名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2012年07月

井を堀りて 今一尺で 出る水を 掘らずに出ぬと 
いう人ぞ憂き
                手島堵庵

(いをほりて いまいっしゃくで でるみずを ほらずに
 でぬと いうひとぞうき)

意味・・井戸を掘り進めて行って、水になかなかたどり
    着かない。もう水が出ないとあきらめてしまう。
    こんな時、あと一尺(30cm)掘れば出るのに頑張
    らないなんて、もったいない事だ。

    だめと思った苦しい時がまさに頑張りどころ。

作者・・手島堵庵=てじまとあん。1718~1786。心学者。
    石田梅岩に師事。

出展・・斉藤亜加里「道歌から知る美しい生き方」。


いかにせむ 室の八島に 宿もがな 恋のけぶりを
空にまがへん
           藤原俊成 (千載和歌集・703)

(いかにせん むろのやしまに やどもがな こいの
 けぶりを そらにまがえん)

詞書・・忍恋(しのぶるこい)

意味・・この忍ぶ思いをどうしたらいいのだろう。どう
    にもならないものだ。ああ、室の八島に宿があ
    ったならなあ、そうしたら、私の燃え立つ恋の
    思いの煙を、室の八島から立ち昇る煙と一緒に
    空に立ち昇らせてまぎらそうものを。

 注・・室の八島=下野(しもつけ)国(今の栃木)の枕詞。
     清水から立ち昇る水蒸気が煙のように見える。
    まがへん=紛へん。区別が出来ないほど似せる。

作者・・藤原俊成=ふじわらのしゅんぜい。1114~1204。
     正三位・皇太后大夫。千載集の撰者。


狭井河よ 雲立ち渡り 畝傍山 木の葉さやぎぬ
風吹かむとす
           伊須気余理比売 (古事記)

(さいがわよ くもたちわたり うねびやま このは
 さやぎぬ かぜふかんとす)

意味・・狭井河の方から雨雲が立ち広がり、畝傍山では
    木の葉がざわめいている。今にも嵐が吹いて来
    ようとしている。

    危険が押し寄せているので警戒してあたる事を
    促(うなが)した歌です。
    神武天皇の死後、皇位継承争いが起こり、継子
    (ままこ)が后の皇子を殺そうと計ったので、叙
    景に託して危急を知らせた歌です。

 注・・狭井河=奈良県桜井市を流れる川。
    よ=動作や起点を表す。・・から。
    畝傍山=奈良県橿原(かしはら)市にある山。
    さやぎぬ=ざわざわと音がしている。

作者・・伊須気余理比売=いすけよりひめ。生没年未詳。
     神武天皇の后。


春夕べ さびしきことを おもひおり さびしきことに
なれむとすらし
               穂積忠 (昭和万葉集)

(はるゆうべ さびしきことを おもいおり さびしき
 ことに なれんとすらし)

意味・・うららかな春の日の、一段落した夕暮れ時分には
    寂しさが込み上げて来る。でも、近頃はこの寂し
    さにも慣れようとしている。

    さびしきこと・・今日一日が終わろうとする時、
    その一日が必ずしも意に添わない、と感じる寂し
    さ。また、失恋の寂しさ。・・・・。

作者・・穂積忠=ほずみきよし。1901~1954。昭和・大正
     の歌人。国学院大卒。北原白秋に師事。「雪祭」。


見るからに 慰めかぬる 心とも 知らず顔なる 月の影かな

            後亀山院 (新続古今和歌集・2034)

(みるからに なぐさめかぬる こころとも しらずがおなる
 つきのかげかな)

詞書・・夜が更けるまで月を御覧になって。

意味・・見ていても慰められない我が心なのに、そういう
    ことも知らぬ顔で輝いている月の光だなあ。

    美しい月光を見ていると慰められるかと思うとそ
    うではない。むしろ悲愴の念が強まるのである。
    歌が詠まれた当時は、南北朝の対立の時代であり
    院は天皇であったが、力関係によって隠棲させら
    れ不遇の身であった。そういう心境を詠んだ歌で
    す。
    参考歌です。
   「わが心慰めかねつ更級や姥捨山に照る月を見て」
      (意味は下記参照)

