名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2014年02月

はなはだも 降らぬ雪ゆえ こちたくも 天つみ空は
曇らひにつつ
                  詠み人知らず

(はなはだも ふらぬゆきゆえ こちたくも あまつ
みそらは くもらいにつつ)

意味・・たいして多く降るわけでもない雪なのに、空は
    ひどく曇っている。

    降るだけ降ったなら、雲はたちまち晴れようも
    のを。降りしぶって暗い雪雲の空だと、うっと
    しい天候に支配され、気分がさえないものだ。

 注・・はなはだ=甚だ。過度に、とても、たいそう。
    こちたくも=言痛くも。人の噂がうるさい。大
     げさな、仰々しい。

出典・・万葉集・2322。

悲しさよ まさりにまさる 人の世に いかに多かる
涙なりけり
                  伊勢

(かなしさよ まさりにまさる ひとのよに いかに
 おおかる なみだなりけり)

意味・・どうしてこんな悲しい事が続き、前の悲しみ
    より次の悲しみは、どうしてこんなに深くな
    るのか。私はこの人生に、いったい、どれ程
    の涙を流せばいいのだろう。

作者・・伊勢=生没年未詳。宇多天皇の皇后に仕える
     女官。皇后の弟と恋仲になるが恋人に捨て
     られる。宇多天皇との間に子供が生まれた
     が引き離された。その子は5歳で亡くなっ
     た。天皇の死、そして天皇の親王と恋仲に
     なり子供を生む。このような波乱万丈の人
     生を送る。

出典・・清川妙著「人生をたのしむ言葉」。

浦ちかく ふりくる雪は 白浪の 末の松山
こすかとぞ見る
                藤原興風

(うらちかく ふりくるゆきは しらなみの すえの
 まつやま こすかとぞみる)

意味・・海岸には、雪が風に乗って一面に降っているが、
    それは海から白波が押し寄せて来るようだ。そし
    て、波が絶対に越す事がないといわれる陸奥(み
    ちのく)の末の松山まで越すのではなかろうかと
    見えることだ。

    参考です。

    君おきてあたし心をわが持てば末の松山波も越え
    なむ         (古今集・1093)

   (あなたをさしおいて他の人に心を移すことなんて
    事があろうはずはありません。そんな事があれば
    あの海岸に聳える末の松山を波だって越えてしま
    うでしょう)

 注・・浦ちかく=海岸の付近。
    末の松山=宮城県多賀城市八幡。

作者・・藤原興風=ふじわらのおきかぜ。生没年未詳。

出典・・古今和歌集・326。

あぶないもの ばかり持ちたがる 子の手から 次々にものを
とり上げてふっと寂し
                      五島美代子

(あぶないもの ばかりもちたがる このてから つぎつぎに
 ものを とりあげてふっとさびし)

意味・・怪我をしては大変だと、ひやひやさせられるような
    危ない物ばかり持ちたがる幼児、何でも口に入れた
    がる幼児。これら次々に、幼児の手から物を取り上
    げたあと、ふと寂しくなった。

    親は目を離せない一時期がある。怪我をさせたら大
    変だという気持ちから、幼児の手から次々に取り上
    げた時、幼児の好奇心をそげるような行為に、ふと
    寂しくなった。

作者・・五島美代子=ごとうみよこ。1898~1978。東大聴
     講生として国文学を学ぶ。専修大学教授。佐々木
     信綱に師事。五島茂は夫。

出典・・五島美代子歌集(窪田章一郎編「現代短歌鑑賞辞典」)


早生りの 津軽のりんご かたく酸し 噛みて亡き吾娘の
ごとしと思ふ
                 五島茂

(はやなりの つがるのりんご かたくすゆし かみて
 なきあこの ごとしとおもう)

意味・・秋を待って成熟するりんごではなく、早生り種
    の津軽りんごは硬く酸っぱい。このりんごを噛
    んで食べていると、この味は、早く亡くなった
    我が娘が思い出されてくる。一人の人間として
    人生的にも未熟であったのが、父として傷まし
    い。せめて一人前になるまで、生きていてほし
    かった。

