名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2014年05月

三輪山の 山下響み 行く水の 水脈し絶えずは
後も我が妻
               詠み人知らず

(みわやまの やましたとよみ ゆくみずの みおし
 たえずは のちもわがつま)

意味・・三輪山の麓を響かせて行く水、この水の流れ
    の絶えない限り、後々まであなたは私の妻な
    のだよ。

    起こるはずのない天変地異を引き合いに出し
    て、実際には移ろいやすい男女の間の、愛の
    変らないことを神に誓った歌。三輪の社に祭
    られる神は殊に誓いの神としての力を信じら
    れていたので、その山裾を流れる初瀬川の永
    遠性をあかしに立てて詠まれている。

 注・・三輪山=奈良県桜井市にある山。467mの山
     で南側に初瀬川が流れている。
    水脈=川や海で船が往来する路となる深い所。
    し=上接する語を強調する語。

出典・・万葉集・3014。

時ならず 玉をぞ貫ける 卯の花の 五月を待たば
久しくあるべみ 
                 詠み人知らず

(ときならず たまをぞぬける うのはなの さつきを
 またば ひさしくあるべみ)

意味・・まだその時期ではないけれど、薬玉を作った。
    卯の花の咲く五月五日の節句が待ちきれなくて。

   「あなたが私の妻になる日が遠くて持ちきれない」
    と詠んだ前田夕暮の次の歌と気持ちは同じです。

   「木に花咲き 君わが妻と ならむ日の 四月なか
    なか遠くあるかな」

 注・・玉をぞ貫ける=五月五日の節句に、花の実を糸
     に通して薬玉を造り、健康を祈る習慣があっ
     た。ここでは薬玉のこと。
    久しく=時間が長い。
    べみ=・・に違いないので、・・のはずなので。
    久しくあるべみ=いつになるか分らないので。
     待ちきれないで。

出典・・万葉集・1975。

信じるもの 実在のものと 言い切れず わが奥底に
獏は夢食ふ
                   中城ふみ子

(しんじるもの じつざいのものと いいきれず わが
 おくぞこに ばくはゆめくらう)

意味・・私の場合、実際に存在するものばかりが、信じ
    られるものの全てではない。夢を喰らうという
    獏がいるというが、私の体の奥、心の底には夢
    を喰らう獏が確かに棲みついているのだ。

 注・・獏=夢を食うという想像上の動物。

作者・・中城ふみ子=なかじょうふみこ。1922~1954。
    32歳。北海道帯広三条高校卒。「短歌研究」50
    首詠で特選になり一躍有名になる。乳癌のため
    死亡。歌集「乳房喪失」。

出典・・佐々木幸綱著「短歌に親しむ」。

五月雨に 物思ひをれば 時鳥 夜深く鳴きて
いづち行くらむ 
               紀友則

(さみだれに ものもいおれば ほととぎす よぶかく
 なきて いずちゆくらん)

意味・・五月雨の音を聞きながら、物思いにふけってい
    ると、ほととぎすが夜更けの空を鳴いて飛ぶの
    が聞こえるが、どの方向をさして行くのだろう。

    降りしきる五月雨の中、静かな瞑想を破る時鳥
    の、悲しい鳴き声が聞こえて来る。彼らはどこ
    に飛び去って行くのか、そして自分も彼らの後   
    を追って飛び去ってしまいたい。

    「物思ひ」の具体的なものは分らない。恋の悩
    か、病気なのか対人関係のまずさか、社会的な
    問題か・・、悩みの種はつきないが、いずれに
    しても時が解決してくれる。

 注・・五月雨=陰暦五月に降り続く長雨、梅雨。
    いづち=どちらの方向。「いづく」より方角に
     力点のある語。
    物思ひ=思い悩み、心配事。

作者・・紀友則=きのとものり。生没年未詳。紀貫之は
    従兄弟にあたる。「古今集」の撰者の一人。

出典・・古今和歌集・153。

ぬばたまの 黒髪山の 山菅に 小雨降りしき
しくしく思ほゆ
                詠み人知らず

(ぬばたまの くろかみやまの やますげに こさめ
 ふりしき しくしくおもおゆ)

意味・・黒髪山の山菅に小雨が降りしきるように、あ
    の人のことがしきりに思われてならない。

    逢えるのが愉しみ!それまで気持ちを充実さ
    せておこう。

 注・・ぬばたまの=「黒髪山」の枕詞。
    山菅=現在の竜の髭(蛇の髭)のこと。ユリ科の
     植物で初夏に薄紫色の花が咲く。葉は細長い。
     実は紫色。
    黒髪山=奈良市佐保山の一部ともいわれる。
    しくしく=絶え間なく、しきりに。

出典・・万葉集・2456。

世の中に なほもふるかな しぐれつつ 雲間の月の
いでやと思へど
                   和泉式部

(よのなかに なおもふるかな しぐれつつ くもまの
 つきの いでやとおもえど)

意味・・世の中は依然として時雨が降り続けるものだ。
    雲間の月は、さあ雲から出ようと思うのだけ
    れど。
    私は憂き世で涙を流しながら日を送っている。
    迷いを振り払って出家したいと思いながら。

