名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2014年01月

のびあがり 倒れんとする 潮波 蒼々たてる
立ちのゆゆしも
                木下利玄

(のびあがり たおれんとする うしおなみ あおあお
 たてる たちのゆゆしも)

意味・・打ち寄せる海の波は岸近くになると大きく伸び
    上がり、そしてたちまち倒れ落ちようとする、
    その一瞬の、潮波が青々とした色をして立った
    姿の、何と素晴らしい景観であろう。

    海水浴で見られる、うねって来た大波が立ち上
    った時の情景です。

    源実朝の金槐和歌集の歌、参考です。

    大海の 磯もとどろに 寄する浪 割れて砕けて
    裂けて散るかも

    (大海の磯も轟くばかりに激しく打ち寄せて来る波
    は、割れて、砕けて、裂けて、飛び散っている)            

 注・・立ちの=「立つ」の名詞化。立つ事。
    ゆゆしも=忌(い)まわしい。すばらしい。

作者・・木下利玄=きのしたりげん。1886~1925。39歳。
    東大国文科卒。「白樺」を創刊。

出典・・歌集「紅玉」(谷馨著「現代短歌精講)。

晴れずのみ ものぞ悲しき 秋霧は 心のうちに
立つにやあらむ
                 和泉式部

(はれずのみ ものぞかなしき あききりは こころの
 うちに たつにやあらん)

意味・・心が晴れず、なんとなくもの悲しい思いばかり
    するのは、秋霧が私の心の内側に立ち込めてい
    るせいであろうか。

    参考は、
    「なんとなくもの悲しい思い」の詩です。
      
    上田敏の訳詩集「海潮音」の中にあるヴェルレ
    ーヌの「落葉」の詩。

      秋の日の ギオロンの
      ためいきの 身にしみて
      ひたぶるに うら悲し

      鐘の音に 胸ふたぎ 
      色かへて 涙ぐむ
      過ぎし日の おもひでや

      げにわれは うらぶれて
      ここかしこ さだめなく
      とび散らふ 落葉かな

注・・晴れずのみ=「のみ」はそのことだけと、限定
     する意味の副助詞。
    ものぞ悲しき=なんとなく悲しい。
    ギオロン=バイオリン。
    ひたぶるに=むやみに。
    ふたぎ=ふさぎ。
    うらぶれて=落ちぶれたり、不幸にあったりして、
     みじめなありさまになる。

作者・・和泉式部=いずみしきぶ。生没年未詳。980年頃
    の生まれ。「和泉式部日記」。

出典・・後拾遺和歌集・293。

旅にして もの恋しきに 山下の 赤のそほ船
沖に漕ぐ見ゆ
                高市黒人

(たびにして ものこいしきに やましたの あけの
 そほふね おきにこぐみゆ)

意味・・長い旅をしていると家がなんとなく恋しくなっ
    て来る。そんな時ふと見ると、さっきまで山の
    下にいた朱塗りの船が、沖の方を漕ぎ進んで行
    くのが見える。
    あの船は我が家のある都へ帰るのであろうか。
    寂しさがいっそうつのって来る。

 注・・もの恋しき=なんとなく恋しい。「もの」はなん
     となくという接頭語。もの静か・もの悲しい
     などと使われる。
    赤(あけ)のそほ船=船体を赤く塗った船。官船
     を意味する。
    見ゆ=活用語の断定を婉曲(えんきょく)に言い
     表す。

作者・・高市黒人=たけちのくろひと。生没年未詳。持
     統・文武朝(686~707)の下級官人。    

出典・・万葉集・270。


馬鹿無力 病者述懐 わやく者 引っ込み思案
油断不根気
               細川幽斎

(ばかむりょく びょうじゃじゅつかい わやくもの ひっこみ
 じあん ゆだんぶこんき)

意味・・馬鹿な人、知識もなく金もなく指導力もない人、いつも
    病気をしている人、過去のことにいつまでも思い煩(わず
    ら)っている人、無理を重ねる人、積極的になれない人、
    気を引き締めていない人、根気のない人、これらの人達
    は物にならない者である。

    失敗しても躓(つまず)いても、その数は勲章だと思い、
    めけずに、たくましく生きる人は物になる。

 注・・わやく=無茶、無理。

作者・・細川幽斎=ほそかわゆうさい。1534~1610。戦国武将。

出典・・桑田忠親著「細川幽斎」。


山ざとの かきねは雪に うづもれて 野辺とひとつに
なりにけるかな
                  藤原実定

(やまざとの かきねはゆきに うずもれて のべと
 ひとつに なりにけるかな)

意味・・山里の我が家の垣根は雪に埋もれて、庭と野
    原とが、ひとつになってしまっている。

    庭も垣も野も一様に埋め尽くした山里の大雪
    のさまを歌っています。

作者・・藤原実定=ふじわらのさねさだ。1139~1191。
     正四位下左中将。

出典・・千載和歌集・457。



(1月26日・名歌鑑賞)

