名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2013年05月

春ごとに 花の盛りは ありなめど あひ見んことは
命なりけり
           よみ人しらず (古今集・97)

(はるごとに はなのさかりは ありなめど あいみん
 ことは いのちなりけり)

意味・・春になるごとに美しい花の盛りはきっとめぐっ
    て来ようが、その花盛りに出会うということは、
    私の寿命があってこそなのだ。

    春になると咲きほこる花を賞で、浮かれている
    が、この喜びにひたること出きるのも、わが命
    があればこそと、自分の生命を思う心が表現さ
    れており、自然は毎年めぐって来るが、人生は
    対照的に衰えて行く哀しさを歌っています。

 注・・ありなめど=きっとあるであろうけれども。

暁の ゆうつけ鳥ぞ あはれなる ながきねぶりを
思う枕に
                式子内親王 

(あかつきの ゆうつけとりぞ あわれなる ながき
 ねぶりを おもうまくらに)

意味・・夜明けを告げて人の目を覚まさせる鶏の声が、
    無明長夜を嘆いている我が枕に悲しく聞こえ
    て来る。

    暁の鶏の鳴き声は、心の迷いを覚まさせる為
    に鳴くかの如く聞こえる・・なら良いのだが。

    この歌の時代は、武家と朝廷との対立、朝廷
    内での対立があった。式子内親王は陰謀に連
    座して危うく厳刑に処される所であった。
    また、持病も次第に悪化していた。
    式子内親王は後白河天皇の第三皇女として生
    まれたが物心がつくと斎院として賀茂神社に
    送られた。斎院は神聖なる神に奉仕する巫女
    (みこ)だから処女でなければならない。この
    ため一生を独身で過ごした。
    このような煩悩・悩みの結果出家する事にな
    り、この頃詠んだ歌です。

 注・・ゆふつけ鳥=木綿付鳥、夕告鳥。鶏のこと。
    ながきねぶり=無明(むみょう)長夜。仏教の
     語で明り無く暗い事。煩悩(ぼんのう・欲
     による悩み事)が理性を眩(くら)まし、妄
     念の闇に迷って真理が分らない事。

作者・・式子内親王=しきしないしんのう。1149~
    1201。後白河天皇皇女。賀茂の斎院を勤め
    る。後に出家。

出典・・新古今・1810。

 

世をいとふ 人とし聞けば 仮の宿に 心とむなと
思ふばかりぞ
             遊女妙 (新古今・979)

(よをいとう ひととしきけば かりのやどに こころ
 とむなと おもうばかりぞ)

意味・・あなたは、悩み多い世の中をきらって出家して
    いる人と聞きますので、遊女の宿に泊まるなど
    と、かりそめの宿に執着なさるなと思うだけな
    のです。

    西行が天王寺に参詣に来てにわか雨に会い、江
    口の遊女の家で雨宿りをしょうとして断られた
    時に贈った「世の中をいとふまでこそかたから
    め仮の宿りをも惜しむきみかな」という一首に
    対する返しとして歌ったものです。
    遊女という自分の境涯の宿命を含めて、この世
    を仮の宿と見る無常感が詠まれています。
      
 注・・いとふ=厭う。嫌う、いやだと思う、出家する。
    心とむな=心留むな。執着するな。
    人とし=「し」は上接する語を強調する副詞。
    仮の宿=かりそめの宿。仏教思想では、現実の
     この世ははかなく、人間が仮に宿る所とする。

作者・・遊女妙=生没年未詳。江口の里の遊女。没落し
     た平資盛(たいらのすけもり)の娘と言われて
     いる。

参考歌です。

世の中を いとふまでこそ かたからめ 仮の宿をも
惜しむ君かな
             西行(新古今・978)

(よのなかを いとうまでこそ かたからめ かりの
 やどをも おしむきみかな)

意味・・悩み多い世の中をきらって出家するというまで
    は難しいであろうが、かりそめの宿を貸す事も
    惜しむあなたですか。

    俗世間を「仮の宿」と見る仏教思想をきかせ、
    ただ一夜の宿を貸し惜しむのをなじった歌です。

 注・・いとふ=嫌う、出家する。世を避ける。
    かたからめ=難からめ。難しいだろうが。

作者・・西行=さいぎよう。1118~1190。



聞くやいかに 上の空なる 風だにも 松に音する
ならひありとは
                  宮内卿 

(きくやいかに うわのそらなる かぜだにも まつに
 おとする ならいありとは)

意味・・あなたはお聞きですか、どうですか。上空を吹
    く気まぐれな風ですら、松に訪れて音をたてる
    習慣があるという事を。

    「寄風恋」(風に寄する恋)・・風に寄せて人を
    待つ心を歌った歌です。風でさえ松に音をたて
    るのに(待てば訪れるのに)、あなたはいくら待
    っても来てくれないのですね、と恋の恨みを詠
    んでいます。   

 注・・上の空=上空の意と、あてにならない、頼みに
     ならないの意味を掛ける。
    松に音する=「松」と「待つ」、「音」と「訪
     ずる」の掛詞。

作者・・宮内卿=くないきょう。生没年未詳。1205年頃
     20歳前後で没する。後鳥羽院に出仕。

出典・・新古今・1199。
 

奈古の海の 霞の間より ながむれば 入日を洗ふ
沖つ白波
            藤原実定 (新古今・35)

(なこのうみの かすみのまより ながむれば いりひを
 あらう おきつしらなみ)

意味・・奈古の海にかかっている霞を通して眺めると
    沈もうとする太陽を、沖の白い波が洗ってい
    るように見える。

    霞を隔てて沈もうとする太陽を望むと、絵画
    のような美しさを思う事が出来る。赤い大き
    な夕日を白い波が洗っている叙景は今日一日
    なし得た事が終わろうとする安らぎさを感じ
    させてくれる。


