名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2013年09月

忌めば忌む 忌まねば忌まぬ 忌むという 文字は己が
心なりけり
              詠み人知らず

(いめばいむ いまねばいまぬ いむという もじは
 おのれが こころなりけり)

意味・・忌み嫌おうと思えば嫌いになるし、忌み嫌わ
    なければ嫌いにならない。忌むという文字は
    己と心をつなぎ合わせた文字で、自分の心次
    第なのだ。

 注・・忌む=単に嫌うというより、もっと強く嫌う
     印象があり、不吉なこととして毛嫌いする
     という感じ。

出典・・斉藤亜加利著「教訓歌」。


身の上を 思へば悔し 罪とがの 一つ二つに
あらぬ愚かさ
           藤堂高虎 (関原軍記大成)

(みのうえを おもえばくやし つみとがの ひとつ
 ふたつに あらぬおろかさ)

意味・・我が身の事を振り返ってみると後悔の念に
    かられる。罪科が一つや二つにとどまらず、
    沢山犯して来たこの身はなんて愚かなのだ
    ろう。

    高虎を、裏切り者・寝業師・追従大名と悪く
    評価をする者もいるという。作家司馬遼太郎
    は、高虎は稀代の世渡り上手と評価している。

    自身の身を振り返って、罪に値する行為だと
    反省出来るのは、やはり名を後世に残す武将
    である。

作者・・藤堂高虎=とうどうたかとら。1556~1630。
     多くの武将に仕え、最後に家康に仕えた。
    

夏衣 きつつなれにし 身なれども 別るる秋の
程ぞもの憂き
           伊達政宗 (貞山公集)

(なつころも きつつなれにし みなれども わかるる
 あきの ほどぞものうき)

意味・・夏の衣に着慣れた身だけれども、その夏の衣と
    別れる秋というときは憂鬱なものだ。

    1593年秀吉が朝鮮を攻めた時、朝鮮に渡った武
    将の一人に正宗がいる。家来の原田宗時が病気
    となり27歳の若さで没した。この時に詠んだ歌
    です。
    歌の前半は、
   「唐衣きつつなれにしつましあればはるばるきぬる
    旅をしぞ思ふ」 (意味は下記参照)
    という業平の歌をふまえています。
    着慣れた夏衣は宗時を暗に示し、いつも肌身につ
    けていた夏衣のように親しかった事を意味してい
    ます。秋になって夏衣を着なくなるが、それと同
    様に、宗時と死に別れてしまって逢えなくなるつ
    らさを詠んでいます。

作者・・伊達政宗=だてまさむね。1567~1636。独眼竜と
     して知られる武将。仙台藩伊達家の初代藩主。

参考歌です。

唐衣 着つつなれにし 妻しあれば はるばる来ぬる 
旅をしぞ思ふ              
           在原業平
          (古今集・410、伊勢物語・9段)

(からころも きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる
 たびをしぞおもう)
(か・・・・ き・・・・・・ つ・・・・  は・・・・・・ 
 た・・・・・)

意味・・くたくたになるほど何度も着て、身体になじんだ衣服
    のように、慣れ親しんだ妻を都において来たので、都を
    遠く離れてやって来たこの旅路のわびしさがしみじみと
    感じられることだ。

    三河の国八橋でかきつばたの花を見て、旅情を詠んだ
    ものです。各句の頭に「かきつばた」の五文字を置い
    た折句です。この歌は「伊勢物語」に出ています。

 注・・唐衣=美しい立派な着物。
    なれ=「着慣れる」と「慣れ親しむ」の掛詞。
    しぞ思う=しみじみと寂しく思う。「し」は強調の意
     の助詞。
    三河の国=愛知県。

作者・・在原業平=ありひらのなりひら。825~880。従四位上・
     美濃権守。行平は異母兄。「伊勢物語」。


大君は 神にしませば 天雲の 雷の上に
廬らせるかも
           柿本人麻呂 (万葉集・235)

(おおきみは かみにしませば あまくもの いかづちの
 うえに いおらせるかも)

詞書・・天皇、雷の丘に御遊(いでま)しし時、柿本人麻呂が
    作る。

意味・・わが大君は神でいらっしゃるので、天雲を支配する
    雷の上に廬(いお)りしていらっしゃる。

    律令制、荘園制などの諸制度が整えられてゆく国家
    を目の当たりにして、国の基礎固めの大事が切実と
    なり、約束事を作って守り合う生活の頂にある天皇
    を賞賛する事は国家の不滅を願う事と同じであった。
    天皇の賞賛と期待と願望の強調は、時代の宮廷をと
    りまく雰囲気の中で詠まれることになる。 

 注・・大君は神にしませば=天皇を中心とする権力の集中
     が行われた天武・持統朝に見られる思想で、天皇
     を現人神(あらひとがみ)として尊び、その絶大な
     権力を讃えた慣用句。
    天雲の=雷の枕詞。天雲の中にいる雷の意。
    雷=雷の岡を雷に見立てた。
    廬(いお)らせる=「せ」は敬意を表す「す」の命令
     形。「廬る」は仮の宮に籠って司る、の意。
    雷の丘=奈良県明日香村の雷の岡。現実は小さな岡
     にすぎないが、雄大に表現した天皇賛歌の詩的表
     現となっている。
    律令制=中央集権的な制度で律令(法令)による統治。
     人民(百姓)に一律に耕作地を支給し、その代償と
     して租税や労役が課せられた。これを実施する為
     に体系的な法令が定められた。
    荘園制=貴族、武人が田畠を所有して、小作人を
     使用する制度。

作者・・柿本人麻呂=かきのもとのひとまろ。生没年未詳。
     710年前後に死んだといわれている。持統・天武朝
     の宮廷歌人。   

たのしみは 草の庵の 莚敷き ひとり心を
静めをるとき
           橘曙覧 (橘曙覧全歌集・553)

(たのしみは くさのいおりの むしろしき ひとり
 こころを しずめおるとき)

詞書・・独楽吟

意味・・私の楽しみは、粗末なわが家の莚を敷いた部屋
    に座って、ただ一人心を静めている時だ。

    つまらない世俗の雑事に煩(わずら)わされずに
    自分の心を自由に遊ばせていられる時は、貧し
    い生活の中での畳もないわびしい部屋だけれど
    も、まことに楽しい。

 注・・莚敷(むしろし)き=床に敷いた莚。
    独楽吟(どくらくぎん)=「たのしみは」で始り
     「とき」で結ばれる歌で五十二首詠まれてい
     る。

作者・・橘曙覧=たちばなあけみ。1813~1868。家業を
     異母弟に譲り隠棲。福井藩の重臣と親交。

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