名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2014年11月

 
**************** 名歌鑑賞 ***************
 
 
胸に刻む 言葉をひとつ 呟きて 佇てり秋風の
石塔の前
                峯村国一

(むねにきざむ ことばをひとつ つぶやきて たてり
 あきかぜの せきとうのまえ)

詞書・・東慶寺墓畔(注・太田水穂の墓がある)。

意味・・さびしさを誘う秋風が吹いている石塔は、それ
    は師太田水穂の墓である。師から教わって胸に
    刻んでいる言葉を、呟きながら佇(たたず)んで、
    師の冥福を祈っている。

    「胸に刻む言葉」は長い師弟の交わりで得た、
    座右の銘のような言葉であろう。経文の一句を
    誦するより、いっそう師の冥福を祈っているこ    
    とになる。

    生前の徳を讃えて冥福を祈る句、参考です。

    「未来までその香おくるや梅の花」
         (意味は下記参照)

 注・・東慶寺=鎌倉の東慶寺には太田水穂の墓がある。

作者・・峯村国一=みねむらくにいち。1888~1977。長野
    上田中学卒。八十二銀行重役。太田水穂に師事。

出典・・歌集「耕余集」(武川忠一篇「現代短歌鑑賞辞典」)

参考句です。

未来までその香おくるや墓の梅      
                   童門冬二

(みらいまで そのかおくるや はかのうめ)

意味・・墓参りに来たら、心地よい梅の香りがする。
    この香りは、墓の中に眠る人の徳であろう。
    しかもその徳は、未来にまで残したい家訓の
    ような徳である。生前の意志を継いで、その
    徳を守っていこう。

    家訓のような徳、例えば徳川家康の家訓。

   「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが如し
    急ぐべからず、不自由を常と思えば不足なし」

   (人間の一生は重い荷物を背負って遠い道を歩い
    ているのと似ている。従って、人生は忍耐し努
    力して一歩一歩着実に歩いていかなければなら
    ない。・・・・)

 
*************** 名歌鑑賞 **************
 
 
いつの間に 紅葉しぬらん 山桜 昨日か花の 
散るを惜しみし
                具平親王

(いつのまに もみじしぬらん やまざくら きのうか
 はなの ちるをおしみし)

意味・・いつの間に紅葉したのだろうか。山桜よ。
      花の散るのを惜しんだのは昨日であった
    かと思われるのに。

作者・・具平親王=ともひらしんのう。1009年没。
    46歳。村上天皇の第七皇子。

出典・・新古今集・523。

 
************** 名歌鑑賞 ***************
 
 
かよふべき 心ならねば 言の葉を さぞともわかで
人や聞くらむ
                 兼好法師

(かようべき こころならねば ことのはを さぞとも
 わかで ひとやきくらん)

意味・・私の気持ちを分ってもらいたいと思っても、通
    じる相手ではないので、あなたは私の言葉をそ
    うだと理解しないで聞いておられるのでしょう。

    心を込めて語る言葉が相手に通じないことを嘆
    いています。周囲の人に注目されず、才能や実
    力の真価も発揮できず、胸中も理解されない人
    生。それが兼好法師であり、その辛さを詠んで
    います。

 注・・かよふ=気持ちが相手に通じる。
    さぞ=然ぞ。そのように。
    わかで=分かで。理解しない。

作者・・兼好法師=けんこうほうし。1283頃の生まれ。
    70歳くらい。後二条院に仕えたが30歳頃出家。
    「徒然草」で有名。

出典・・歌集「兼好法師家集・47」。

 
************** 名歌鑑賞 ***************
 
 
わが地図を おおう基地の数 書見器に みつつ涙の
ながれて止まず
                   宮城謙一

(わがちずを おおうきちのかず しょけんきに みつつ
 なみだの ながれてやまず)

意味・・胸を患う私は、いま仰臥(ぎょうが)のままの姿で
    書見器に日本の地図を置いている。そこには沖縄
    から北海道まで、アメリカの基地の所在地があら
    わに記されている。日米安保条約が締結され、そ
    の結果はかくの如く米軍に基地を許しているのだ。
    基地におおわれた日本の地図に見入っていると、
    口惜しさで不意に熱い思いがこみあげて、𥇥から
    涙が流れて来る。

作者・・宮城謙一=みやぎけんいち。1909~1967。早大
    国文科卒。明大教授。「新日本歌人協会」創立に
    参加。

出典・・窪田章一郎編「現代短歌鑑賞辞典」。

 
*************** 名歌鑑賞 ****************
 
 
恋そめし 心をのみぞ うらみつる 人のつらさを
われになしつつ
                 平兼盛

(こいそめし こころをのみぞ うらみつる ひとの
 つらさを われになしつつ)

意味・・冷たくなったあなたを、恋するようになった私の
    心を一方的に責めていました。相手の思いやりの
    なさを、自分の過失ばかりにして。

    つれない人を恨んでも詮無いこと、こんな冷たい
    人を恋い初めたわが心をこそ恨めしく思うと、詠
    んだ歌です。

 注・・うらみつる=恨む、責める。
    つらさ=冷淡、薄情、思いやりのなさ。
    なしつつ=為しつつ。ことさら・・する、・・の
     せいにする。

作者・・平兼盛=たいらのかねもり。?~990。従五位・
    駿河守。三十六歌仙の一人。

出典・・後拾遺和歌集・638。
 

 
*************** 名歌鑑賞 ***************
 
 
緑なる 一つ若葉と 春は見し 秋はいろいろに
紅葉けるかも          
               良寛

(みどりなる ひとつわかばと はるはみし あきは
 いろいろに もみじけるかも)

