名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2014年07月

*************** 名歌鑑賞 ***************


たのしみは 心をおかぬ 友どちと 笑ひかたりて
腹をよるとき
                橘曙覧

(たのしみは こころをおかぬ ともどちと わらい
 かたりて はらをよるとき)

意味・・私の本当の楽しみは、気兼ねの要らない友達
    と談笑して、おかしさのあまり、腹の底から
    笑い腹の皮がよじれる時です。心を許せる友
    人がいるのは、なんと幸せなことでしょう。

作者・・橘曙覧=たちばなあけみ。1812~1868。早
    くから父母に死別し、家業を異母弟に譲り隠
    棲。福井藩の重臣と交流。

出典・・独楽吟(岡本信弘篇「独楽吟」)

*************** 名歌鑑賞 ***************


数ならぬ しづが垣根の 梅が枝に 身をうぐひすの
音をのみぞなく
                 大納言北の方

(かずならぬ しずがかきねの うめがえに みを
 うぐいすの ねをのみぞなく)

意味・・人数にも入らない身分賎(いや)しい私の家の
    垣根の梅の枝に、鶯が来て鳴いていますが、
    私も鶯のように、我が身が辛いと思って、声
    を挙げて泣いています。

 注・・うぐひす=「う」は「鶯」と「憂」を掛ける。
    なく=「泣く」と「鳴く」を掛ける。

作者・・大納言北の方=物語の登場人物。北の方は貴
     人の妻。

出典・・樋口芳麻呂著「王朝物語秀歌選」。

*************** 名歌鑑賞 ***************


くるに似て かへるに似たり 沖つ波 立居は風の
吹くにまかせて
                  貞心尼

(くるににて かえるににたり おきつなみ たちいは
 かぜの ふくにまかせて)

意味・・人の運命は、寄せて来ると思えば戻る波のよう
    なものである。喜びがあれば憂いもあり、成功
    もすれば失敗もする。だから、努力した結果は
    幸も不幸も風の吹くまま運命にまかせよう。

    辞世の歌で、洞雲寺の墓石にこの歌が刻まれて
    いる。

作者・・貞心尼=ていしんあま。1798~1872。尼僧。
    30歳の時、良寛に出会い禅を修行する。

出典・・宣田陽一郎著「辞世の名句」。

*************** 名歌鑑賞 ***************


をさなごはさびしさ知らね椎拾う
                                                                滝春一

(おさなごは さびしさしらね しいひろう)

意味・・子供は無心に嬉々として椎の実を拾っている。
    そんな中、私はふとさびしさが心をかすめる。
    しかし、こういうさびしさを子供は知るまい
    し、分かろうはずもない、そんな感慨を私は
    噛みしめているのである。

 注・・さびしさ=考え事、気になる事、悩み事。
    知らね=知るまい。「ね」は打ち消しの「ず」
     の已然形。「知らず・知らじ」より柔らか味
     のある詠嘆の語。

作者・・瀧春一=たきはるいち。1901~1965。三越呉
    服店に入社。水原秋桜子に師事。

出典・・歌誌「馬酔木(あしび)」(松林尚志著「春瀧一
    鑑賞」)

*************** 名歌鑑賞 ***************


くさふめば くさにかくるる  いしずえの くつの
はくしゃに  ひびくさびしさ
                   会津八一

(草ふめば 草に隠るる 礎の 靴の拍車に 
 ひびく寂しさ)

詞書・・山田寺の址にて。

意味・・今となっては歴史の時間の中に埋没し、姿を
    とどめない山田寺の跡地を訪れ、生い茂る草
    を踏み分けて歩いていると、ふと、私の乗馬
    靴の拍車が、何かに触れてこすれた音を立て
    た。それは、草に隠れて見えず、私の足元に
    あった山田寺の礎石に当たって出た音だった。
    その乾いた音の、何と空しく、さびしい響き
    であったことだろう。
     
    山田寺の哀史。
    蘇我氏一族であった蘇我倉山田石川麻呂は宗
    家(そうけ)の蘇我入鹿(そがのいるか)と
    対立し、娘婿の中大兄皇子(なかのおおえの
    おうじ)について蘇我氏打倒に参画し、改新
    政府の右大臣を務めたが、異母弟の蘇我日向
    (そがのひむか)により謀叛の疑いをかけら
    れ、649年、建造中の山田寺の仏殿において
    妻子一族と共に、失意のうちに自害して果て
    た。後に疑いが晴れ、山田寺は着工から45年
    を経てようやく完成したが、1187年に興福寺
    の僧兵によって焼き払われた。山田寺は世界
    最古の木造建築である法隆寺より半世紀も遡
    (さかのぼ)る木造建築物の遺物となった。

