名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2014年02月

空を突く 岩に照る日の てりかへし 谷のひかげのみ
雪を照らす
                  三井甲之

(そらをつく いわにてるひの てりかえし たにの
 ひかげのみ ゆきをてらす)

詞書・・御嶽に遊ぶ。

意味・・思いリュックを背負って山登りをしています。
    かなり登った所で一休み。周りの風景を見渡
    します。
    遠くは山々が連なり、間近は空を突き刺すよ
    うに、あるいは削り立った高い岩が見えます。
    空は晴れて青空が見えます。日影になった谷
    には雪が消え残っており、岩に反射された光
    によって白々とはっきり見える。
    うん、ここまでよく登ったものだ。さあ元気
    をだして出発。

 注・・御嶽=御嶽山。長野県と岐阜県にまたがる
     3067mの山。

作者・・三井甲之=みついこうし。1883~1953。
    東大文学部卒。右翼思想家。根岸短歌会に属
    し伊藤左千夫の指導を受ける。

出典・・湯浅竜起著「短歌鑑賞十二か月」。

心から うきたる舟に 乗りそめて 一日も浪に
濡れぬ日ぞなき
                 小野小町

(こころから うきたるふねに のりそめて ひとひも
 なみに ぬれぬひぞなき)

意味・・自分の心のままに「浮き」ではなく「憂き」た
    る舟に乗りそめて、一日も浪ならぬ涙に濡れな
    い日はありません。

    誰に強制されたものでなく、自分からその男と
    の関係を作り、今、つれない態度をとられたの
    であって、誰をも怨むことも出来ないと、嘆い
    ています。

 注・・心から=我が心から。
    うきたる舟=「浮き」に「憂き」を掛ける。
    浪=「波」に「涙」を掛ける。

作者・・小野小町=おののこまち。生没年未詳。840年
    頃、後宮(こうきゅう・ 王や皇帝などの后妃が
    住まう場所)に仕えた。六歌仙の一人。絶世の
    美女という小町伝説がある。    

出典・・後撰和歌集・779。

梅の花 夢に語らく みやびたる 花と我れ思ふ
酒に浮かべこそ
                大伴旅人

(うめのはな ゆめにかたらく みやびたる はなと
 われおもう さけにうかべこそ)

意味・・梅の花が夢でこう語った。「私は風雅な花だ
    と自負しています。無駄に私を散らさないで
    ほしい。どうか酒の上に浮かべてください」。

    風も無く静かに散る梅の花。これを盃で受け
    ながら、歌を詠む。風流の極みを詠んでいる。

作者・・大伴旅人=おおともたびと。665~731。大宰
    帥(そち) の後、大納言になる。従二位。

  
出典・・万葉集・852。

「寒いね」と 話しかければ 「寒いね」と 答える人の
いるあたたかさ
                     俵万智

(「さむいね」と はなしかければ 「さむいね」と こたえる
 ひとの いるあたたかさ)

意味・・「今日は寒いね」と話しかけたら、「この冬一番の
    寒さだね」と答えてくれる人が、自分の側にいる。
    なんと嬉しいことでしょう。

作者・・俵万智=たわらまち。1962~ 。早稲田大学文学部卒。
    歌集「サラダ記念日」は300万部のベストセラー。

出典・・歌集「サラダ記念日」
    

手のひらに 豆腐をのせて いそいそと いつもの角を
曲がりて帰る
                   山崎方代

(てのひらに とうふをのせて いそいそと いつもの
 かどを まがりてかえる)

意味・・私の楽しみは豆腐を食べることである。豆腐を
    つまみに酒を飲むと何ともいえない幸せを感じ
    る。
    豆腐を入れる器はいらない、とにかく豆腐が手
    に入ればいいのである。
    今日も売り切れずに買う事が出来た。良かった。
    さあ急いで帰ろう。角を曲がれば我が家はすぐ
    そこだ。手のひらにのった豆腐はうまいぞ、酒
    がうまいぞ。

