古今和歌集・915)
(おきつなみ たかしのはまの はままつの なにこそ
 きみを まちわたりつれ)

意味・・名高い高師の浜の浜辺に生えている松、その
    「まつ」という言葉のように、私はあなたを待ち
    続けてていたのですが、ついに会う機会にめぐま
    れずに残念です。

    旅先で友人が近くにやってきたのに、逢えな
    かったので詠んだ歌です。

 注・・沖つ波=沖の波は高いの意味で、高師の枕詞。
    たかしの浜=高師の浜。堺市高石あたりの海岸。

作者・・紀貫之=866~945。古今和歌集の中心的選者。
     「仮名序」も執筆。「土佐日記」。

やぶ入りの夢や小豆の煮えるうち    蕪村(ぶそん)

(やぶいりの ゆめやあずきの にえるうち)

意味・・やぶ入りで久しぶりに我が家に帰った子供が、
    小豆の煮えるわずかの間にも横になって眠っ
    てしまった。さぞかし楽しい夢でも見ている
    ことだろう。束の間の安らぎと再び奉公先に
    戻ってのつらい思いが交差する。

    中国の説話、「邯鄲(かんたん)の夢」を念頭
     に置いた句です。
     (蘆生という青年が立身を志して都に上る途中、
     邯鄲の茶店で仮睡すると、夢で富貴栄達をき
     わめたが、目が覚めると,黄梁(こうりょう)が
     煮えていないわずかな間であった。それで人生
     の栄枯のはかなを悟り、郷里に戻ったという
      お話 。)       

 注・・やぶ入り=住み込みで奉公している者が、一時
     の暇を与えられて実家に帰ること。正月の 十五、
     十六日に行われた。
    夢や小豆の煮えるうち=「盧生邯鄲(ろせいかん
     たん)の夢」の故事による。昔中国の盧生が出世
     しようと都へ上る途中、茶店で食事をたのみ、
     その粟が煮える間に一眠りしたが、その夢に、
     自分の栄華をことごとく見た。目覚めて始めて
     黄粱一炊の夢であったことを知り栄華のはかなさ
     を悟ったという。
     黄粱一炊(こうりょういっすい)の夢=人間の
     一生が短く、栄枯盛衰のはかない事の譬え。
     黄粱は粟の一種。

作者・・蕪村=1716~1783。

山城の 久世の鷺坂 神代より 春は萌りつつ
秋は散りけり
          柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)
          (万葉集・1707)
(やましろの くせのさぎさか かみよより はるは
はりつつ あきはちりけり)

意味・・ここ山城の久世の鷺坂では、神代の昔からこの
    ように春には木々が芽ぶき、秋になると木の葉
    が散って、時は巡っているのである。
 
    たえず往還する鷺坂の景が、いつの年にも規則
    正しく季節に応じて変化する様を、神代の昔か
    ら一貫してこうだったのだと感動した歌です。

    この歌から、金子みすずの詩を思い出しました。

    不思議     金子みすず

    私はふしぎでたまらない、
    黒い雲からふる雨が、
    銀にひかっていることが。

   私は不思議でたまらない、
    青い桑の葉をたべている、
    蚕が白くなることが。

    私は不思議でたまらない、
    たれもいじらぬ夕顔が、
    ひとりぱらりと開くのが。

   (私は不思議でたまらない、
    白身と黄身の卵から、
    ひょうこに生まれてくることが)

    私は不思議でたまらない、
    誰にきいても笑っていて、
    あたりまへだ、といふことが。

注・・山城の久世の鷺坂=京都府城陽市久世神社の坂。
    萌(は)り=春に草木の芽や蕾がふくらむこと。

立てそむる 志だに たゆまねば 竜の顎の 玉も
取るべし
                作者・出典不明
(たてそむる こころざしだに たゆまねば りゅうの
 あぎとの たまもとるべし)

意味・・当初に立てた志に向かって、たゆまずに努力して
    行けば竜のあごにあるとされるおめでたい玉さえ
    も、取ることが出来るのだ。

    自分が何をやりたいのか。これを見つける事が、
    全ての道の第一歩。志、目標、やるべき事、やり
    たい事、憧れ・・・。自分に向かい合って,先ず
    自分の行くべき道を見つける。これという志を立
    てたなら、もうそれは半分は成功したも同然。後
    は、日々のたゆまぬ努力があるのみ。そうすれば、
    困難と思われる事でさえも、いつの日かきっと手
    に入れる事が出来るであろう。 

 注・・竜の顎(あぎと)=竜のあご。昔は竜のあごには美
     しい玉があるとされ、入手困難とされていた。

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