名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2014年05月

わびぬれば しひて忘れむと 思へども 夢といふものぞ
人頼めなる 
                   藤原興風

(わびぬれば しいてわすれんと おもえども ゆめという
 ものぞ ひとたのめなる)

意味・・恋の苦しみに嘆いているので、むりに忘れようと
    思うのだが、夢にあの人が出て来て、夢というの
    がむなしい期待を抱かせるものだ。

 注・・わびぬれば=気落ちしているので。悲しみにくれ
     ているので。
    人頼めなる=人に期待をさせることだ。

作者・・藤原興風=ふじわらのおきかぜ。生没年未詳。914
    年頃活躍した歌人。

出典・・古今和歌集・569。

降りくらす なべての空の 春雨に 露こそやまね
松の下庵
                 武者小路実陰

(ふりくらす なべてのそらの はるさめに つゆこそ
 やまね まつのしたいお)

意味・・空模様も並一通りに一日中降り続く春雨に、
    私の構える松の木の下の庵では雨のしずくが
    止む時がない。

    粗末な庵ゆえに、普通の春雨なのに雨漏りが
    ポタポタと落ち続けるのである。

 注・・くらす=暮らす。日が暮れるまで時を過ごす。
    なべて=並べて。普通。
    なべての空の春雨=春雨の降る空としては、
    並々でない降り方とは違う普通の春雨。

作者・・武者小路実陰=むしゃこうじのさねかげ。
     1661~1738。権大納言従一位。

出典・・日本古典文学全集・中世和歌集。

思ひあまり そなたの空を ながむれば 霞を分けて
春雨ぞ降る
                   藤原俊成

(おもいあまり そなたのそらを ながむれば かすみを
 わけて はるさめぞふる)

意味・・恋の思いに堪えかねて、あなたが住んでいる
    方角の空を眺めていると、霞を分けるような
    感じに春の雨が降っている。

    恋人の住んでいる方角を眺めても、霞や春雨が
    邪魔して見えない。思いが届くようにはっきり
    とした景色を見たいのに。

 注・・思ひあまり=恋しい思いのとめようもない様子。
    そなた=思う人の住んでいる方角。

作者・・藤原俊成=ふじわらのとしなり。1114~1204。
    正三位・皇太后宮大夫。「千載和歌集」を撰進。

出典・・新古今和歌集・1107。

朴の花猶青雲の志 
                川端茅舎

(ほおのはな なおせいうんの こころざし)

意味・・朴の花は五月に咲く。そのとき辺り一面は、
    目に痛いばかりの新緑である。明るく降り
    そそぐ初夏の陽光に、萌え生ずる鮮やかな
    若葉がきらめいている。そんな情景の中に、
    白い朴の花が咲いている。自然界の、あの
    清々しい息吹きが、さわやかな薫風にのっ
    てやって来る。見つめていると、青雲の志
    を抱き奮闘した若き日々が脳裏を駆け巡る。
    そして思うのだ。「何を弱気になっている
    んだ。まだまだ、これからだ。まだまだ、
    これから頑張らなくてどうする!」

 注・・朴(ほお)の花=木蓮科の花。5月頃香りのあ
    る白い大きな花が咲く。樹木の葉の中では
     葉は一番大きく、昔は紙皿やアルミホイ
     ルの代わりに使われた。

作者・・川端茅舎=かわばたぼうしゃ。1897~1941。
    画家であり俳人。画は岸田劉生に師事、俳句
    は高浜虚子に師事。長年、脊髄カリエスを患
    う。

出典・・半田青涯著「歴史を駆け抜けた群雄の一句」。
    

ここに若く 睦び学びし わが友ら 行き行きて
戦火の中より戻らず
                 宮柊二

(ここにわかく むつびまなびし わがともら ゆき
 ゆきて せんかのなかより もどらず)

意味・・この場所で、お互いが若く、親しみ学んだ友人
    達。その多くの者は、長い戦いに、各地を転戦
    して、戦火の中から戻って来ないのだ。

    昭和30年母校を訪れた時に詠んだ歌です。

作者・・宮柊二=みやしゅうじ。1912~1986。新潟県
    旧制長岡中学卒。北原白秋に師事。日本芸術院
    賞を受賞。

出典・・歌集「多く夜の歌」(中山礼二著「教科書にでて
    くる短歌解釈」)

