名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2012年11月

頬につたふ
なみだのごはず
一握の砂を示しし人を忘れず

             石川啄木 (一握の砂)

(ほにつたう なみだのごわず いちあくの すなを
 しめしし ひとをわすれず)

意味・・頬を伝わる涙をぬぐいもしないで、一握りの
    砂を黙って示した、なつかしいあの人の事を
    今も忘れられずにいる。

    親の反対などのために、結婚を諦めた彼女は
    涙を流しながら一握りの砂を握って示した。
    その砂は自分に意思が無いように指の間から
    落ちている。
    そのようにして別れた、あの人の事が今も忘
    れられない。

    参考です。(石川啄木・一握の砂)

    いのちなき 砂のかなしさよ
    さらさらと
    握れば指の あひだより落つ

   (しっかりと掴(つか)まえていないと砂は
    指の間からさらさらと落ちる。悲しい事
    に、それが命のない砂というものだ。

    主体性のない砂のように、社会の流れに
    押し流されるこの自分の悲しさよ。
    掴まえた幸福も、気を緩めると砂と同じ
    ように逃げていく)


 注・・のごはず=ぬぐわず。
    一握の砂=一握りの砂。握ればさらさらと指
     の間から落ちる。
    人=ここでは若い女性、恋人。

作者・・石川啄木=1886~1912。26歳。盛岡尋常
      中学校を中退後上京。「一握の砂」
      「悲しき玩具」などの歌集を刊行。


駒なめて 打出での浜を 見わたせば 朝日にさわぐ
志賀の浦なみ
                  後鳥羽院

(こまなめて うちいでのはまを みわたせば あさひに
 さわぐ しがのうらなみ)

意味・・志賀の山越えをして駒を連ね、打出の浜のあた
    りを高みから見晴らすと、志賀の浦波は朝日に
    きらめき、浜に打ち寄せる波頭が幾条にも見え
    て来る。
    この姿は、木曽義仲が連戦連勝して朝日将軍と
    呼ばれた勢いを思い起こされる。でも波が消え
    るようにその義仲もこの打出の浜で命を落とし
    たのだ。

 注・・なめて=並めて。並べて、連ねて。
    打出の浜=滋賀県大津市、琵琶湖の南端の浜。
     木曽義仲が源義経に敗れた粟津の松原の近辺。
    志賀の浦=滋賀県大津市、琵琶湖の西南岸一体。
    朝日にさわぐ=「朝日将軍がさわぐ」を暗示。
    木曽義仲=1154~1184。連戦連勝するので朝日
     将軍と呼ばれた。1183年の倶利伽羅の戦いで
     平家の大軍を破る。1184年粟津の戦いで惨死。

作者・・後鳥羽院=ごとばいん。1180~1239。1221年倒
     幕の企てが失敗して隠岐に流される。「新古
     今和歌集」の撰集を下命。

出典・・松本章男「歌帝 後鳥羽院」。
    

長けれど何の糸瓜とさがりけり                 
                夏目漱石
 
(ながけれど なんのへちまと さがりけり)

意味・・一人前になったけれど、ぶらぶらしている。
    「この役立たず目が」と思われても、何の
    糸瓜と気にもかけず、相も変わらずにぶら
    ぶらしている。

    馬鹿にされても堂々としている糸瓜は偉い
    なあ。こんな神経の図太さが少しでもあれば
    もっと幸福な一生だったかも知れないのに。

 注・・何の糸瓜=何とも思わない、全然気に掛け
     ない。

作者・・夏目漱石=なつめそうせき。1897~1916。
     東大英文科卒。小説家。「我輩は猫であ
     る」「ぼっちゃん」「三四郎」。

出典・・大高翔「漱石さんの俳句」。

月をなほ 身のうきことの 慰めと 見し夜の秋も
昔なりけり
         藤原為顕 (玉葉和歌集・2004)

(つきをなお みのうきことの なぐさめと みしよの
 あきも むかしなりけり)

意味・・若い頃は不満であっても、月を我が身のつらさ
    の慰めとして見て来たが、その秋も今では昔の
    事になってしまったものだ。

    月を見ては自分を慰めていたのだが、今は月を
    見て昔のその事を思い出すだけだ。
    生涯不遇であった身の老後の述懐。

 注・・月をなほ=月をそれでも。月を見て、不満であ
     ってもなお、と補う。

作者・・藤原為顕=ふじわらのためあき。生没年未詳。
     鎌倉期の歌人。為家の子。1260年頃活躍した
     人。

身をつめば 哀れとぞ思ふ 初雪の ふりぬることを
誰に言はまし
             右近 (後撰和歌集・1068)

(みをつめば あわれとぞおもう はつゆきの ふりぬる
 ことを たれにいわまし)

意味・・我が身を抓(つね)って、しみじみと年を重ねた
    事を悲しく思う。初雪が降りましたよ、来てご
    らんになりませんか、と誘いたいものの、古く
    なって容色も衰えた私などを、もはや誰も見向
    いてくれそうもない。

 注・・つめば=つねると。
    ふり=「古り」と「降り」を掛ける。

作者・・右近=うこん。生没年未詳。940年頃活躍した
     女官。

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