    思い切って出家して髪を下ろしてしまおう。
    自分も傷つき、人をも傷つけるこの我執(が
    しゅう)、妄執を断ち切るには、そうする他
    はないと思うのだが。雲の間から出ようとす
    るたびに、折りからの時雨で隠されてしまう
    月のように、思い患うこと多い憂き世から離
    れるに離れない。
    
   「雲間の月のいでやと思へど」の現代風の一例
    で言うと、
    人間関係のもつれで、人々が期待どおり動い
    てくれず、それを恨み悲しんでいる立場。反
    発している相手の言い分もあるはずだから、
    思い切って聞いてみようと思うのだが、それ
    が中々出来ない・・・。

 注・・なほも=やはり。
    ふる=「降る」と「経(ふ)る」を掛ける。
    しぐれつつ=自分が涙を流していることの暗
     示をしている。
    雲=時雨を降らす雲。迷いや悩みの暗示。
    いでや=月が出る意と出離の意を掛ける。
    出家・出離=苦しみを発生させる原因その物
     を断ち切るため、僧になり修行すること。
     修行の一つに「布施」があり、物質的な物
     を与える財施、友人が悩んでいる時に相談
     してあげる法施、人に力を貸したり、奉仕
     したり、笑顔で人に接したり、優しい言葉
     を掛ける人施など。「布施」以外にも多く
     の戒律がある。

作者・・和泉式部=いずみしきぶ。976~?。「和泉
    式部日記」。

出典・・新古今和歌集・583。

吉野山 花の故郷 跡絶えて むなしき枝に
春風ぞ吹く
              藤原良経

(よしのやま はなのふるさと あとたえて むなしき
 えだに はるかぜぞふく)

意味・・吉野山の桜の花の散ってしまった旧都は、今は、
    訪れる人もなくなって、花のない桜の枝に、花
    を散らした春風ばかりが、訪れて吹いているこ
    とだ。

    吉野山を一面に美しく咲きおおった桜の花が散
    り果て、すでにむなしくなっている旧都の寂し
    さに、花を吹き散らした春風ばかりが訪れてい
    ると、恨みがましい気分を添えています。

 注・・吉野山=奈良県吉野郡吉野町にある山。
    花の故郷=花の散ってしまった旧都。古く離宮
     のあった所の意。
    跡絶えて=訪れる人がなくなって。「跡」は人
     の足跡。
    むなしき枝=花のない桜の枝。

作者・・藤原良経=ふじわらのよしつね。1169~1206。
    37歳。従一位太政大臣。「新古今集仮名序」を
    執筆。

出典・・新古今和歌集・147。

池水は 濁りににごり 藤なみの 影もうつらず
雨ふりしきる 
                伊藤左千夫

(いけみずは にごりににごり ふじなみの かげも
 うつらず あめふりしきる)

意味・・長い藤の花房が、もし池水が澄んでいたなら、
    きれいな姿を写していたであろうに。連日の
    雨のために、池はすっかり濁ってしまって、
    藤の花を見るどころでなく、雨がさんざんと
    降り続いている。

    長い藤の花房が美しく垂れ下がっているのを
    見るのは気持ちがよい。まして池に逆さに映
    った藤の花はいっそう美しさを表すだろう。
    この美しさを是非見たい。写真に撮ろうと構
    えているのに今日も雨だ。明日も雨だろうが
    諦めないぞ。

作者・・伊藤左千夫=いとうさちお。1864~1913。
    正岡子規に師事。小説「野菊の墓」は有名。

出典・・湯浅竜起著「短歌鑑賞十二月」。
    

春雨の けならべ降れば 葉がくれに 黄色乏しき
山吹の花
                  正岡子規

(はるさめの けならべふれば はがくれに きいろ
 ともしき やまぶきのはな)

意味・・春雨が毎日毎日降るので、葉の陰に散り残った
    黄色の花も、まことに数少なくなり色も褪せて
    きたものだ、山吹の花は。

    「黄色乏しき」に山吹の盛りの過ぎたのを惜し
    み、また、自分の体力の衰えた状態を重ねてい
    る。

 注・・けならべ=日並べ。日数を重ねる。
    黄色乏しき=「乏しき」は不足、かけているの
     意。ここでは山吹の黄色の花が大方散って残
     り少ないこと。

作者・・正岡子規=まさおかしき。1867~1902。35歳。
     東大国文科中退。結核・骨髄カリエスを患う。

出典・・墨汁一滴(谷馨著「現代短歌精講」)

今行きて 聞くものにもが 明日香川 春雨降りて
たぎつ瀬の音 
                  詠み人知らず

(いまゆきて きくものにもが あすかがわ はるさめ
 ふりて たぎつせのおと)

意味・・今すぐにでも出かけて行って、聞けるものなら
    聞きたいものだ。飛鳥川に春雨が降り続いて、
    激しく流れる瀬の音を。

 注・・聞くものにもが=「もが」は願望の助詞。
    たぎつ=激つ。水が激しく流れる。

出典・・万葉集・1878。

このページのトップヘ