名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2012年04月


心あらむ 人にみせばや 津の国の 難波あたりの
春の景色を
           能因法師(のういんほうし)
           (後拾遺和歌集・43)
(こころあらん ひとにみせばや つのくにの なにわ
 あたりの はるのけしきを)

意味・・情趣を理解するような人に見せたいものだ。
    この津の国の難波あたりの素晴しい春の景色を。

    心あらむ(好きな)人の来訪を間接的に促した歌
    です。

 注・・心あらむ=情趣や美を解する心のある人。

作者・・能因法師=988~。俗名橘永?(ながやす)。中古
     三十六歌仙の一人。26歳で出家。



いにしへに 変らざりけり 山ざくら 花は我をば
いかが見るらむ
                  藤原基長
            
(いにしえに かわらざりけり やまざくら はなは
 われをば いかがみるらん)

意味・・過ぎた昔と変わらないことだ、山桜は。その
    変わらぬ花は様変わりした私をどう見るのだ
    ろうか。

    出家してかってとは異なった姿の自分を見て、
    不変の桜と無常の人間を対照して述懐して詠
    んでいます。

 注・・我=出家して以前と異なった姿の自分。
    無常=いつも変化していること。

作者・・藤原基長=ふじわらのもとなが。1043~1107。
    正二位権中納言。1098年出家。

出典・・千載和歌集・1055。


逢ふことの 絶えてしなくは なかなかに 人をも身をも
恨みざらまし
              藤原朝忠(ふじわらのあさただ)
              (拾遺和歌集・678、百人一首・44)
(あうことの たえてしなくは なかなかに ひとをも
 みをも うらみざらまし)

意味・・逢うという事が全く期待出来ないのならば、すっかり
    諦めてしまって、かえって相手の無情さも自分の不運
    さも恨むことはあるまいものを。

 注・・絶えてし=全く、絶対に。「し」は強意の助詞。
    なかなかに=かえって、なまじっか。
    人をも身をも=相手の冷淡さも自分の運命の拙(つたな)
     さも。

作者・・藤原朝忠=910~966。従三位中納言。三十六歌仙の一人。



年ふれば よはひは老いぬ しかはあれど 花をし見れば
物思ひもなし       
                    藤原良房
            

(としふれば よわいはおいぬ しかわあれど はなを
 しみれば ものおもいもなし)

意味・・年月が経(た)ったので、私は年老いてしまった。
    そうではあるが、こうして美しい花を見ている
    と、何の物思いもないことだ。

    私は長い年月を経たのでもう老人になってしま
    ったが、満開の花のようなわが娘さえ見ていれば、
    悩みもなく満足である。

    娘の栄達を祝う言外に、よくぞ自分はここ
    まで育てて来たものだという、ほっとした
    気持ちが表されています。

 注・・よはひ=年齢。
    しかはあれど=そうではあるが。
    花=立派になった自分の娘を花にたとえて
      いる。

作者・・藤原良房=ふじわらのよしふさ。804~860。
    太政大臣・従一位。

出典・・古今和歌集・52。

 

今日のみと 春を思はぬ 時だにも 立つ事易き
花の陰かは
          凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)
          (古今和歌集・134)
(きょうのみと はるをおもわぬ ときだにも たつこと
 やすき はなのかげかわ)

意味・・今日一日かぎりと春を思わない時でさえも、花の
    咲いている所は立ち去る事が容易であろうか、決
    して容易ではあるまい。まして今日は春の最後で
    あるので立ち去る事が困難である。

    美しい花を求める心は、自分の安らぎになる物、
    メリットになる物については自分の方に引き寄せ
    たいもの、物に限らず地位でも名誉でも異性でも
    求めようとする、この心に似ている。 

 注・・立つ事易き=立ち去る事が易しい。
    花の陰かは=花の咲いている所であろうか。「か
     は」は反語の助詞。

作者・・凡河内躬恒=九世紀後半の歌人。醍醐天皇に仕え
     る。古今和歌集の撰者。

堪忍の 袋を常に 首にかけ 破れたら縫え 
破れたら縫え
              徳川家康

(かんにんの ふくろをつねに くびにかけ やぶれたら
 ぬえ やぶれたらぬえ)

意味・・堪忍袋をいつも首にかけておき、怒りの気持で
    袋がやぶれそうになったら、急いで縫い合わせ、
    気持を抑えることに心がけなさい。

    怒りや恨み、悔しさを抑え、寛容の心で人を受
    け容れる、これが堪忍の基本である。怒りはい
    っときの感情。感情にまかせていたら、冷静な
    判断が出来ず、物事はうまくいかない。自分の
    気持をコントロールし、怒りを抑えることが大
    事であるといっている。

