名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2012年01月

わたの原 寄せくる波の しばしばも 見まくのほしき 
玉津島かも             
              読人知らず
              (古今和歌集・912)

(わたのはら よせくるなみの しばしばも みまくの
 ほしき たまつしまかも)

意味・・大海原を次から次へと寄せて来る波の如く、
    私はこの地を再び訪れて、玉津島の美しい
    景色を何度でも見たいと思う。
    
 注・・わたの原=大海原。
    しばしば=「しばしば寄せる」と「しばしば
     見る」を掛ける。
    見まくのほしき=見たいと思う。
    玉津島=和歌山市和歌の浦の玉津島神社の
     ある山。古くは海中の島であった。景色が
     美しい。

潮早み 磯海に居れば 潜づきする 海人とや見らむ
旅行く我れを
                 詠人知らず
                 (万葉集・1234)
(しおはやみ いそみにおれば かずきする あまとや
 みらん たびゆくわれを)

意味・・潮の流れがあまりにも早いので、舟を進めかねて
    磯辺にいると、水に潜って生業(なりわい)を立て
    ている海人と見るであろうか。旅をしている私な
    のだが。

幾山河 越えさり行かば 寂しさの はてなむ国ぞ 
今日も旅ゆく
             若山牧水(わかやまぼくすい)
             (海の声)

(いくやまかわ こえさりゆかば さびしさの はてなむ
くにぞ きょうもたびゆく)

意味・・幾つもの山を越え、幾つもの河を越えて過ぎて
    行ったなら、この寂しさの消える国に到り着く
    ことであろうか。ああ、今日も私はさすらいの
    旅を続けていくのである。

    「寂しさ」は人の世の悩ましさ、悲しさ、寂しさ
    であってそうした寂しさの消えるような国を求
    めて、巡礼のような旅を続けているのです。

    この歌はドイツの詩人カール・ブッセの詩「山
    のあなた」の影響を受けていると言われて
    います。

    山のあなたの空遠く 
    幸い住むと人のいふ
    ああ、われ、ひとと尋(と)めゆきて 
    涙さしぐみ、かへり来ぬ
    山のあなたのなほ遠く
    幸い住むと人の云ふ

作者・・若山牧水=1885~1928。早稲田大学卒。
     「海の声」。
 

易水に ねぶか流るる 寒さかな 
                 蕪村(ぶそん)

(えきすいに ねぶかながるる さむさかな)

意味・・昔、「易水寒し」と壮士荊軻(けいか)が吟じた
    易水は、今も流れている。ふと水面に目をやる
    と、だれか洗いこぼしたらしい葱(ねぎ)が浮き
    沈みしながら流れてゆく。「壮士一たび去って
    復(ま)た還らず」という詩意も思いあわされ、
    この流れ去る葱の行方を見つめていると、ひと
    しお川風の寒さが身にしみるようだ。

 注・・易水=中国河北省易県付近に発し大清流に合流
     する川。秦の始皇帝を刺すために雇われた剣客
     荊軻(けいか)が旅立つにあたり、易水のほとり
     で壮行の宴が張らた。そのおりに吟じた詩に
    「風蕭蕭(しょうしょう)として易水寒し。壮士
     一たび去って復た還(かえ)らず」があります。
     (意味は下記参照)
    ねぶか=根深。葱(ねぎ)の別称。
    壮士=人に頼まれて暴力で事件の始末をする人。

作者・・蕪村=1716~1783。南宗画の大家。

参考の詩です。

風蕭蕭(かぜしょうしょう)として易水寒し。壮士一たび
去って復た還(かえ)らず。

意味・・風はものさびしげな音をたてて吹き、易水の
    流れは寒々として身にしみるようだ。壮士で
    ある私は、一たびこの地を去って秦に行った
    なら、二度と生きて帰ることはないだろう。


今こそあれ 我も昔は 男山 さかゆく時も 
ありこしものを
             読人知らず
             (古今和歌集・889)

(いまこそあれ われもむかしは おとこやま さか
 ゆくときも ありこしものを)

意味・・今でこそこんなに衰えているが、私も昔は
    一人前の男で、栄えてゆく時があったのに。

 注・・あれ=である。「衰える」を補って解釈する。
    男山=京都市綴喜(つづき)郡にある山。
       「さかゆく」の枕詞。
    さかゆく=「坂行く」と「栄える」の掛詞。
    こし=「来し」と「越し」の掛詞。 
            ありこしものを=あったのだがなあ。

