名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2012年05月

五月闇 みじかき夜半の うたた寝に 花橘の
袖に涼しき
             慈円 (新古今和歌集・242)

(さつきやみ みじかきよわの うたたねに はなたちばなの
 そでにすずしき)

意味・・五月闇の短い夜、うたた寝をしていると、花橘の
    香りが、袖のあたりに涼しく漂ってくることだ。

    湿ったむさ苦しい暑さの中で熟睡も出来ない夜半、
    さわやかな涼しい風が花橘の香りを乗せて来た。

 注・・五月闇=五月雨(さみだれ。梅雨)の降り続く頃の
     暗闇。この時分は夜が短かい。

作者・・慈円=じえん。1154~1225。大僧正。天台座主。



海人の住む 浦漕ぐ舟の かぢをなみ 世を倦みわたる
我ぞ悲しき
            小野小町 (後撰和歌集・1090)

(あまのすむ うらこぐふねの かじをなみ よをうみ
 わたる われぞかなしき)

意味・・漁夫が住んでいる入江を漕いでゆく舟が、漕ぐ
    ための櫂(かい)を無くしたかのように、つらい
    思いをしながら、この世を生きて行く私は悲し
    い事でありますよ。
    
    他の人は何とも思わない事を、この世をいやだ
    いやだと思いつつ生きて行く我が身を、切なく
    感じて詠んだ歌です。

 注・・海人=漁夫。
    浦=入り江、海岸。
    かぢ=楫(かじ)。舟を漕ぐ道具、櫂(かい)・櫓の類。
    なみ=無み。無いので。
    倦(う)み=いやになる。「海」を掛ける。

作者・・小野小町=おののこまち。生没年未詳。833~876年
    頃の人。各地に小町伝説が伝わっている。



起き上がり 小法師を見ても 世渡りは 転びては起き
転びては起き
              作者不明
(おきあがり こぼしをみても よわたりは ころびては
 おき ころびてはおき)

意味・・世の中を渡る時は、起き上がり小法師のように、
    転んでは起き、また転んでは起きる。
    どんな事があつても、くじけず歩んで行く事だ。

    七転び八起き。何事にも失敗はつきもの。どん
    なに失敗しても七転び八起き。浮き沈みが激し
    とも、何度倒れても起き上がればいいのである。




父よ男は 雪より凛く 待つべしと 教へてくれて
いてありがとう
             小野興二郎(おのこうじろう)
             (天の辛夷・こぶし)
(ちちよおとこは ゆきよりさむく まつべしと おしえて
 くれて いてありがとう)

意味・・男が人生を渡る時、さまざまな事に出会うが、それを
    じっくりと待ち受けて清く処するべきなのだと、父は
    私に常々教えていた。雪の冷たさ、白さよりももっと
    毅然として待って、受け止めるべき人生の大切な時間
    だと父は教えていた。私はこの父の言葉を人生の節々
    に思い起こし、生きる糧としてきたのである。父よあ
    りがとう。

 注・・凛(さむ)く=りりしい、心が引き締まる、身にしみて
     寒い。

作者・・小野興二郎=1935~2007。明治大学卒業。結核に悩ま
     される。「天の辛夷」「手のひらの闇」。


きのふまで 吾が衣手に とりすがり 父よ父よと 
いひてしものを
            橘曙覧(たちばなあけみ)
            (橘曙覧歌集・20)
(きのうまで わがころもてに とりすがり ちちよ
 ちちよと いいてしものを)

意味・・昨日まで、私の袖にすがりつき、父よ父よと
    言っていたものを。

    娘が四歳になつたので、物語など聞かせよう
    と楽しみにいた所、疱瘡にかかって死んだの
    で嘆きに沈んで詠んだ歌です。

 注・・衣手(ころもで)=袖。

作者・・橘曙覧=1812~1868。紙商の長男。父母に早
     く死別。家業を異母弟に譲り隠棲。福井藩
     主に厚遇される。


春の日の うららにさして 行く舟は 棹の滴に
花ぞ散りける
              源氏物語・胡蝶の巻
(はるのひの うららにさして ゆくふねは さおの
 しずくに はなぞちりける)

