名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2014年07月

**************** 名歌鑑賞 **************


かりに来と 恨みし人の 絶えにしを 草葉につけて
しのぶころかな
                  曽禰好忠

(かりにくと うらみしひとの たえにしを くさばに
 つけて しのぶころかな)

意味・・その時だけのいい加減な気持ちで訪ねて来る
    人だと恨んだものだが、草葉が茂り刈る時期
    になっても、今では全く来なくなって見ると、
    懐かしく思い出されることだ。

    誠意がなくて訪ねて来ていた人でも、全く来
    なくなって見ると懐かしく思われて来る、と
    詠んだ歌です。

 注・・かりに=「仮に・かりそめに」と「刈り」を
     掛ける。
    絶えにしを=全く来なくなった。
    草葉につけて=草葉の茂るにつけて。「茂る」
     を補って解釈する。

作者・・曽禰好忠=そねのよしただ。生没年未詳。平
    安時代の三六歌仙の一人。

出典・・新古今和歌集・187。

*************** 名歌鑑賞 ***************


夏は扇 冬は火桶に 身をなして つれなき人に
寄りも付かばや
                             詠み人知らず

(なつはおうぎ ふゆはひおけに みをなして つれなき
 ひとに よりもつかばや)

意味・・夏は扇、冬は火鉢に、我が身を変えて、無情な人
    に寄り添っていたいものだ。

    つれない相手に、身の回りの物に変身して、どこ
    までも一緒にいたいと願った歌です。

 注・・夏は扇冬は火桶=どちらもそれぞれの季節の必需
     品で身から放せない物。「火桶」は木製の丸火
     鉢。

出典・・拾遺和歌集・1187。

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むかしみし 垂井の水は かはらねど うつれる影ぞ
年をへにける
                         藤原隆経

(むかしみし たるいのみずは かわらねど うつれる
 かげぞ としをへにける)

意味・・昔見た垂井の泉の水は昔と変わらないけれど、
    その水に映っている人の姿は、あれから長い
    年が過ぎたのだとわかることだ。

    変らない自然と我が身の老いへの感慨を詠ん
    でいます。

 注・・垂井=美濃国不破郡の地名。

作者・・藤原隆経=ふじわらのたかつね。生没年未詳。
    1071年頃活躍した人。美濃守・従四位下。

出典・・詞花和歌集・390。


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いかばかり 神もうれしと み笠山 ふた葉の松の 
千代のけしきを
                             周防内侍

 
(いかばかり かみもうれしと みかさやま ふたばの
 まつの ちよのけしきを)

意味・・どんなにか春日の社の神もうれしくご覧になっ
    ているだろうか。三笠山の双葉の松のように千
    代を約束されている若々しい中将の姿を。

    藤原忠通・中将が摂政左大臣になった時にお祝
    いとして詠んだ歌です。

 注・・み笠山=三笠山。奈良市春日野の春日神社背後
     の山を指す。藤原氏や春日神社を暗示してい
     る。
    ふた葉の松=二葉は芽を出した最初の葉。長寿
     の松に、当時12歳の忠通をたとえる。

作者・・周防内侍=すおうのないし。生没年未詳。堀河
    帝に仕える。

出典・・金葉和歌集・322。

 
*************** 名歌鑑賞 ***************


故郷に 今夜許の 命とも しらでや人の
我を待らん        
                                                        菊池武時

(ふるさとに こよいばかりの いのちとも しらでや
 ひとの われをまつらん)

意味・・明日は我々の総力をあげて敵と戦わねばならな
    い。おそらく私には今夜一晩の生命しか残され
    ていないだろう。それでも故郷の菊池の郷では
    そんなことはつゆ知らない妻や子が私を待って
    いることだろう。

        元弘の乱の時、後醍醐天皇の命令で北条英時を
    討とうと兵を挙げた時に詠んだ歌です。

    故郷を想って詠んだ浅野内匠頭の歌、参考です。

    風さそふ 花よりも猶 我はまた 春の名残を
    いかにとやせん     (意味は下記参照)

 注・・元弘の乱=1331~1333年、後醍醐天皇を中心
    とした鎌倉幕府の討幕運動。

作者・・菊池武時=きくちたけとき。1292~1333。

出典・・後藤安彦著「短歌でみる日本史群像」。

参考歌です。

風さそふ 花よりも猶 我はまた 春の名残を
いかにとやせん  
                          浅野内匠頭長矩
             
(かぜさそう はなよりもなお われはまた はるの
 
なごりを いかにとやせん)

意味・・風に吹かれて散る花よりも、私はもっとはかな
    い身で、名残り惜しい。わが身の名残りをこの
    世にどうとどめればよいのであろうか。

      桜の花が散っているこの庭から、遠く山の向こ
    うの赤穂を想うと、わが世の春を楽しむ庶民の
    生活があるだろう。私は、この春が終わった後
    はどうなるのかと心残りがする。

    浅野内匠頭が切腹する時に詠んだ辞世の歌です。
    赤穂では家中、家族、領民一同、今日一日が穏
    やかに暮れたように、明日も穏やかで平和の日
    々がある事を信じて、今日の終わりを迎えてい
    るだろう。家族や親しい者たちとの楽しい団欒
    やささやかな幸せ、それを自分の一瞬の激発が
    奪ってしまったのだ。「皆の者、許せ」と内匠
    頭が胸中に詫びた時、桜の花びらが一ひら、あ
    るともなしの風に乗ってここまで運ばれて来た
    のである。死にたくない。

作者・・浅野内匠頭長矩=あさのたくみのかみながのり。
    1667~1701。34歳。赤穂藩の藩主。「忠臣蔵」
    の発端になった人。



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