作者・・後亀山院=ごかめやまいん。1350~1424。第99代
     (南朝最後第4代)天皇。

参考歌です。

わが心 慰めかねつ 更級や 姥捨山に 照る月を見て

          読人知らず (古今和歌集・878)

(わがこころ なくさめかねつ さらしなや うばすて
 やまに てるつきをみて)

意味・・私のわびしい気持ちは、どうしても慰める事が
    出来なかった。更級の姨捨山に照っている明る
    い月を見ていても。

    「大和物語」説話によると、信濃国に住む
    男が、親の如く大切にして年来暮らして来
    た老いた伯母を、悪しき妻の誘いに負けて
    山へ捨てて帰るが、家に着いてから山の上
    に出た限りなく美しい月を眺めて痛恨の思
    いに堪えず詠んだ歌、です。

 注・・更級=長野県更級の地。
    姥捨山=更級郡善光寺平にある山。観月の名所。



嘆かじな 思へば人に つらかりし この世ながらの
報いなりけり
        皇嘉門院尾張 (新古今和歌集・1400)

(なげかじな おもえばひとに つらかりし このよ
 ながらの むくいなりけり)

意味・・嘆くまい。考えて見ると、今、人が私に薄情で
    あるのは、かって私が人に薄情だった事の現在
    への報いなのだから。

    恋人に嫌われた悲しみを詠んでいます。

作者・・皇嘉門院尾張=こうかもんいんのおわり。生没
     年未詳。皇嘉門院に仕えた女房(女官のこと)。


天の川 水陰草の 秋風に 靡かふ見れば
時は来にけり
           よみ人知らず (万葉集・2013)

(あまのがわ みずかげくさの あきかぜに なびかう
 みれば ときはきにけり)

意味・・天の川を見ると、川辺の草がしきりに秋風に
    靡(なび)いている。ああ、逢える時がいよい
    よやって来たのだ。
 
    織女に逢える秋の到来を喜んだ牽牛の歌です。
    織女星と牽牛星が逢える7月7日(陰暦)は現在
    の8月中旬にあたり、陰暦では秋です。

注・・水陰草=水辺に生えている草。

心から 花のしづくに そぼちつつ 憂くひずとのみ 
鳥のなくらむ
           藤原敏行 (古今和歌集・422)

(こころから はなのしずくに そぼちつつ うくひず
 とのみ とりのなくらん)

詞書・・「うぐひす」を隠し詠んだ歌。

意味・・自分から進んで花の滴(しずく)にひどく濡れて
    おきながら、つらくも羽が乾かないなどとばか
    り、あの鳥は鳴いているようだ。

 注・・心から=自分の考えで、自ら進んで。
    そぼちつつ=濡れながら。
    憂くひず=憂く干ず。つらくも乾かない。「う
     ぐひす」を隠す。

作者・・藤原敏行=ふじわらのとしゆき。~907没。蔵
     人頭(くろうどのとう)・従四位上。

いかにして しばし忘れむ 命だに あらば逢ふ世の
ありもこそすれ

         よみ人知らず (拾遺和歌集・646)

(いかにして しばしわすれん いのちだに あらば
 あうよの ありもこそすれ)

意味・・なんとかして、しばらくあの人の事を忘れて
    いたい。命さえあるなら、逢う時もあるかも
    知れないから。

 注・・いかにして=どうにかして。

竹に降る 雨むらぎもの 心冴えて ながく勇気を
思いいしなり
             佐々木幸綱 (心の花)

(たけにふる あめむらぎもの こころさえて ながく
 ゆうきを おもいいしなり)

意味・・竹に静かに降りかかっている雨音を聞いていると、
    気持ちがさえて来る。その気持ちというのは、や
    らねばならないと思いつつ、行為に移せなかった
    自分に、エイッと立ち上がる勇気が出て来る時の
    その思いである。

    朝、起き上がるのに、あと少しあと少しと寝てい
    て、やっとエイッと起き上がった時のような気持
    を詠んでいます。

 注・・むらぎも=心にかかる枕詞。
    冴える=明朗になる。すっきりする。
    ながく勇気を思い=猪突猛進の勇気ではなく、心が
     屈している時に立ち上がらねばと思う時の勇気。

作者・・佐々木幸綱=ささきゆきつな。1938~。早稲田大
     学教授。日本芸術院会員。佐々木信綱の孫。


このページのトップヘ