名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2014年05月

百済野の 萩の古枝に 春待つと 居りしうぐひす
鳴きにけむかも
                山部赤人       

(くだらのの はぎのふるえに はるまつと おりし
 うぐいす なきにけんかも)

意味・・冬の頃、百済野の萩の枯れ枝の間で、じっと
    春を待っていたうぐいす。春が来て、うぐい
    すが鳴き始めたが、あのうぐいす、もう鳴い
    ただろうか。

    枯れ枝のうぐいす。そして、花ざかりの中、
    春の喜びをこめて鳴くうぐいす。二枚続き
    の絵になります。

 注・・百済野=奈良県北葛城郡百済の辺りの野原。

作者・・山部赤人=やまべのあかひと。生没年未詳。
    736年頃没。宮廷歌人。

出典・・万葉集・1431。

あなうれし 人込みの中を かきわけて やうやう友の
背をたたけば
                   柳原白蓮

(あなうれし ひとごみのなかを かきわけて ようよう
ともの せなをたたけば)

意味・・ああ嬉しいことだなあ。人込みの中を気づかずに
    歩いているなつかしい友、その友を追い、ようや
    っと近寄ってその背をたたくことの出来た喜びは。

作者・・柳原白蓮=やなぎはらびゃくれん。1885~1967。
    東洋英和女学校卒。佐々木信綱に師事。菊池寛の
    ベストセラー小説の「真珠夫人」のモデル。

出典・・湯浅竜起著「短歌鑑賞十二ヶ月」。

みな人の 花や蝶やと いそぐ日も わが心をば
君ぞ知りける 
                 中宮定子

(みなひとの はなやちょうやと いそぐひも わが
 こころをば きみぞしりける)

意味・・世間の人が皆、花や蝶やといそいそと美しい
    ものに浮かれる日も、あなただけは私の本当
    の気持ちを知ってくれているのですね。

    落ちぶれた自分を捨てて、皆が、今をときめ
    く人のもとに走り寄る日も、清少納言よ、そ
    なただけは、私の心の底を、誰よりも知りぬ
    いているのですね、と詠んでいます。

    時代の背景。
    平安時代(794~1192)は藤原氏が摂政関白と
    して政権をにぎった時代である。彼等は始め
    他の氏族を政界から追放して一門の繁栄をは
    かったが、それが達成されると、次いで一門
    の中で露骨な政権争奪が行われた。彼等が政
    権獲得のために取った手段は、外戚政策、す
    なわち自分の娘を妃に立てて皇室と親戚関係
    を結ぶことにあった。この政権争奪の最後の
    勝利者は藤原道長である。兄の藤原道隆の勢
    力をくじいて政権をにぎったのである。そし
    てこれに伴い、道隆の娘定子は、一条天皇の
    妃としての幸福な生活から、たちまち悲運の
    皇后としての暗く寂しい境遇におちいった。
    この頃、定子の女房である清少納言のなぐさ
    めの歌に返歌として詠んだ歌です。

作者・・中宮定子=ちゅうぐうていし。975~1000。
    25歳。一条天皇の后。清少納言は定子の女房
    (女官のこと)。

出典・・枕草子・225段。

雲雀より空にやすらふ峠かな
                    芭蕉

(ひばりより そらにやすろう とうげかな)

詞書・・臍峠(ほぞとうげ)。

意味・・峠の風に吹かれていると、下の方から雲雀
    の鳴く声が聞こえて来た。なんと雲雀より
    高いところで休息しているのだなあ。

    雲雀は雀よりやや大きく褐色の地味な色を
    しているが、鳴き声が良く、高空をさえず
    りながら飛ぶ。雲雀が鳴く高いところより
    上で休息しているので、臍峠からの眺望の
    素晴らしさが暗示されている。その眺望を
    目の前にした時の愉快な気持ちが「やすら
    ふ」という言い方になっている。峠の頂上
    まで歩いて来たという旅の心地よい達成感
    や疲労感まで詠んだ句です。

 注・・臍(ほぞ)峠=奈良県桜井市と吉野郡吉野町
     との境にある峠。標高467m。上下とも
     峻坂である。

作者・・芭蕉=ばしょう。1644~1695。松尾芭蕉。

出典・・笈の小文。
 

学びたきに 学べざりにし わが父母を 心につれて
講義受けいる 
                   飯田有子

(まなびたきに まなべざりにし わがふぼを こころに
 つれて こうぎうけいる)

意味・・自分の幸せは父母の与えてくれた幸せ。その父母は
    学びたい希望を持っていながら果たせなかったので
    ある。その父母の思いを胸にたたんで今授業を受け
    ている。

    多くの学生の中にはさまざまな境遇の人がいる。親
    許を離れて学校に通う人、家から通える人、アルバ
    イトに頼らなければやっていけない人等々。その置
    かれている立場は人によってみな違う。だが、多か
    れ少なかれ親の助けなしではやっていけないのであ
    る。その親への思いを作者は感謝と至福の気持ちを
    こめて詠んでいる。

作者・・飯田有子=いいだゆうこ。’88年当時東京女子大学
    一年生。

出典・・短歌青春(大滝貞一編「東洋大学現代百人一首」)

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