名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2014年09月

 
*************** 名歌鑑賞 ****************


斧の柄の 朽ちし昔は 遠けれど ありしもあらぬ
世をも経るかな
                式子内親王

(おののえの くちしむかしは とおけれど ありしも
 あらぬ よをもふるかな)

意味・・山で木樵(きこり)が、仙人の碁を見ているうち
    に斧の柄が朽ち、家に帰って見ると故郷の様子
    がすっかり変っていたという、遠い昔話だが、
    私も今、木樵と同様、前とすっかり変った世を
    過ごしていることだ。
     
            貴族の世から武家の世に移り、激動の激しい世
    を実感として詠み、王朝時代の終りを嘆いた歌
    です。

 注・・斧の柄の朽ちし昔=中国の晋(しん)の時代、木
     樵が山で仙人の碁を見ているうちに時間がた
     ち、斧の柄も朽ち果て、家に帰ったら、故郷
     の様子も一変していた、という故事。
    ありしもあらぬ世=前とすっかり変ってしまった
     世。

作者・・式子内親王=しょくしないしんのう。1149~1201。
    後白河院皇女。

出典・・新古今和歌集・1672。
 

 
*************** 名歌鑑賞 **************
 
この丘の 青葉となれる しづけさを 行きて面影に
立つ人のあり
                  山崎敏夫

(このおかの あおばとなれる しずかさを ゆきて
 おもかげに たつひとのあり)

意味・・したたるような深緑、眩(まぶ)しい青葉の丘、
    その静けさの中を今一人で歩いていると、ふ
    と過ぎし日の思い出が心に蘇(よみがえ)って
    きて、懐かしいあの女(ひと)の幻影が眼前に
    浮かんできては、微笑みかけてくれるのであ
    る。

作者・・山崎敏夫=伝未詳。

出典・・新万葉集・巻八(荻野恭茂著「新万葉愛歌鑑賞」)
 
 

 
************** 名歌鑑賞 ***************


うら恋し 我が背の君は なでしこが 花にもがもな
朝な朝な見む
                  大伴池主

(うらこいし わがせのきみは なでしこが はなに
 もがもな あさなあさなみん)

意味・・心恋しいあなたは撫子の花であって欲しい。
    そうすれば毎朝、毎朝見られるものを。

 注・・うら恋しい=心恋しい。心の中で恋慕う。
    もがもな=・・だといいなあ。

作者・・大伴池主=生没年未詳。746年頃大伴家持と
    親交。

出典・・万葉集・4010。

 
*************** 名歌鑑賞 ***************


幾とせも かはらで見まく ほし月夜 鎌倉海老の
腰折の友
                  唐衣橘洲

(いくとせも かわらでみまく ほしつきよ かまくら
 えびの こしおれのとも)

詞書・・四方赤良に海老をおくるとて。

意味・・いま送る鎌倉海老のような腰折のへんてこな
    歌を詠む相手として、これから先、何年も変
    らないで親しく付き合いたい友よ。

    ライバルとしての対抗意識とともになごやか
    な挨拶の狂歌です。

 注・・見まくほし=「見まく欲し」に「星月夜」(鎌
     倉の枕詞)を掛ける。
    鎌倉海老=伊勢海老の異称。鎌倉沖に多く産
     するからいう。
    腰折=腰折歌。へたな歌。海老の形状からの
     縁語。

作者・・唐衣橘洲=からころもきっしゅう。1743~
    1802。田安家の臣。江戸時代の狂歌師。

出典・・狂歌集「若葉」(小学館「日本古典文学全集・
    狂歌」)

 
*************** 名歌鑑賞 ****************


看とり疲れの 妻の寝姿 手鏡に見るとき みずからの
罪みるごとし
                    引野収

(みとりつかれの つまのねすがた てかがみにみるとき
 みずからの つみみるごとし)

意味・・寝たきりの重度の身体障害者である私を、妻は
    看病し続けている。その疲れで今、妻はうたた
    寝をしている。その姿を手鏡で見ると、悪い事
    をしたように辛く感じる。私がいなければ妻は
    楽が出来るだろうに。

    この歌人は肺結核を患い寝たきりの生活を三十
    余年間続けている。体を起こしたり、首をもた
    げたり出来ないから、手鏡を使っているのです。
 
    参考は、藤尾英昭著の「小さな人生論」からです。

    忘れられない詩がある。
    15歳の脳性マヒの少年が、
    その短い生涯の中でたった一篇、
    命を絞るようにして書き残した詩である。

    ごめんなさいね おかあさん
    ごめんなさいね おかあさん
    ぼくが生まれて ごめんなさい
    ぼくを背負う かあさんの
    細いうなじに ぼくはいう
    ぼくさえ 生まれなかったら
    かあさんの しらがもなかったろうね
    大きくなった このぼくを
    背負って歩く 悲しさも
    「かたわな子だね」とふりかえる
    つめたい視線に 泣くことも
    ぼくさえ 生まれなかったら

    ありがとう おかあさん
    ありがとう おかあさん
    おかあさんが いるかぎり
    ぼくは生きていくのです
    脳性マヒを 生きていく
    やさしさこそが 大切で
    悲しさこそが 美しい
    そんな 人の生き方を
    教えてくれた おかあさん
    おかあさん
    あなたがそこに いるかぎり

    作者は山田康文くん。
    生まれた時から全身が不自由、口も利けない。
    通称やっちゃん。
    そのやっちゃんを養護学校の先生であった
    向野さんが抱きしめ、
    彼の言葉を全身で聞く。
    向野さんがいう言葉がやっちゃんのいいたい言葉
    だったら、やっちゃんがウインクでイエスのサイン。
    ノーの時は舌を出す。
    気の遠くなるような作業を経て、
    この詩は生まれた。
    そしてその2か月後、少年は亡くなった。

    自分を生み育ててくれた母親に報いたい。
    その思いがこの少年の人生のテーマだったといえる。
    短い生涯ながら少年は見事にそのテーマを生ききり、
    それを一篇の詩に結晶させて、逝った。

    生前、ひと言も発し得なかった少年が、
    生涯を懸けてうたいあげた命の絶唱。
    この詩が私たちに突きつけてくるものは重い。
    永遠の人生のテーマがここにある。

作者・・引野収=ひきのおさむ。1918~1988。高野山大学卒。
    1945年結婚。1948年肺結核を患い寝たきりの生活を
    送る。

出典・・佐々木幸綱著「短歌に親しむ」。

 

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