名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2014年03月

花見てぞ 身のうきことも わすらるる 春はかぎりの
なからましかば
                   藤原公経

(はなみてぞ みのうきことも わすらるる はるは
 かぎりの なからましかば)

詞書・・嘆かわしいことがありました時分、花を見て
    詠んだ歌。

意味・・花を見ることで、わが身の憂さも自然と忘れ
    られる。ああ、花の咲く春という季節は終り
    がなかったらよかろうになあ。

作者・・藤原公経=ふじわらのきみつね。生没年未詳。
    従四位下・少納言。

出典・・後拾遺和歌集・105。

のどかにも やがてなり行く けしきかな 昨日の日影
今日の春雨
                    伏見院

(のどかにも やがてなりゆく けしきかな きのうの
 ひかげ きょうのはるさめ)

意味・・(もうすぐ四月)早くものどかになって行く様子
    だなあ。昨日のうららかな日ざし、今日のこの
    静かに降る春雨。

作者・・伏見院=ふしみいん。1265~1317。「玉葉和歌
    集」を撰集させた。

出典・・玉葉和歌集・8。

谷川の うち出づる波も 声たてつ うぐひすさそへ
春の山風
                 藤原家隆

(たにがわの うちいずるなみも こえたてつ うぐいす
 さそえ はるのやまかぜ)

意味・・谷川の氷を破って勢いよく流れ出る白波も声を
    たてている。さあ、お前も鳴けよと、うぐいすを
    誘い出しておくれ。梅の香を運ぶ春の山風よ。

    選びぬかれた言葉で技巧を凝らして詠んだ歌です。
    波の白は視覚、波の音、期待するうぐいすの声
    は聴覚、そして、春風は頬にさわる触覚であり、
    梅の香をもたらす臭覚である。

 注・・うち出づる波=解けた氷の間をほとばしり出る
     波。
    春の山風=花の香を運ぶという春の山風。花は
     早春の香りの高い花で梅の花。

作者・・藤原家隆=ふしわらのいえたか。1158~1237。
    新古今和歌集選者の一人。

出典・・新古今和歌集・17。
 

干し柿の 暖簾を見れば 思い出す ひとつひとつに
祖母の思いを
                 今井まみ

(ほしがきの のれんをみれば おもいだす ひとつ
 ひとつに そぼのおもいを)

意味・・干し柿の暖簾、なつかしい風景である。柿を
    一つ一つ丹念にむいて下げていた祖母。干し
    柿を作りながら、私に色々と話をしてくれた。
    私も手伝いながら、祖母の話を聞きながら干
    し柿の暖簾を作った。今、干し柿が暖簾のよ
    うに下がっているのを見ると、あの頃がなつ
    かしく思いだされて来る。

作者・・今井まみ=今井まみ。‘00当時、岐阜県益田南
    高校二年、17才。

出典・・大滝貞一著「短歌青春」(東洋大学・現代学生
    百人一首)。

生けらばと 誓ふその日の なほ来ずば あたりの雲を
われとながめよ
                   藤原良経

(いけらばと ちかうそのひの なおこずば あたりの
 くもを われとながめよ)

意味・・生きて再び逢う日があればと契りをかわすが、
    約束のその日、もし来なかったら、私は雲に
    なって空へのぼったのだと見上げてくれ。

    再会の約束の日、私が逢いに来なかったならば、
    この世にはもういないという事。生きていたなら
    ばどんな事をしてでも逢いに来るはずだから、も
    うその時私の体は焼かれ、煙となって空へ立ち昇
    った後と思ってくれ。

    藤原良経が生きたのは、源平の争乱から鎌倉幕府
    の成立、やがて承久の乱へ至る世情騒乱の時代で
    した。
    恋人達が幸せにそい遂げるには、自分たちの愛の
    力だけではどうにもならない事もあるようです。
    人の世に繰り返されて来た戦争、内乱、暴動・・。
    愛し合う者達の背後には、憎み合い殺し合うもの
    の影がせまります。もし生きていたならきっと逢
    おうと。それまでは生き抜こう。再び逢える日を
    夢に見ながら。

作者・・藤原良経=ふじわらのよしつね。1169~1206。
    37歳。従一位太政大臣。「新古今集」の仮名序を
    執筆。

出典・・六百番歌会(林和清著「日本のかなしいい歌」)。

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