名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2012年04月


心知らぬ 人はなんとも 言わば言え 身をも惜しまじ
名をも惜しまじ
             明智光秀(あけちみつひで)
(こころしらぬ ひとはなんとも いわばいえ みをも
 おしまじ なおもおしまじ)

意味・・自分の心の中を知らない人は、どんな事でも
    言うがいい。私は信念のためには自分の身も
    名誉も惜しくはない。

    この歌は辞世の歌で「本能寺の変」以降に詠
    まれたものです。

作者・・明智光秀=1528~1582。本能寺の変で有名。

    

散ればこそ いとど桜は めでたけれ うき世になにか
久しかるべき
                  よみ人知らず
                  (伊勢物語・82段)
(ちればこそ いとどさくらは めでたけれ うきよに
 なにか ひさしかるべき)

意味・・散るからこそいっそう桜は素晴らしいのだ、
    このつらい世にいったい何が長く変わらず
    にあることが出来ようか。    

    伊勢物語の同段にある、桜の散るのを嘆い
    た次の歌に対して詠んだ歌です。

   「世の中に絶えて桜のなかりせば春の心は
    のどけからまし」     (在原業平)

   (世の中に桜というものが全くなかったと
    したら、咲くのを待ち散るのを惜しんで
    心を動かすこともなく、どんなにか春の
    人の心はのんびりすることであろう)



雨ならで もる人もなき 我が宿を 浅茅が原と
見るぞ悲しき
            徽子女王(きしじょおう)
            (拾遺和歌集・1204)
(あめならで もるひともなき わがやどを あさじが
 はらと みるぞかなしき)

意味・・雨が漏るほかには、守る人もいない我が家を、
    浅茅が原のように荒れ果てるのを見るのは悲し
    いことだ。

    父が没したあと、自邸は雨が漏り、浅茅が生い
    茂るのを見て詠んだ歌です。
    
 注・・もる=「漏る」に「守る」を掛ける。
    浅茅が原=荒廃を表す。「浅茅」は丈の低い茅
(ちがや)。草の茂った荒れた野原。

作者・・徽子女王=929~985。斎宮女御と称された。父
     は後醍醐天皇の第4子・重明親王。



のどけさよ 願いなき身の 神もうで  
             吉田松陰(よしだしょういん)

(のどけさよ ねがいなきみの かみもうで)

意味・・若葉薫る神社の鏡内で、家族連れが手を合わせて
    いる。「良い事がありますように」などと願い事
    をしているのだろう。のどかだなあ。

    松蔭が牢の中より妹に出した手紙で詠んだ句です。
    この中で「禍福は糾(あざな)える縄の如し」とい
    って、自分の入牢は「禍(わざわい)」であるが必ず
    「福」となる。「福」となるように家族は心を引き
    締めて協力しあって欲しい。「松蔭が早く牢から出
    られますように」と神頼みするのではなく、この
    不幸を廃墟から立ち直る心構えをして、「のどけさ
    よ願いなき身の神もうで」の句のよになる事を目指
    して欲しい。

作者・・吉田松陰=1830~1859。享年30歳。1854年ぺりーが
     来航した時、密航を企て入牢。その後出獄して松下
     村塾を開講。高杉晋作、伊藤博文、山形有朋等を
     育てる。1859年の安政の大獄で捕らえられ獄死する。



花よりも 人こそあだに なりにけれ いづれをさきに
恋ひむとか見し
               紀茂行(きのもちゆき)
               (古今和歌集・850)
(はなよりも ひとこそあだに なりにけれ いずれを
 さきに こいんとかみし)

詞書・・ある人が桜を植えておいてあったが、やっと花が
    咲きそうな樹齢になった時に、その桜を植えた人
    が死んだので、その花を見て詠んだ歌。

意味・・はかない桜の花よりも、その桜を植えた人の方が
    もっとはかなくなってしまった。花と人とを、ど
    ちらを先に恋い慕うようになろうなどと、思って
    見た事があろうか。そんな事を思った事もなかっ
    た。

    老後の楽しみに庭園を造ったりするが、完成する
    や否や世を去ることもある。桜を植え丹精を込め
    て成長を見守っていたのであろうが、咲き始める
    樹齢になったが、まだ花を見ないうちに世を去っ
    たのです。

 注・・あだ=徒。はかない、むなしい。

作者・・紀茂行=880年頃の人。紀貫之の父。


このページのトップヘ