意味・・春の日がうららかに射して、その中を棹をさして
    行く舟は、その滴で花が散るようですね。

    唱歌「花」です。
          武島羽衣作詞・滝廉太郎作曲
    春のうららの隅田川
    のぼりくだりの船人が
    櫂のしずくも花と散る
    眺めを何にたとうべき

    見ずやあけぼの露浴びて
    われにもの言う桜木を
    見ずや夕ぐれ手をのべて
    われさしまねく青柳を


かはづ鳴く 井出の山吹 散りにけり 花のさかりに
あはまし物を
               読人しらず
               (古今和歌集・125)
(かわずなく いでのやまぶき ちりにけり はなの
 さかりに あわましものを)

意味・・河鹿が澄んだ声で鳴いている井出の山吹は、
    すでに散ってしまった。そうと分っていた
    ら、もっと早く来て花盛りを見たであろう
    に、花の盛りに会えないで残念な事である。

    今来て見ると山吹が散ってしまっている。
    そんなに早く散ると知っていたなら、もっ
    と早く来ればよかったのに。

 注・・かはず=河鹿、蛙。澄み切った声で鳴く。
    井出=京都府綴喜(つづき)郡井出町。蛙と
     山吹の名所として名高い。

  

都だに 寂しかりしを 雲はれぬ 吉野の奥の
五月雨のころ
           後醍醐天皇(ごだいごてんのう)
           (新葉和歌集・217)
(みやこだに さびしかりしを くもはれぬ よしのの
 おくの さみだれのころ)

意味・・五月雨の季節は都にいてさえも、陰鬱で寂しい
    思いがするのに、まして山里深く、雲が晴れる
    間もない吉野の奥にいる我が身には、いっそう
    侘(わび)しさが募るばかりだ。

    五月雨の陰鬱さを詠んでいるが、南北朝の対立、
    武家と朝廷との対立、そしてその後に都を追わ
    れた天皇の侘しい心を詠んでいます。

作者・・後醍醐天皇=1288~1339。96代の天皇(南朝)。
     北条氏(鎌倉幕府)を打倒し建武の新政を成立
     するが足利尊氏(室町幕府)により吉野に追わ
     れる。


思ひきや 手なれし槍を 鍬の柄に かへて荒田を
打ちわびんとは
              良尚(よしひさ)
              (明治開花和歌集)
(おもいきや てなれしやりを くわのえに かえて
 あらたを うちわびんとは)

意味・・思ったか、いや思いもしなかった。手に扱い
    慣れた槍を鍬の柄に持ち替えて荒れた田を耕
    し疲れようとは。

    詞書は帰農。明治の新政府は旧武士に家禄を
    奉還させ、帰農・帰商を勧めた。

作者・・良尚=伝未詳。


春の鳥 な鳴きそ鳴きそ あかあかと 外の面の草に
日の入る夕
            北原白秋(きたはらはくしゅう)
            (桐の花)
(はるのとり ななきそなきそ あかあかと とのもの
 くさに ひのいるゆうべ)

意味・・春のたそがれ時、窓外の若草には沈もうとする
    夕日があかあかと光を投げ、真っ赤な色で染め
    ている。静かで悩ましくしかも何となく心悲し
    い夕暮れである。その中にあって春の小鳥は、
    けたましく鳴いている。鳥よ鳴いてくれるな、
    その声をやめてくれ。これ以上わが心をもの
    悲しいものにしないでほしい。

 注・・な鳴きそ鳴きそ=禁止の助詞「な・・そ」を二
     度繰り返したもので、語感の上から後の「な」
     を省略したもの。

作者・・北原白秋=1885~1942。詩人。詩集「邪宗門」
     歌集「桐の花」。晩年失明状態になる。


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