名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2014年02月

遠山に日の当たりたる枯野かな
                    高浜虚子

(とおやまに ひのあたりたる かれのかな)

意味・・日のかげった枯れ野を歩いて行くと、行く手
    の遠くに見える山の頂にぽっかりと日が当た
    っている。

    春はもうすぐそこに来ている。行く手には光
    明が見える。今は辛いがもう少しの辛抱だ。

作者・・高浜虚子=たかはまきよし。1874~1955。
    仙台第二高校退校。文化勲章を受章。

出典・・句集「五百句」(尾形仂篇「俳句の解釈と鑑賞辞典」)

つららいし 細谷川の とけゆくは 水上よりや
春は立つらん
                 皇后宮肥後

(つららいし ほそたにがわの とけゆくは みなかみ
 よりや はるはたつらん)

意味・・氷の張っていた流れの細い谷川が解けてゆく
    のは、上流から春になるからなのであろうか。

 注・・つららいし=氷柱いし、氷いし。水面などに
     張った氷。
    細谷川=山深い川の上流。

作者・・皇后宮肥後=こうごうぐうのひご。生没年未詳。

出典・・金葉和歌集・4 。

地に我が影 空に愁ひの 雲のかげ 鳩よ何処の
夕日と往ぬる
                  山川登美子

(ちにわがかげ そらにうれいの くものかげ はとよ
 いずこの ゆうひといぬる)

意味・・地にあるものは、憂いに沈む我が影である。空に
    たなびいて見えるものは、われとひとしき憂いに
    充ちた雲の影である。かの空へ鳩は飛んで行った。
    あの鳩よ。この愁いの夕暮れに去って、何処に赴
    かんとするのか。

    亡夫に繋(つな)がる挽歌である。登美子は23歳で
    結婚して間もなく夫は病気を患う。そして2年後
    に夫に先立たれてしまった。この頃詠んだ歌です。
    これから先、どうしたらよいのだろうか。鳩にも
    飛び去られた今、愁いがつのる一方の気持ちを詠
    んでいます。

作者・・山川登美子=やまかわとみこ。1879~1909。30歳。
    大阪・梅花女学校卒。与謝野鉄幹、与謝野晶子ら
    と「明星」で活躍。

出典・・竹西寛子著「山川登美子」。

友がみな われよりえらく 見ゆる日よ
花を買ひ来て
妻としたしむ
             石川啄木

意味・・中学時代のクラスメート達は次々と出世して、
    自分などより偉く見える日よ。そんなみじめ
    さを感じる日、僕は、花屋さんから明るく美
    しい赤い花などを買い求め来て、家に持ち帰
    り、それを愛する妻と一緒に賞(め)でながら、
    親しく語り合っているのである。

    ささやかで平凡であるが、こんな名利を
    離れた、かけがえのない幸福感に浸って
    いると、いつしかあの子供じめたみじめ
    さなど、どこかに消えてしまうことだ。

作者・・石川啄木=いしかわたくぼく。1886~1912。
     26歳。盛岡尋常中学校中退。与謝野夫妻に
     師事するため上京。朝日新聞校正の職につ
     く。歌集「悲しき玩具」「一握の砂」。

出典・・歌集「一握の砂」。

道の辺の 草にも花は 咲くものを 人のみあだに
生まれやはする
                 大西祝

(みちのべの くさにもはなは さくものを ひとの
 みあだに うまれやはする)

意味・・道野辺の名も知らない草さえ花をつけている。
    これを思えば人は無駄に生まれて来たのでは
    ない。何かを成すために生まれたのだ。

    草の実は風に飛ばされた所に根ずく。良い環
    境もあれば悪い環境もある。土壌の肥えた地
    に咲く花。石ころの中でも花を咲かせる草。
    育つ環境の良し悪しはあるが、どちらが幸か
    不幸かは一概には言えない。与えられた環境
    の中で、力一杯たくましく生きられたら、こ
    れは幸せだ。今、人に踏まれそうな道野辺に
    花が力一杯咲いている。これを思えば、人も
    自分の環境に応じて、自分の持てる力を出し
    切れるものだ。