 

朝戸あけて 見るぞさびしき 片岡の 楢の広葉に
ふれるしらゆき
                        源経信

(あさとあけて みるぞさびしき かたおかの ならの
 ひろはに ふれるしらゆき)

意味・・朝、戸を開けると、片岡の楢の広葉に降ってい
    る白雪は、なんとも寂しいものだ。

    目覚めた雪の朝、楢の広葉に音もなく積もる雪
    を見た時の風情を「さびし」と詠んだ歌です。

 注・・片岡=片方が切り立った崖になっている岡。

作者・・源経信=みなもとのつねのぶ。1016~1097。
     正二位大納言。

出典・・千載和歌集・445。

柴の戸に ふるき筧の 音きくも 命の水の
すえぞかなしき
                心敬

(しばのとに ふるきかけいの おときくも いのちの
 みずの すえぞかなしき)

意味・・粗末な庵で古びた筧の水の音を聞くにつけて、
    その水がいつか尽き果てるように、私の寿命
    が尽き果てる将来の事を思うと悲しい。

    元気な今、その気があれば、険しい山にでも
    登れるし荒波の海に向かって泳ぐ事も出来る。
    病気になり、寝たきりにでもなれば、山に登
    りたいと思っても、海で泳ぎたいと思っても
    もう出来なくなる。
    人の寿命は、容器から流れ出る水のように、
    いつかは尽きる。やりたい事は元気な時に無
    理をしてでもやり遂げたいものだ・・。

 注・・柴の戸=柴造りの粗末な家。
    筧=地上に掛け渡して水を引く樋。
    命の水=人の寿命を、容器から流れ出ていつ
     かは尽きる水にたとえていう語。

作者・・心敬=しんけい。1406~1475。権大僧都。歌
    人、連歌作者。     

出典・・「寛正百首」(中世和歌集室町篇・新日本古典
     文学大系)。

餅を焼く 香ほのぼの 雪の夜の せまきわが家に
こもりぬるかも
                相馬御風

(もちをやく かおりほのぼの ゆきのよの せまき
 わがやに こもりぬるかも)

意味・・外は暗く冷たい雪明りの夜である。狭い我が家
    の中では、餅を焼く香りが、ほのぼのと暖かく
    いっぱい立ち込めている。

     歌の表面には人は出てこないが、寒い雪の夜に、
    餅を焼きながら囲炉裏を囲んで談笑している大
    人や子供等の睦まじい姿が見えて来る。

作者・・相馬御風=そうまぎよふう。1883~1950。
    早稲田大学卒。早大講師。詩人・歌人。

出典・・新万葉集・巻四。



山陰の 岩もる清水 こほりいて をとせぬしもぞ 
冬をつげける
                頓阿法師

(やまかげの いわもるしみず こおりいて おとせぬ
 しもぞ ふゆをつげける)

意味・・山陰の岩間から音をたてて洩れていた清水が
    凍りついてしまった。そのさまは音をたてな
    いものの、冬の到来を告げている。

    音が無くても冬を告げる、という面白みを詠
    んでいます。

 注・・しも=強調の助詞。

作者・・頓阿法師=とんあほうし。1289~1372。二条
    為世門の和歌四天王。

出典・・「頓阿法師詠」(中世和歌集室町編・新日本古典
    文学体系)。




真木の屋に つもれる雪や 解けるらん 雨に知られぬ
軒の玉水
                   宗尊親王

(まきのやに つもれるゆきや とけるらん あめに
 しられぬ のきのたまみず)

意味・・真木の屋に積もった雪が解けたのであろうか。
    雨では見られない玉のような雫が軒から落ち
    ている。

    参考歌です。

    山深み 春とも知らぬ 松の戸に たえだえ
    かかる 雪の玉水    (意味は下記参照)
             
 注・・真木の屋=杉や檜で屋根をふいた家。

作者・・宗敬親王=むねたかしんのう。1242~1275。
     33歳。鎌倉第六代将軍。

出典・・文応三百首・197(中世和歌鎌倉編・新日本古典
    文学大系)。

参考歌です。

山深み 春とも知らぬ 松の戸に たえだえかかる 
雪の玉水
                式子内親王

(やまふかみ はるともしらぬ まつのとに たえだえ
 かかる ゆきのたまみず)

意味・・山が深いので、春になったとも知らない山家(やまが)
    の松で作った戸に、とぎれとぎれに雪どけの玉のよう
    に美しい滴(したた)りが落ちかかっている。

    しんと静まった風景の中で滴りの音だけがする。この
    ことより、深山の雪に埋もれた山荘にも、かすかな春
    の訪れが来た事を詠んでいます。

 注・・松の戸=松の枝や板でを編んで作った粗末な戸。
    たえだえに=とぎれとぎれに。

作者・・式子内親王=しよくしないしんのう。1149~1201。

出典・・新古今和歌集・3。

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