人あまた 乗り合ふ夕べの エレベーター 升目の中の
鬱の字ほどに 
                    香川ひさ

(ひとあまた のりあうゆうべの エレベーター ますめの
 なかの うつのじほどに)

意味・・都心のビルの外壁を昇降する夕時のエレベータを
    眺めていると、透明な四角い空間の中に人影がゴ
    チャゴチャと入り乱れて、その様子が原稿用紙の
    升目に書かれた「鬱」の字のように窮屈に見える。

    30人乗りのシースルーエレベーターの満員の状態
    を詠んでいます。このエレベーターは透明なガラス
    張りなので外界も見えるが、外からも乗っている人
    が分る。窮屈なエレベーターに乗り合わせている人
    々は30人近く乗っていて、四角い空間は、29画の
    「鬱」の字の状態に似ていると詠んでいます。

作者・・香川ひさ=かがわひさ。1947~ 。お茶の水女子
    大学卒。1998年角川短歌賞受賞。

出典・・歌集「テクネー」(栗木京子著「短歌を楽しむ」)
 

下手ぞとて 我とゆるすな 稽古だに つもらばちりも
やまとことの葉
                  島津忠良

(へたぞとて われとゆるすな けいこだに つもらば
 ちりも やまとことのは)

意味・・いくら下手でも稽古をおろそかにするものでは
    ない。毎日少しずつ稽古を積み重ねれば必ず上
    達する。「塵も積もれば山となる」の譬えどお
    りである。

作者・・島津忠良=しまづただよし。1492~1568。薩摩
    の戦国武将。

出典・・高城書房篇「島津日新公いろは歌」。

老いてなほ 艶とよぶべき ものありや 花は始めも
終りもよろし 
                   斉藤史

(おいてなお つやとよぶべき ものありや はなは
 はじめも おわりもよろし。

意味・・年老いた身にも艶やかさはあるのでしょうか。
    もちろん艶やかさはありますとも。桜の花だ
    って満開の時だけが素晴らしいのではありま
    せん。蕾の時もよいし、何と言っても散り際
    が一番美しいではありませんか。

    80歳を過ぎた時の歌で、自分の気概を詠んで
    います。

作者・・斉藤史=さいとうふみ。1909~2002。福岡
    県立小倉女学校卒。前川佐美雄らと「短歌作
    品」を発刊。

出典・・歌集「秋天瑠璃」(栗本京子著「短歌を楽しむ」)

恋しさは 海一ぱいに はてしなく 空一ぱいに
ひろがる朝かな 
                 近藤元

(こいしさは うみいっぱいに はてしなく そら
 いっぱいに ひろがるあしたかな)

意味・・恋しさは、のどかに広がる春の海一ぱいに
    果てしもなく、また、その海とわが頭上に
    広がる空一ぱいに果てしもなく、広がって
    ゆく、そんな楽しい朝である。

作者・・近藤元=伝未詳。

出典・・新万葉集・巻三(荻野恭茂著「新万葉愛歌
    鑑賞」)

ふかみどり はやまの色を 押すまでに 藤のむらごは
咲きみちにけり           
                   恵慶

(ふかみどり はやまのいろを おすまでに ふじの
 むらごは さきみちにけり)

意味・・ここは深い緑の木がおおう里山。藤の花が咲き
    充ちた今は、花の紫の濃淡が全山の緑を押し負
    かすほどになっているではないか。

    藤は蔓性の植物。木々の梢から梢へ、枝から枝
    へ、蔓が這い伝う。山の斜面が紫の花房に縫い
    綴られた状態を詠んでいます。

 注・・はやま=端山。山の麓のあたりや人里に近い低
     山をいう。「葉山」を掛ける。
    藤のむらご=「斑濃・むらご」は同じ色で濃淡
     がまだらになっているもの。藤の花びらは色
     の濃い紫のところと薄い紫のところがある。

作者・・恵慶=えぎょう。生没年未詳。960年頃活躍し
     た平安時代の僧。

出典・・松本章男著「花鳥風月百人一首」。

このページのトップヘ