意味・・緑一色である若葉だと春に見た山が、秋はさ
    まざまの色で葉が色づいたことだ。若葉の時
    もよいが、紅葉も美しいものだ。

    若葉から青葉そして紅葉、落葉となっていく。
    どれもそれなりの良さがあるものだ。人も少
    年から大人そして老人となる。それぞれ他に
    ない得手(えて)があるものだ。

作者・・良寛=りょうかん。1758~1872。

出典・・谷川敏郎著「良寛全歌集・336」。

 
**************** 名歌鑑賞 ****************
 
 
1、 梅若菜まりこの宿のとろろ汁       芭蕉

2、 梅さいてまりこへ売れるつくね芋     佃

  (うめわかな まりこのしゅくの とろろじる)
  (うめさいて まりこへうれる つくねいも)

1、 意味・・我々の目の前には梅が咲き、若菜も萌えて
        いる。道中でも、早春のそんな光景が目を
        楽しませてくれるであろう。そして駿河の
        鞠子(まりこ)の宿では、名物のとろろ汁に
        もありつくことが出来るであろう。無事の
        旅を祈っている。

       乙州(おとくに)が江戸に出立する餞別とし
       て詠んだ句です。

2、 意味・・梅の咲く頃になると人々は芭蕉の「梅若菜
       まりこの宿のとろろ汁」の句を思い出して
       道中、鞠子の宿では、必ずとろろ汁を食べ
       るであろうから、さぞかし、とろろ汁の材
       料である「つくね芋」がよく売れるであろ
                   う。

       芭蕉の句を茶化しています。

    注・・まりこの宿=鞠子の宿。東海道の宿駅(静岡
        市丸子)。とろろ汁が名物。
       つくね芋=やま芋の一種。塊茎(かいはい)は
        手のひら状をしている。
 
作者・・芭蕉=ばしょう。松尾芭蕉。1644~1694。
    佃=つくだ。伝未詳。江戸時代の川柳作家。

出典・・複本一郎著「俳句と川柳の楽しみ方」。
 
      

 
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岩がねに 流るる水も 琴の音の 昔おぼゆる
しらべにはして
                細川幽斎
           
(いわがねに ながるるみずも ことのねの むかし
 おぼゆる しらべにはして)

詞書・・日野という所に参りましたついでに、鴨長明
    といった人が、憂き世を離れて住居した由を
    申し伝えている外山の庵室の跡を尋ねてみま
    すと、大きな石の上に、松が老いて、水の流
    れが清く、清浄な心の底が、それと同じだろ
    うと推量されました。昔のことなどを思い出
    して。

意味・・岩に流れている水は、琴の音の澄んで奏でて
    いた昔が偲ばれるような調べとなって聞えて
    くる。

     川の流れる音に、鴨長明が琴を弾いている姿
     を思い浮かべて詠んだ歌であり「方丈記」と
     重ね合わせて詠んでいます。

     参考、「方丈記・序」です。

     ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの
     水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ
     消えかつ結びて、久しくとどまりたる例なし。
     世の中にある人と栖(すみか)と、またかくの
     ごとし。

 注・・鴨長明=1216年没。「方丈記」が有名。
    外山(とやま)=人里近い山。
    岩がね=大地に根を下ろしたような岩。
    琴の音の昔おぼゆる=鴨長明が琴を奏じた昔。
    はして=愛して。いとおしく。

作者・・細川幽斎=ほそかわゆうさい。1534~1610。
    織田信長に仕え丹後国を拝領。豊臣秀吉・徳川
    家康に仕える。家集「衆妙集」。

出典・・家集「衆妙集」(小学館「中世和歌集」)

 
*************** 名歌鑑賞 *************
 
 
よそながら かげだに見むと 幾度か 君が門をば
すぎてけるかな
                 樋口一葉

(よそながら かげだにみんと いくたびか きみが
 かどを すぎてけるかな)

意味・・ただ顔が見たさにこらえきれなくなった夕
    べ、気づかれないようにこっそりと彼の家
    の門の前を行ったり来たりするのです。

    樋口一葉は明治五年に生まれ結核で亡くな
    ったのは明治二十九年。この時代には自由
    に生きることをはばむさまざまな制約があ
    った。一葉は家庭の事情から戸主になって
    しまったので、他家へ嫁ぐわけにはゆかな
    い身になってしまった。一葉が愛した恋人
    も兄弟を養う戸主だったので、二人は結ば
    れない仲となった。彼との結婚は出来ない
    ものの恋はあきらめることが出来ませんで
    した。

 注・・戸主=旧民法での用語。一家の長で戸主権
     を持ち、家族を養う義務のある者。

作者・・樋口一葉=ひぐちいちよう。1872~1896。
    24歳。作家。「たけくらべ」「にごりえ」。

出典・・樋口一葉和歌集(林和清著「日本のかなしい
    歌」)
 

 
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天飛ぶや 雁の翼の 覆ひ羽の いづく洩りてか
霜の降りけむ
               詠み人知らず

(あまとぶや かりのつばさの おおいばの いずく
 もりてか しものふりけむ)

意味・・大空を飛ぶ雁が羽根を連ねて空を覆うあの翼
    の、どのあたりから洩れて霜が降ったのであ
    ろうか。

    まだ霜が降る時季ではないと思っていたのに
    霜が降っている。空を見上げると雁の群れが
    空を覆うように飛んでいる。雁の羽で空を覆
    おって霜が降らないようにしているはずなの
    に。

    霜の降った驚きと大群の雁の飛ぶ姿に感動し
    て詠まれています。

 注・・天飛ぶや=「雁」の枕詞。
    覆ひ羽=空を覆うように広げた羽。

出典・・万葉集・2238。
 

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