 注・・みあだ=み徒。無駄。「み」は接頭語。

    
作者・・大西祝=おおにしはじめ。1864~1900。36才。
    東大文学部卒。哲学者。

出典・・未詳(木村山治郎著「道歌教訓和歌辞典」)

霰ふる音にも世にも聾傘
                長谷川馬光

(あられふる おとにもよにも つんぼがさ)

意味・・霰が降るなかに傘をさして行くと、傘に
    ぱらぱらとうるさいほどであるはずだが、
    年をとつて耳が遠くなったので霰の音も
    それほどには聞こえない。、そのように
    公の勤めをやめた自分には、世の中の動
    きにも無頓着に、遁世したような暮らし
    をしている。

作者・・長谷川馬光=はせがわばこう。1685~
    1751。医者の家の次男。山口素堂に師事。

出典・・句集「かさねがさ」(日本古典文学全集
    「近世俳句俳文集」)

天地の 和して一輪 福寿草 さくやこの花
幾代経るとも
              二宮尊徳

(あめつちの わしていちりん ふくじゅそう さくや
 このはな いくよふるとも)

意味・・長い冬の峠を越え、ついに春の兆しを伝える福
    寿草のつぼみが雪の中から現れた。
    この愛らしい花は、天の恵みと地の恵みが一体
    となって生まれたものである。この異なるもの
    二つが一つになる事を「和」というが、福寿草
    も和の恵みを受けて今年も花を咲かせた。来年
    も再来年も、ずっと咲き続けて福寿、すなわち
    「幸福と長寿」を子々孫々まで願いたいものだ。

    思えば、人間社会の「福」も、人と人とが和合
    して初めて生まれるものである。お互いに反発
    しあい、闘争しあっては幸福の花は咲かないも
    のである。

 注・・福寿草=金鳳花(きんぽうげ)科の花。2月から3
     月にかけて黄色の花を咲かす。「幸福と長寿」
     の一字取っているので、縁起のいい花として
     正月によく飾られる。また、南天の実とセット
     で「難を転じて福となす」という縁起ものとし
     て飾られる。

作者・・二宮尊徳=にのみやたかのり。一般にそんとくと
     読まれる。通称二宮金次郎。1786~1856。江戸
     時代の農政家・思想家。

出典・・メールマガジン「おかみさん便り」。
    

吹きくれば 香をなつかしみ 梅の花 ちらさぬほどの
春風もがな
                 源時綱

(ふきくれば かをなつかしみ うめのはな ちらさぬ
 ほどの はるかぜもがな)

意味・・風が吹いて来ると、風が運んで来る梅の香りが
    したわしいので、風は吹いてほしいのだが、風
    が吹けば花は散ってしまう。だから、花を散ら
    さない程度の春風であつたならなあ。

作者・・源時綱=みなもとのときつな。生没年未詳。従
    五位上・肥後守。

出典・・詞花和歌集・9。

父の部屋 いまだにずっと おいてある 昔にあげた
父の似顔絵
                   園田理恵

(ちちのへや いまだにずっと おいてある むかしに
 あげた ちちのにがおえ)

意味・・ある日、久しぶりに父の部屋に入った。壁には
    小さい頃私が描いた父の似顔絵を未だずっと飾
    っている。

作者・・園田理恵=そのだりえ。‘12年当時大阪女学院高
    等学校2年。

出典・・同志社女子大学篇「31音青春のこころ・2012」。

我れゆ後 生まれむ人は 我がごとく 恋する道に
あひこすなゆめ
                  柿本人麻呂

(われゆのち うまれんひとは わがごとく こいする
 みちに あいこすなゆめ)

意味・・私よりも後に生まれて来る人は、この私のよう
    に、恋する道に踏みこんでくださるな、決して。

    私は恋の苦しみに悩んで来た。後世の人よ、恋
    に敗れて気力を無くす思いをしないでくれ。

 注・・ゆ=・・から。動作の時間的・空間的起点を表す。
    道=恋の苦しさを道に譬える。
    あひ=相。ともに・・(恋を)する。
    こす=下手に出て頼む意。・・してほしい。
    な=禁止の助詞。
    ゆめ=禁止表現を伴って、けっして。

作者・・柿本人麻呂=かきのもとのひとまろ。生没年
    未詳。810年頃死亡。宮廷歌人。

出典・・万葉集・2375。

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