山ごとに 寂しからじと 励むべし 煙こめたり
小野の山里
              西行(さいぎょう) 
              (山家集・566)
(やまごとに さびしからじと はげむべし けむり
 こめたり おののやまざと)

意味・・一つ一つの山ごとに、庵でそれぞれに孤独に
    堪えて修行に励んでいる人がいるようだ。
    それぞれの立てている煙が一つとなって霞ん
    でいる、この冬の山里では。

    独りでありつつ、同行のあることへの安堵を
    詠んでいます。

 注・・小野の山里=山城国(京都府)葛城郡小野。比
     叡山の西麓。隠棲の地として有名。

作者・・西行=1118~1180.「山家集」。

家ならば 妹が手まかむ 草枕 旅に臥せる
この旅人あはれ
             聖徳太子(しょうとくたいし)
             (万葉集・415)
(いえならば いもがてまかむ くさまくら たびに
 こやせる このたびとあわれ)

意味・・家にいたならば妻の手を枕として休みもするだろうに、
    草を枕の旅に出て、こうして行き倒れに倒れてしまっ
    ている旅人よ。ああなんとあわれなことだ。

    「日本書紀」にも聖徳太子が行き倒れを悼む次のよう
    な長歌を詠んでいます。

    片岡山で、食べ物に餓えて横になっておいでになる、
    その旅人はお気の毒であることだ。親がないままに生
    まれ育ってきたのか、仕える主人はいないのか、そん
    なことはなかろうになあ。食べ物に餓えて横になって
    おいでになる。その旅人はお気の毒であることだ。

    (しなてなる 片岡山に 飯に餓えて 臥せる その
    旅人あはれ 親なしに 汝生りけめや さす竹の 君
    はや無き 飯に飢えて 臥せる その旅人あはれ)

作者・・聖徳太子=574~622。17条憲法制定、国史の編纂、大陸
     文化の導入に努める。法隆寺・四天王寺を建立。



くさまくら まことの華見 してもこよ
                     芭蕉(ばしょう) 
                     (茶のさうし)
(くさまくら まことのはなみ してもこよ)

詞書・・路通がみちのくにおもむくに。

意味・・これから奥州への旅に出て旅寝を重ねるとの事だが、
    憂いつらい旅寝をしてこそ本当に花の美しさが分る
    ものだ。旅を遊びと考えないで、真の花の美しさを
    発見して帰っておいで。

 注・・くさまくら=旅の枕詞、旅寝の意味だが、ここでは
     旅寝を重ねる生活、すなわち旅それ自体の意に用
     いている。
    まこと=真実、真理。
    華見(はなみ)=花見、花の美しさを見る。
    路通=1685年に琵琶湖で乞食の生活をしているのを
     芭蕉に見出され、蕉門俳人となった。

作者・・芭蕉=1644~1695。「奥の細道」。


八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る
その八重垣を
             須佐之男命(すさのおのみこと)
              (古事記)
(やくもたつ いずもやえがき つまごみに やえがき
 つくる そのやえがきを)

意味・・すばらしい雲が盛んに出て、立ちのぼっている。
    その立ち出ずる雲の作る、幾重もの垣・・それは
    まさに「出雲八重垣」だ。妻を籠(こも)らせる為 
    に八重垣を作っている。なんとその垣の見事さよ。

    宮殿を造る地を探している時に詠んだ歌です。

 注・・八雲立つ=出雲の枕詞。
    籠(ご)み=籠(こも)る、中に入れる。

作者・・須佐之男命=古代伝承の神。

ながきよの とをのねぶりの みなめざめ なみのり
ふねの おとのよきかな         
                  (作者不明)

(長き夜の 遠の眠りの みな目覚め 波乗り舟の 
 音の良きかな)

意味・・長い夜の眠りはすでに目覚めている。
    私は宝船に乗って心地よい波の音が聞こえて
    来る夢を見た。
    このような吉夢が見られた事は、今年は良い
    年になりそうだ。

    回文(上から読んでも下から読んでも同じ
    文字の配列)です。 

    この歌は16世紀中国の「日本風土記」の本
    に紹介されたものです。
    近世、初夢の晩(正月二日)に吉夢を見る為に
    宝船の絵を枕の下に敷く風習があった。
    その絵に添えて書かれた歌です。


このページのトップヘ