牡丹花は 咲き定まりて 静かなり 花の占めたる
位置のたしかさ
                 木下利玄 

(ぼたんかは さきさだまりて しずかなり はなの
 しめたる いちのたしかさ)

意味・・牡丹の花は満開にゆるぎなく咲き定まって静
    かである。そして、その花の占めている位置
    も、なんと確かなことか。

    大柄の牡丹の美しい花は、すぐに散る様子も
    なく、美しさを安心して楽しませてくれる。
    牡丹の植えられた場所柄もよく、静かで美人
    を想わせる確かさがある。「立てば芍薬座れ
    ば牡丹歩く姿は百合の花」といわれるように。

作者・・木下利玄=きのしたりげん。1886~1925。東
     大国文科卒。

出典・・歌集「一路」。

    

若竹の 風のそよぎに 磨る墨の 匂ひを立つる
朝の手習
           四賀光子 (朝月)

(わかたけの かぜのそよぎに するすみの においを
 たつる あさのてならい)

意味・・お習字の稽古をしていると、机の向こうの庭先
    に茂っている若々しい竹の若葉をそよがす風が
    吹いて、磨っている墨の香が風とともに匂う朝
    です。

    落ちついた静かな環境の中で習字をする、さわ
    やかさを詠んでいます。

作者・・四賀光子=よつがみつこ。1885~1976。お茶の
     水女子大卒。歌人大田水穂と結婚。



みすずかる 信濃の駒は 鈴蘭の 花咲く牧に
放たれにけり
                北原白秋 

(みすずかる しなののこまは すずらんの はなさく
 まきに はなたれにけり)

意味・・ああ信州(長野県)の馬が、鈴蘭の花咲く牧場
    に放たれているなあ。

    牧場の風景です。みずみずしい牧場の草原で
    馬が数頭草を食んでいる。柵の近くには鈴蘭
    の花も咲いている。広い牧場を眺めていると
    気持ちが清々しくなってくる。

 注・・みすずかる=水篶かる。信濃の枕詞。みすず
     の「み」は接頭語で「篶」は篠竹の一種で
     直径は1センチ、長さ2メートルほど。色は
     紫色を帯びてみずみすしさを感じさせる。

作者・・北原白秋=きたはらはくしゅう。1885~1942。
    詩人。

出典・・歌集「海阪」。

奈良の春十二神将剥げ尽くせり                     
                   夏目漱石

(ならのはる じゅうにしんしょう はげつくせり)

意味・・「あおによし奈良の都は咲く花の匂うがごとく
    いま盛りなり」と詠まれた奈良時代の春。
    その時代に造られた新薬師寺の十二神将像、そ、
    の像の鮮やか色は剥げ落ちてしまっている。
    色は剥げ尽くしているが、生き生きとした像を
    見ると感嘆させられる。

    この句は明治29年の作です。
    明治時代は、日本の文化がどんどん塗り替えら
    れていった時代。西洋化を急ぐ事が至上命題と
    されていた。
    十二神将の像、造られた当時は群青や緑、朱や
    金の色が施され、華麗なものだったとされてい
    る。色は剥げ尽くしても、命を失わないこの像。
    古びいて行く毎に魅力を増す十二神将。
    西洋化に色が塗られている時代。どんな色に塗
    り替えるか。外側だけを塗りたくる西洋の模倣
    だけで終わらせたくない・・・。

 注・・十二神将=奈良・新薬師寺にある十二神将が有
     名であり、奈良時代(八世紀)に造られた最古
     のもの。官毘羅(くびら)大将、代折羅(ばさら
     )大将、迷企羅(めくら)大将など12神将が薬師
     如来に従っている。薬師如来を信仰する者は
     守護されるとされ、各神将はそれぞれ七千、
     総計八万四千の煩悩(人の悩み)に対応すると
     されている。

作者・・夏目漱石=なつめそうせき。1867~1916。東大
     英文科卒。小説家。「吾輩は猫である」「ぼ
     っちゃん」。

出典・・大高翔著「漱石さんの句」。
    
   

生まれては  死ぬことわりを 示すてふ 紗羅の木の花
うつくしきかも
                    天田愚庵 

(うまれては しぬことわりを しめすちょう しゃらの
 きのはな うつくしきかも)

意味・・朝咲いて夕べには散るという紗羅の木の花。これ
    は、生あるものは必ず滅するという道理を示して
    いる。短い時間の間に、精一杯花を咲かせている
    紗羅の木の花は美しくまたあわれだ。

    平家物語の序、参考です。

    祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
    紗羅双樹の花の色、盛者必衰のことわりをあらはす。
    おこごれる人も久しからず。ただ春の夢のごとし。
    たけき者もつひには滅びぬ。ひとへに風の前の塵に
    同じ。・・・。

    祇園精舎という寺の鐘の音は、「諸行無常」(万物は
    たえず変化してゆく)という道理を示す響きがあり、
    紗羅双樹の花の色は、「盛んな者は必ず衰える」と
    いう理法を表している。この鐘の音や花の色が示す
    とおり、おごりたかぶっている者も、久しくその地
    位を保つ事が出来ない。それはちょうど、さめやす
    い春の夜の夢のようである。勢いの盛んな者も、結
    局は滅びてしまう。それは全く、たちまち吹き飛ば
    されてしまう風前の塵のようなものである。・・・。
   
 注・・紗羅の木=二葉柿科の大木。初夏に白い花をい
     っぱい咲かせる。花は朝咲いて一夜明ければ
     散っている。

作者・・天田愚庵=あまだぐあん。1854~1905。禅僧。
     清水次郎長の養子となる。

出典・・愚庵全集。

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