    今のスーパーでビニール入りの豆腐を買うので
    はなく、「お豆腐屋さん」に行って買う時代で
    ある。無職に近い方代は器なんか気にしない。
    買う金が無い時もある。売り切れて買えない時
    もある。豆腐が買えた事が嬉しい。この豆腐で
    美味い酒が飲めるのは楽しみだ。急いで帰ろう。

    豆腐が買えた喜びと、これで美味い酒が飲める
    という楽しみ、この喜び二つを詠んでいます。

    病気のお母さんが豆腐を食べたいと言ったので、
    湯豆腐にして食べさせて喜んでもらおうと、豆腐
    を買って、いそいそと家に帰っていると鑑賞して
    もよい。

    日々の生活に、「嬉しきこと二つ」を持つ事は、
    「喜び」を意識するという事は、いい事である。    

    古典に見る「嬉しきこと二つ」、枕草子・129段
    参考です。

    経房(つねふさ)中将おはして、
   「頭弁(とうのべん)はいみじう褒めたまふとは、知
    りたりや。一日(ひとひ)の文にありし言(こと)な
    ど語りたまふ。想う人の、人に褒めらるるは、い
    みじう嬉しき」など、まめまめしうのたまふも、
    をかし。
   「嬉しきこと二つにて。かの褒めたまふなるに、ま
    た、想ふ人のうちにはべりけるをなむ」といへば、
   「それめづらしう、今のことのようにもよろこびた
    まふかな」など、のたまふ。

    ある時、清少納言の所に、ボーイフレンドの源経房
    がやって来て、「清少納言さん、あなたの事を藤原
    行成がベタほめしていましたよ。自分の好きな人が、
    他の人に褒められのは嬉しい事ですね」と言った。
    うてば響くように、清少納言は答えた。
   「あら、嬉しきこと二つですわ。行成様が褒めてくだ
    さった事が一つ、その上に、また、あなたが思う女
    の中に加えていただけた事、それで、二つですわ」

作者・・山崎方代=やまざきほうだい。1914~1985。甲
    府市・右左口(うばぐち)尋常小学校卒。1941年戦
    傷で右目を失明。靴の修理をしながら各地を放浪。
    毎年9月鎌倉の瑞泉寺で方代忌か催されている。

出典・・尾崎佐永子著「鎌倉百人一首を歩く」。


夕暮れの 心の色を 染めぞおく 果てつる鐘の
声のにほひに
                正徹

(ゆうぐれの こころのいろを そめぞおく はてつる
 かねの こえのにおいに)

意味・・仕事が一段落した夕暮れの、落ち着いた気分に
    なったこういう時を、長く心に留めておこう。
    撞き終わる寺の晩鐘の余韻に浸る事によって。

    どどどん~、どどどん~という太鼓の音を聞け
    ば気持ちを奮い立たせてくれるが、その反面、
    ご~んという梵鐘の音は、静けさをもたらし心
    を落ち着かせてくれる。この鐘の音を聞きなが
    ら、今日一日の無事に感謝し、ゆったりした気
    持ちになり明日に備えよう。    

 注・・心の色=心の様子、深く思っている心の状態。
    染めぞおく=深く心に染(し)み入れておく。
    声のにほひに=美しく映える鐘の音に。

作者・・正徹=しょうてつ。1381~1459。東福寺の僧。
     冷泉為尹(れいぜいためまさ)に師事。

出典・・歌集「草根集」(窪田章一郎編「和歌鑑賞辞典」)。


七里浜 夕日漂ふ 波の上 伊豆の山々
果てし知らずも
             西田幾太郎

(しちりはま ゆうひただよう なみのうえ いずの
 やまやま はてししらずも)