    徳川家康は堪忍についても、次の処世訓を残して
    います。

    1 人の一生は重き荷を負うて、遠き道を行くが如し
      急ぐべからず
      2 不自由を常と思えば不足なし
    3 心に望み起こらば、常に困窮したる時を思い出すべし
    4 堪忍は無事長久(長く安泰なこと)の基
    5 怒りは敵と思え 
      6 勝つことばかり知りて負くることを知らざれば害
     その身にいたる 
      7 己を責めて人を責むるな 
      8 及ばざるは過ぎたるより勝れり

 注・・堪忍=こらえ忍ぶこと、忍耐、怒りを抑えて人
     を許すこと。

作者・・徳川家康=とくがわいえやす。1542~1616。
 

(4月14日・土)

風さそふ 花よりもなお 我はまた 春の名残を
いかにとやせん
             浅野内匠頭長矩
             (あさのたくみのかみながのり)
(かぜさそう はなよりもなお われはまた はるのなごりを
 いかにとやせん)

意味・・風に吹かれて散る花よりも、私はもっとはかない身で、
    名残り惜しい。わが身の名残りをこの世にどうとどめ
    ればよいのであろうか。

    桜の花が散っているこの庭から、遠く山の向こうの
    赤穂を想うと、わが世の春を楽しむ庶民の生活があ
    るだろう。私は、この春が終わった後はどうなるの
    かと心残りがする。

    浅野内匠頭が切腹する時に詠んだ辞世の歌です。
    赤穂では家中・家族・領民一同は今日一日が穏やか
    に暮れたように、明日も穏やかで平和の日々がある
    事を信じて、今日の終わりを迎えているだろう。
    家族や親しい者たちとの楽しい団欒やささやかな幸
    せ、それを自分の一瞬の激発が奪ってしまったのだ。
    「皆の者、許せ」と内匠頭が胸中に詫びた時、桜の
    花びらが一ひら、あるともなしの風に乗ってここま
    で運ばれて来たのである。死にたくない。

作者・・浅野内匠長矩=1667~1701。赤穂藩の藩主。「忠臣
     蔵」の発端になった人。



もろともに あはれと思へ 山ざくら 花よりほかに
知る人もなし      
                  僧正行尊
          

(もろともに あわれとおもえ やまざくら はなより
 ほかに しるひともなし)

意味・・私がお前をしみじみといとしく思うように、
    お前もまた私のことをしみじみいとしいと
    思ってくれ、山桜よ。花であるお前以外に
    心を知る人もいないのだから。

    吉野の山に修行のため入山した際、風に折
    れた枝に美しく咲く桜を見て、孤独で厳し
    い修行に耐える自己に通じ合うものを感じ
    て詠んだ歌です。    

 注・・あはれ=いとしい、寂しい、悲しい。

作者・・僧正行尊=そうじょうぎょうそん。1055~
    1135。平等院大僧正。

出典・・金葉和歌集・521、百人一首・66。



ゆきをつみ 蛍あつめし 窓のまえに おもいぞいづる
いにしえの人
             徳川光圀(とくがわみつくに)
             (常山詠草)
(ゆきをつみ ほたるあつめし まどのまえに おもいぞ
 いずる いにしえのひと)

意味・・その昔、中国の晋(しん)の孫庚という人は家が貧し
    くて油を買う事が出来ないので、冬の夜は窓に雪を
    積み、その光で書を読み勉強した。また同じ国の車
    胤(しゃいん)という人も油が買えないから、夏の夜
    は蛍を集めてその光で本を読んだ。そうした古(いに
    しえ)人の向学の志、まことにゆかしいものと、窓の
    前で思い出すことである。

作者・・徳川光圀=1628~1700。陸奥国水戸藩の第二代藩主。
     「水戸黄門」で有名。「大日本史」。



いしばしる 滝なくもがな 桜花 手折りてもこむ
見ぬ人のため
                詠み人しらず
                
(いしばしる たきなくもがな さくらばな たおりてもこん
 みぬひとのため)

意味・・ほとばしり流れる急流がなければよいのになあ。
    あの川向こうの桜の花を折り取って来ようものを。
    この美しい桜を見ない人のために。


 注・・いしばしる=滝の枕詞。流水が岩にぶつかり激
     しく飛沫をあげること。
    滝=急流。
    なくもがな=願望を表す。なければいいのに。

出典・・古今和歌集・54。



このページのトップヘ