名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2013年08月

直越の この道にてし おしてるや 難波の海と
名付けけらしも
           神社忌寸老麻呂 (万葉集・977)

(ただこえの このみちにてし おしてるや なにわの
 うみと なづけけらしも)

意味・・昔の人は直越のこの道で難波の海を見て「おし
    てるや難波の海」と名付けたに違いない。

    直越の道で難波の海の前面に反射する日の光を
    見て、枕詞「おしてるや」の由来をその光景に
    見出し感動した歌。
    当時、大和と難波を直線的に結ぶ道(直越)があ
    った。

 注・・直越(ただこえ)=大阪市の草香山を越えて難波
     と大和を直線的に結んだ道。
    この道にてし=「し」は強調する助詞。
    おしてるや=押し照るや。「難波」の枕詞。日
     が一面に照る。

作者・・神社忌寸老麻呂=かみこそのいみきおゆまろ。
     伝未詳。
     

なき数に 思ひなしてや とはざらん まだありあけの
月まつものを
            伊勢大輔 (後拾遺和歌集・1005)

(なきかずに おもいなしてや とわざらん まだ
 ありあけの つきまつものを)

詞書・・流行病がひどかった時分、久しく音沙汰ない
    人のところに詠み贈った歌。

意味・・私が疫病にかかって死んでしまったものと思
    い違いなさって、あなたは私を訪ねてくださ
    らないのでしょうか。まだ、こうして生きな
    がらえて、あなたのお越しをお待ちしており
    ますのに。

 注・・思ひなしてやとはざらん=ことさらそう思っ
     て見舞ってくれないのであろうか。「なし
     」は「なす」の未然形、意識してことさら
     ・・する。「思ひなして」はわざっとそう
     思っての意。
    まだありあけの=「まだ(この世に)有り」と
     「有明の月」を掛ける。

作者・・伊勢大輔=いせのたいふ。生没年未詳。筑前
     守・高階成順(たかしななりのぶ)の妻。

尋ねくる 人もあらなん 年をへて わがふる里の
鈴虫の声
            四条中宮 (後拾遺和歌集・269)

(たずねくる ひともあらなん としをへて わが
 ふるさとの すずむしのこえ)

意味・・ここを訪ねて来る人もあればよいと思います。
    年が経ってさびれたこの古里のわが宿に鈴を
    振るようによい声で鈴虫が鳴いていますもの。

 注・・あらなん=あればよい。「なん」は願望の助
     詞。
    わがふる里=「わが古」と「古里」を掛け、
     「振る」の意も含める。

作者・・四条中宮=よんじょうのちゅうぐう。藤原公
     任(966~1041)の姉。

月夜よし 川の音清し いざここに 行くも去かぬも
遊びて帰かむ
           大伴四綱 (万葉集・571)

(つくよよし かわのおときよし いざここに ゆくも
 ゆかぬも あそびてゆかん)

意味・・月が美しい。川の音が清らかだ。さあここで、
    行く人も行かずに留まる人も、名残りを惜し
    んで、一緒に楽しく遊んで行こう。

    大伴旅人が大宰府から都へ帰る時、大宰府の
    役人が見送りの宴の時に詠んだ歌です。

作者・・大伴四綱=おおとものよつな。生没年未詳。
     738年頃大宰府の防人司の次官。

天離る 鄙に五年 住まひつつ 都の手ぶり 
忘らへにけり
               山上億良 (万葉集・880)

(あまざかる ひなにいつとせ すまいつつ みやこの
 てぶり わすらえにけり)

意味・・遠い田舎に五年も住み続けて、私は都会の風習
    をすっかり忘れてしまったことだ。

    大伴旅人が大納言となって上京することになっ
    たので、その手引きで都への引き立てを願って
    詠んだ歌です。

 注・・天離(あまざか)る=鄙の枕詞。天の彼方遠くに
     離れる意。
    鄙(ひな)=田舎。
    手ぶり=手振り。立ち居振る舞い。

作者・・山上憶良=やまのうえのおくら。660~733。
     遣唐使として渡唐。筑後守。

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