意味・・東京にいる時と比べ鎌倉にいると、ゆったり
    した時が流れている。急がなくてもいい。あ
    わてなくてもいい。そんな気分にしてくれる
    のが七里ガ浜である。今、藁の上に寝ころん
    でいる。
    今、夕日が沈み波の上は赤く光輝いている。
    山側では、富士山のシルエット、その右には
    丹沢、手前に箱根、左に天城山から伊豆半島
    全てが影絵のように浮かび上がる。そして、
    自分の小天地に入り、瞑想の世界に入って行
    く。
    今日も一日が無事に終わろうとしている。私
    の人生は波乱万丈であった。その苦悩の果て
    今は安らぎを感じさせてくれる。

    西田幾多郎の言葉「人間の至福は高屋にあら
    ず、風景にあらず、ただ無事平常の中にあり」
    の心境を詠んだ歌です。

    七里ガ浜にはこの歌の歌碑が建てられていま
    す。

注・・果てし知らず=「山々が果てなく続いている」
     の意と「苦悩の果てに安らかである」の意。

作者・・西田幾多郎=にしだきたろう。1870~1945。
     東大選科修了。京大教授。若い時肉親(姉・
     弟・娘二人・長男)の死、父の事業の失敗で
     破産、妻との離縁と多くの苦難を味わった。

出典・・尾崎佐永子著「鎌倉百人一首を歩く」。

草も木も ふりまがへたる 雪もよに 春待つ梅の
花の香ぞする
                  源道具

(くさもきも ふりまがえたる ゆきもよに はるまつ
 うめの はなのかぞする)

意味・・雪が吹きしきる中、早くも白梅が咲いているの
    か。草も木も真っ白で見分けられないが、春を
    待つ梅の花の香りが匂ってきているように思
    われる。

 注・・ふりまがへたる=降り紛へたる。区別がつかな
     いように降る。
    雪もよに=雪が盛んに降るなかで。

作者・・源通具=みなもとのみちとも。1170~1227。
     新古今和歌集の撰者の一人。

出典・・新古今和歌集・684。 

野も山も 冬はさびしと 思ひけり 雪に心の
うかるるものを
                 賀茂真淵

(のもやまも ふゆはさびしと おもいけり ゆきに
 こころの うかるるものを)

意味・・野も山も、冬に限っては、さびしいと思って
    いたのだが、雪が降れば、野も山も雪景色と
    なり、その美しさに気持ちが高ぶってくるも
    のだ。

   
 注・・冬は=「は」他の季節に対させたもの。
    うかるる=浮かるる。面白さに心が奪われる。
     興にのる。

作者・・賀茂真淵=かものまぶち。1697~1769。本居
    宣長ら多くの門人を育成した。

出典・・「賀茂翁家集」(日本の古典「蕪村・良寛・一茶」)

巨勢山の つらつら椿 つらつらに 見つつ思はな
巨勢の春野は
                 坂門人足

(こせやまの つらつらつばき つらつらに みつつ
 おもわな こせのはるのは)

意味・・巨勢山に行ってみれば、連なりあふれ咲いて
    いる椿は、いま、葉が照り輝いているだけで、
    花は咲いていない。でも、椿の樹をつくづく
    と見て、巨勢の春の野に花咲く椿を偲びまし
    よう。

    椿が咲く前の姿を見て詠んだ歌です。参考歌
    は椿が満開に咲いた時の春日老の歌です。

    川のへの つらつら椿 つらつらに 見れど
    飽かず 巨勢の春野は   (万葉集・56)

 
   (川のほとりに満開となって咲く椿の花は、念入
    りにじっくり見ても飽きはしない。巨勢の春の
    野の 景色は)

 注・・つらつら椿=連ら連ら椿。連なっている椿。沢  
     山の椿の花が満開になった状態。
    つらつらに見れど=熟に見れど。つくづく見る。
     念を入れて見る。
    巨勢(こせ)=奈良県御所(ごせ)市古瀬の地。大和
     と紀伊とを結ぶ交通の要所であった。

作者・・坂門人足=さかとのひとたり。伝未詳。

出典・・万葉集・54。

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