    東大在学中に亡くなった娘が亡くなって半年後
    に詠んだ歌です。

 注・・早生りの津軽のりんご=8月下旬から9月中旬に収
     穫される。硬い味と少し酸い味がある。

作者・・五島茂=ごとしげる。1900~2003。東大経済学
     部卒。明大教授。経済学博士。

出典・・五島茂歌集(窪田章一郎編「現代短歌鑑賞辞典」)。

うつせみの 世やも二行く 何すとか 妹にも逢はずて
我がひとり寝む
                  大伴家持

(うつせみの よやもふたゆく なにすとか いもにも
 あわずて あがひとりねん)

意味・・この現実の世がもう一度繰り返される事があろ
    うか。それなのに、このかけがえのない夜を、
    あなたに逢わないで、寂しく、ひとり寝が出来
    ようか。
    出来ない、あなたに是非逢いたい。

    大伴家持が恋人の大伴坂上大嬢(おおとものさか
    のうえのいらつめ)にあてた恋の歌です。

    人は死に、二度とは生き返らない。人生は一度き
    り、二度と再生はきかない。このかけがえのない
    人生。あなたと楽しい人生を送りたい。

    ゛存命の喜び、日々楽しまざるべけんや ゛
                      兼好法師

    (いのち長らえている事の喜びを、日々かみしめて
    楽しく生きていこう。そうしないでいいものか。)      

 注・・うつせみの=世にかかる枕詞。現世。現実の。
    やも=反語。
    二行(ふたゆ)く=繰り返される事。
    うつせみの世やも二行く=この現実の世の中がも
     う一度繰り返される事があろうか。人生は二度
     あるわけではない。
    何すとか=どうして。反語の意を表す。

作者・・大伴家持=おおとものやかもち。718~785。大伴
     旅人の長男。少納言。万葉集の編纂をする。

出典・・万葉集・733。

灯火の 影にかがよふ うつせみの 妹が笑まひし
面影に見ゆ
                 詠み人知らず

(ともしびの かげにかがよう うつせみの いもが
 えまいし おもかげにみゆ)

意味・・灯火の光に揺れて輝いているあの娘(こ)の笑
    顔が、今も目の前に浮かんで来る。

    この歌の作者の男は、その娘と離れているの
    でしょうか。でも、この歌は、とりようによ
    っては、今は亡きその娘が、現身・・つまり、
    まだ生きていた時の面影がありありと目に浮
    かんで来るという意味にも取れます。

    古典解説者の前川妙さんのお話です。

    「私の亡き夫の思い出も、とりたてて大きな
    出来事というのではなく、何かの時に、ふっ
    といい笑顔を見せたという事が、一番心に残っ
    ているのです。我が家の前は小路になっている
    のですが、ある時、私はその道を、南の方から
    家に向かって帰っていたら、向こうの北の方か
    らやって来る夫の姿が見えたのです。夫はとて
    も嬉しそうな顔をして、「おーい」と、私に向
    けて大きく手を振ったのです。まあ、あんなに
    にっこり笑って、手まで振って、近所の人に見
    られたら恥ずかしい、と、私はてれて、小さく
    笑っただけです。
    でも、その時の彼の笑顔と声は、私の中にはっ
    きり刻みつけられました。今でも、家に帰ろう
    と小路の角を曲がると、あの日の笑顔が面影と
    して目の前に浮かび、声さえ蘇(よみがえ)って
    来るのです」。

 注・・かがよふ=ちらちら揺れて光る。
    うつせみ=現身。現実の姿の意。
    面影=目の前にいない人の顔や姿が、いかにも
     あるように目の前に浮かぶ事。

出典・・万葉集・2642。

あたらしく 冬きたりけり 鞭のごと 幹ひびきあい
竹群はあり
宮柊二

(あたらしく ふゆきたりけり むちのごと みき
ひびきあい たかむらはあり)

意味・・身の引き締まるような、冬の寒さの到来である。
    吹きすさぶ寒風に、鞭のような鋭い音を立てて、
    群らがり生えた竹がしなって揺れている。

    厳しい冬の到来。それは鞭で打たれるような厳
    しさである。寒さに震え、身体が縮れ込むので
    はなく、鞭打たれる時の、身を引き締める力が
    湧いて来る。

 注・・竹群(たかむら)=竹林、竹やぶ。

作者・・宮柊二=みやしゅうじ。1912~1986。新潟・
    長岡中学卒。北原白秋に師事。日本芸術院賞
    を受賞。

     
出典・・インターネット「中学受験学習資料・短歌」

このページのトップヘ