 注・・山田寺の址=奈良県桜井市山田にあった古代寺
     院。649年建造。丈六(4.8m)の仏像は頭部の
     み残り国宝として興福寺に所蔵されている。
     南大門・金堂・講堂塔婆等が一直線上に礎石
     として残る。
    いしずえ=山田寺跡地に残る礎石。
    はくしゃ=拍車。 乗馬用の靴のかかとにつける
     金具。かかとの側に小さな歯車をつけ、それ
     で馬の横腹を蹴って馬を御する。

作者・・会津八一=あいづやいち。1881~1956。早大
    文科卒。文学博士。美術史研究家。

出典・・歌集「鹿鳴集」(吉野秀雄著「鹿鳴集歌解」)

*************** 名歌鑑賞 ****************


蟻ひとつ わが足もとに 歩みきて ゆくへを索め
またゆきにけり          
                 福田栄一

(ありひとつ わがあしもとに あゆみきて ゆくえを
 もとめ またゆきにけり)

意味・・ちいさな蟻が一匹自分の足元に歩んで来て、
    どこに行ったらよいか、行方をさぐっていた
    が、またどこともなく去って行った。

    作者が中央公論の編集次長だった昭和19年
    に詠んだ歌です。詞書は「中央公論社の存在
    が国家意思遂行の為に支障ありとの理由によ
    って解散させられた」となっています。彷徨
    (さまよ)っている自分の姿を蟻に比喩してい
    ます。

 注・・索(もと)め=さがしまわる。

作者・・福田栄一=ふくだえいいち。1909~1975。
    東洋大卒。中央公論の編集委員。

出典・・歌集「この花に及かず」(武川忠一編「現代
    短歌」)

*************** 名歌鑑賞 ***************


面影に 花の姿を さきだてて 幾重越え来ぬ
峰の白雲
               藤原俊成

(おもかげに はなのすがたを さきだてて いくえ
 こえきぬ みねのしらくも)

意味・・桜花の姿を目の前に思い描き追い求め、幾つの
    山々を越えて来たことだろう。しかしその度に、
    花と見紛(まが)う白雲が、むこうの峰にかかる
    のを見るばかりだ。

    花の姿は、好きな人であり、志でもある。何度
    も失意の苦さを味わいながらも、なお、美を追
    い求めてやまない、というのがよい。

作者・・藤原俊成=ふじわらのとしなり。1114~1204。
    正三位・皇太后宮大夫。「千載和歌集」を撰進。

出典・・新勅撰和歌集・57


*************** 名歌鑑賞 ***************


かねてより 音には聞きて 猪苗代 来て湖の
飽かぬ眺めを
                小笠原長行

(かねてより おとにはききて いなわしろ きて
 みずうみの あかぬながめを)

意味・・かねてから猪苗代湖のことは話しに聞いて
    いたが、実際に見てみると全く飽きない、
    美しい眺めである。

    明治元年、新政府と対立して江戸から会津
    城下に向かった時に詠んだ歌です。旧幕府
    側の会津藩にもてはやされていごこちの良
    さ、長い道中も終わろうとする安堵感を歌
    っています。

作者・・小笠原長行=おがさわらながみち。1822~
    1891。唐津藩主。幕府老中。兵庫開港に
    尽力。

出典・・菊池明著「幕末百人一首」。

*************** 名歌鑑賞 *************** 


くれないの 牡丹咲く日は 大空も 地に従へる
ここちこそすれ
                 与謝野晶子

(くれないの ぼたんさくひは おおぞらも ちに
 したがえる ここちこそすれ)

意味・・庭に降りると大きな牡丹の花が咲いている。
    紅色に淡く柔らかそうな花が見事に美しく
    咲いている。空を見上げると、大空はこの
    牡丹の花に清々しさを添えるように青々と
    している。

作者・・与謝野晶子=よさのあきこ。1878~1942。
    堺女学校卒。鉄幹と結婚。「明星」で活躍
    した。

出典・・愛知県津島市立図書館。

*************** 名歌鑑賞 ***************


我のみぞ いそぎたたれぬ 夏衣 ひとへに春を
おしむ身なれば
                源師賢

(われのみぞ いそぎたたれぬ なつごろも ひとえに
 はるを おしむみなれば)

意味・・私だけは急ぎ裁ってないよ、夏衣を。夏衣の単
    (ひとえ)ではないが、ひとえに春を惜しんでい
    る身なので。

 注・・たたれぬ=着物を裁たない。
    夏衣=装束が合わせから 単(ひとえ)になる。
    ひとへ=ひたすらの意に「単」を掛ける。

作者・・源師賢=みなもとのもろかた。1035~1081。
    蔵人頭・正四位下。

出典・・金葉和歌集・94。

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