名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2014年10月

 
*************** 名歌鑑賞 ***************
 
 
砂山の 砂に腹這ひ
初恋の
いたみを遠く おもひ出づる日
                     石川啄木

(すなやまの すなにはらばい はつこいの いたみを
 とおく おもいいずるひ)

意味・・海辺の砂山に腹這いになって、過ぎ去った遠い
    初恋の失恋の痛みを思い出している。

    初恋は成就しないと言われています。若者の初
    めてする恋は、恋の対象が相手その人でなく、
    相手を素材として心の中に創り上げた幻影だっ
    たことに起因するようです。恋されているのが
    自分でなく、自分の虚像だったことに相手が気
    づいた時、あるいは自分が虚像に恋していたこ
    とに気づいた時、初恋は終わるようです。

作者・・石川啄木=いしかわたくぼく。1886~1912。
    26歳。盛岡尋常小学校中退。与謝野夫妻に師事
    すべく上京。代用教員や新聞記者、新聞校正係り
    の職を経験。
出典・・歌集「一握の砂」。
 

 
************** 名歌鑑賞 ***************
 
 
山かひの 秋のふかきに 驚きぬ 田をすでに刈りて 
乏しき川音
                中村憲吉
              
(やまかいの あきのふかきに おどろきぬ たを
 すでにかりて とぼしきかわおと)

意味・・山峡の小村に訪れた秋の深さ・・ものの活気
    が衰え、元の力や姿が失われる秋・・に驚か
    される。一面に刈り尽くされた田の面の寂し
    さ、水のやせた川音の乏しさに。

作者・・中村憲吉=なかむらけんきち。1889~1934。
    東京大学経済学科卒。斉藤茂吉・土屋文明ら
    と親交を結ぶ。「しがらみ」「林泉集」。

出典・・歌集「しがらみ」(藤森明夫著「近代秀歌」)
 

 
************** 名歌鑑賞 ****************
 
 
指進の 来栖の小野の 萩が花 散らむ時にし
行きて手向けむ
               大伴旅人

(さしずみの くるすのおのの はぎがはな ちらん
 ときし ゆきてたむけん)

詞書・・731年、大伴旅人、奈良の家に在りて、故郷を
    思ふ歌。

意味・・来栖の野に美しい萩の花が散る前までに、きっ
    と出かけて行って故郷に萩の花を手向けよう。

    旅人の生涯を閉じたのは67歳。その年に病床で
    詠んだ歌です。萩の花が散る頃には病気を回復
    させ、生まれ故郷の飛鳥に帰り萩の花を眺めた
    いと、帰郷の望みを託した歌です。

 注・・指進(さしずみ)=「来栖」の枕詞。
    来栖=飛鳥にある小地名。生れ育った故郷。
    小野=「小」は接頭語。野、野原。
    手向け=神に願い事をして幣を捧げること。

作者・・大伴旅人=おおとものたびと。665~731。
    従二位大納言。

出典・・万葉集・970。
 
 

 
**************** 名歌鑑賞 *****************
 

濁り江の すまむことこそ 難からめ いかでほのかに
影をだに見む
                  詠み人知らず

(にごりえの すまんことこそ かたからめ いかで
 ほのかに かげだにみん)

意味・・濁り江が澄まないように、あなたと一緒に住む
    ことは難しいでしょう。けれども、せめて水に
    映るあなたの仄(ほの)かな姿だけでも見ていた
    いのです。

 注・・濁り江=濁っている入り江。
    すまむ=「澄まむ」と「住まむ」を掛ける。
    ほのかに=仄かに。かすかに、ちょっとでも。

出典・・新古今和歌集・1053。

 
************** 名歌鑑賞 ****************
 
 
風の音の 身にしむばかり 聞ゆるは 我が身に秋や
ちかくなるらん           
                  詠み人知らず
                 
(かぜのおとの みにしむばかり きこゆるは わがみに
 あきや ちかくなるらん)

意味・・風の音が身にしむほど冷たく悲しく聞えるのは、
      季節の秋とともに、私の身にあの人の「飽き」
      が近づいてきたからなのだろうか。

    男女の仲が疎遠になった頃詠んだ歌です。

 注・・我が身に秋=「季節の秋」と「あの人の飽き」
     を掛ける。

出典・・後拾遺和歌集・708。

 
*************** 名歌鑑賞 ****************
 
 
夕されば 野辺の秋風 身にしみて 鶉鳴くなり 
 深草の里
                  藤原俊成
           
 (ゆうされば のべのあきかぜ みにしみて うずら
 なくなり ふかくさのさと)

 意味・・夕暮れになると野辺を吹き渡ってくる秋風が
    身にしみて感じられ、心細げに鳴く鶉の声が
    聞こえてくる。この深草の里では。

      捨て去られた女が鶉の身に化身して寂しげに
    鳴く晩秋の夕暮れの深草の情景です。

      この歌は「伊勢物語」の123段の話を典拠とし
    て詠んでいます。

      男に飽きられ捨てられかかった深草の里の女に、
      「私が出て行ったら、ここは深草の名の通りに
    いっそう草深くなって野原となってしまうだろ
           うなあ」と冷たく言い放つ男に対して、

    「野とならば 鶉となりて 鳴き居らん 狩に
     だにやは 君は来ざらん」

    (おっしゃるように、ここが野原となってしまう
    のなら、私は、見捨てられた場所にふさわしい
    鳥と昔からされている鶉になって鳴いている事
      にしましょう。時には狩にでもあなたが来てく
    ださらないものでないでしょうから)

           と答え、 男はその歌に感動して出て行くのを止め
           たという話です。

 注・・夕されば=夕方になると。
      秋風=「秋」には「飽き」が掛けられている。

 作者・・藤原俊成=ふしわらのとしなり。1114~1204。
     正三位皇太宮大夫。「千載和歌集」の撰者。

出典・・千載和歌集・259。

 
************** 名歌鑑賞 ****************
 
 
招くぞと 心許して 立ち寄れば 尾花が末に 
秋風ぞ吹く
                宗川儀八

(まねくぞと こころゆるして たちよれば おばなが
  すえに あきかぜぞふく)

意味・・招かれて喜んで行った所、そこにはもう秋風が
    吹いて尾花の葉を揺らしている。
    
    形だけの招待とは知らずに行ったところ、尾花
    が秋風で揺らいでいて、招待した相手は呆れか
    えっている。

 注・・尾花=ススキの別名。
    秋風=「秋」に「呆れ」が掛けられている。

作者・・宗川儀八=むねかわぎはち。生没年未詳。会津
    藩の武士。

 
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百くまの 荒き箱根路 越えくれば こよろぎの磯に
波のよる見ゆ
                 賀茂真淵

(ももくまの あらきはこねじ こえくれば こよろぎの
 いそに なみのよるみゆ)

意味・・限りなく曲がり目のある箱根峠の道を越えて来る
    と、こよろぎの磯に波が寄せるのが見える。

    箱根峠から下界を見た景観の新鮮さを詠んでいま
    す。風景は、初めて見る時が最も印象に残ります。
    殊に、一つの風景から他の風景に変った時に強く
    感じられる。陰鬱で単調な山の景色から、明るく
    広い海の景色に移った時が印象が強い。また、き
    つい上り坂を登りきった安堵感も美しい風景にな
    って見えてきます。

 注・・百(もも)くま=百曲。「百」は限りなき数をいった
     もの、「くま」は道の曲がり目。
    こよろぎの磯=神奈川県大磯の海岸。

作者・・賀茂真淵=かものまぶち。1697~1769。本居宣長
    (もとおりのりなが)ら多数の門人を育成する。

出典・・賀茂翁家集(河出書房新社「日本の古典「蕪村・良寛・
    一茶」)

 
**************** 名歌鑑賞 **************
 
 
桐の葉の 積もるがうへに うちそそぐ あしたの雨ぞ
秋の声なる
                   橘千蔭

(きりのはの つもるがうえに うちそそぐ あしたの
 あめぞ あきのこえなる)

意味・・桐の葉が積もった上に降り注ぐ朝の雨の音は、
    まさに秋の声というのにふさわしい。

    桐の葉が一枚また一枚と散ることで秋の風情
    を知るというのが一般的だが、散り敷く桐の
    葉に雨が落ちる音に、秋の情緒を感じていま
    す。

作者・・橘千蔭=たちばなちかげ。1735~1808。賀
    茂真淵に師事。田沼意次(おきつぐ)の側用人。

出典・・歌集「うけらが花」(小学館「近世和歌集」)

 
************** 名歌鑑賞 ***************
 
 
さぎのとぶ 川べのほたで 紅に ひかげさびしき
秋の水かな
                藤原家良

(さぎのとぶ かわべのほたで くれないに ひかげ
 さびしき あきのみずかな)

意味・・白い鷺(さぎ)があちこち飛んでいる。川原の
    蓼(たで)の茂みが紅い穂花をつけている。流
    れは穏やかな日差しを写して、まさに秋の水
    の色だなあ。

 注・・ほたで=穂蓼。花穂の出た蓼。
    ひかげさびしき=日影寂しき。穏やかな日差。

作者・・藤原家良=ふじわらのいえよし。1192~1264。
    正二位・内大臣。定家に師事。続古今和歌集の
    撰者。

出典・・新撰和歌六帖(松本章男著「花鳥風月百人一首」)
 

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