名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2014年11月

 
**************** 名歌鑑賞 ***************
 
 
真菰草 つのぐみわたる 沢辺には つながぬ駒も
はなれざりけり
                 俊恵法師

(まこもぐさ つのぐみわたる さわべには つながぬ
 こまも はなれざりけり)

意味・・真菰草が一面に角のような芽を出した沢辺に
    馬を放しても、馬はその場を逃げ去らない。
     そこには草があり、居心地よい所であるから
     なのだ。

     この歌には、湯浅常山の「常山紀談」に逸話
     が載っています。

           細川幽斎の子の忠興(ただおき)が何事によらず
     諸事厳正に過ぎて家臣の面々やりにくく、多少
     の不服もあると、これを幽斎に告げる者がいた。
     幽斎は忠興の長臣を呼び、古歌二首を書き与え
    た。
   「逢坂の 嵐の風は 寒けれど ゆくへ知らねば 
    わびつつぞふる」
    この歌の心を察せよ。
    次の一首が「真菰草・・・」の歌。
   「馬が沢辺を離れないように、人の心もまた同じ。
    情愛深い主人のもとでは、つなぎとめることなく
    人は落ち着くものである。去れといっても去るも
    のではない」
    この歌の心を思慮せよと忠興にいえと教訓した。

  注・・真菰草=水辺に生えるイネ科の多年草。
     つのぐみ=角ぐみ。角のような状態。

作者・・俊恵法師=しゅんえほうし。1113~1195。東大
     寺の僧。

出典・・詞花和歌集・12。
 

 
*************** 名歌鑑賞 ***************
 
 
逢坂の 嵐の風は 寒けれど ゆくへ知らねば
わびつつぞふる
              読人知らず

(おうさかの あらしのかぜは さむけれど ゆくえ
 しらねば わびつつぞふる)

意味・・この逢坂に吹きすさぶ激しい風は寒いけれど
    も、私はどこに行くあてもないので、わびし
    く思いながらも、ここで暮らしているのです。

 注・・逢坂=山城国(京都府)と近江国(滋賀県)との
     境。逢坂の関で名高い。
    ゆくへ=行くべき所。
    わびつつ=気落ちする、途方にくれて困る。わ
      びしく思う。
    ふる=経る。月日を送る、過ごす。

出典・・古今和歌集・988。

 
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世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る 山の奥にも
鹿ぞ鳴くなる    
                 藤原俊成
         
(よのなかよ みちこそなけれ おもいいる やまの
 おくにも しかぞなくなる)

意味・・世の中は逃れるべき道がないのだなあ。
    隠れ住む所と思い込んで入った山の奥
    にも悲しげに鳴く鹿の声が聞こえる。

    俗世の憂愁から逃れようと入った奥山
    にも安住の地を見出せなかった絶望感
     を、哀切な鹿の鳴き声に託して詠んで
     います。

 注・・道こそなけれ=逃れる道はないのだ、
     の意。「道」には、てだて、手段の
      気持がこめられている。

作者・・藤原俊成=ふじわらのとしなり。1114
     ~1204年没。正三位皇太后大夫。「千
     載和歌集」の選者。

出典・・千載和歌集・1151、百人一首・83)。

 
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ゆく秋の 大和の国の 薬師寺の 塔の上なる
一ひらの雲
                佐々木信綱
             
(ゆくあきの やまとのくにの やくしじの とうの
 うえなる ひとひらのくも)

意味・・秋がもう終わりをつげようとしている頃、
      大和の国の古い御寺、薬師寺を訪ねて来て
    みると、美しい形相を誇って高くそびえる
    宝塔の上には、一片の白雲が静かに浮かん
    でいて、旅愁をいっそう注がれる。

    うるわしい大和(奈良)の逝く秋を惜しむ気
    持と、1300年の歴史を刻んだ古典的な味わ
    いのする高塔と、その上にある一片の雲を
    通して感触する旅愁を詠んでいます。

 注・・ゆく秋=晩秋。秋の暮れ行くのを惜しむ心
     がこもっている。四季の中で春と秋とは
     過ぎ去るのが惜しい季節なので「行く春」
     「ゆく秋」と詠まれる。
    大和=日本国、ここでは奈良県。
    薬師寺=奈良市西の京にある古寺。730
     年に建造。塔は高さ38m。各階に裳階(も
     こし)があるので六重塔に見えるが三重塔。
     塔の上には相輪が立ち、さらにその上部
     に水煙の飾りがある。

作者・・佐々木信綱=ささきのぶつな。1872~1963。
    国文学者。歌集に「思草」「新月」の他「校
    本万葉集」。

出典・・歌集「新月」(武川忠一編「和歌の解釈と鑑賞
    辞典」)
 
 

 
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雁なきて 菊の花さく 秋はあれど 春の海辺に 
住吉の浜
                 在原業平

(かりなきて きくのはなさく あきはあれど はるの
 うみべに すみよしのはま)

意味・・雁が鳴き菊の花が咲きかおる秋もよいが、この
    住吉の浜の春の海辺は実に住み良いすてきな浜
      だ。

 注・・秋はあれど=秋は面白くあれど、の意
    住吉の浜=大阪市住吉区の浜。地名に「住み良
     い浜辺」を掛けている。

作者・・在原業平=ありわらのなりひら。825~880。
    美濃権守・従四位上。六歌仙の一人。

出典・・伊勢物語・68段。

 
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阿波池田 吉野の川の 橋に立ち 仰ぐ箸蔵寺
順礼の鈴
                                     小川正子

(あわいけだ よしののかわの はしにたち あおぐ
 はしくらじ じゅんれいのすず)

意味・・はるばる来て,阿波池田を流れる吉野川の橋
    から遠く箸蔵寺を仰いで見ていると巡礼者
    が鳴らす鈴の音が聞こえる。ああ、この巡
    礼者の中に癩患者が混じっていないだろう
    か。

    昭和9年、癩病患者救援のため、患者を探し
    面談して療養施設に入れるため土佐に行く
    旅で詠んだ歌です。当時、癩病を患うと世  
    間の目を気にして、患者を外部と接触させ
    ないように納屋などに隠し住まわせていた。
    癩を患った人も、家族の苦労を思いやり、
    巡礼者となって放浪の旅を続け行倒れにな
    っていた。

 注・・吉野の川=高知県および徳島県を流れる194
    kmに及ぶ川。日本三大大暴れの川といわれ
    ている。
    箸蔵寺=徳島県三好市池田町にある寺。江戸
    時代末期1861年再建され、国の重要文化財に
    指定されている。

作者・・小川正子=おがわまさこ。1902~1943。東
    京女子医学専門学校卒。長島愛生学園勤務。
    癩病患者救援に尽す。著書「小島の春」。

出典・・小川正子著「小島の春」。
    

 
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忘れじな 難波の秋の 夜半の空 こと浦に澄む 
月は見るとも
                宣秋門院丹後

(わすれじな なにわのあきの よわのそら ことうらに
 すむ つきはみるとも)

意味・・忘れないつもりです。この難波の浦の秋の夜の空
    のことは。たとえ将来、他の浦に住み、そこに澄
    んだ月を見るようになっても。

 注・・忘れじな=「じ」は打ち消しを表す語。「な」は
     詠嘆の語。忘れまいよ。
    難波の秋=難波の浦の秋。難波の浦は大阪市の海
     辺の古称。
    こと浦=違う浦。他の浦。
    澄む=住むを掛ける。

作者・・宜秋門院丹後=ぎしゅもんいんのたんご。生没年
    未詳。1207年頃の人。後鳥羽院中宮の女房(女官)。

出典・・新古今和歌集・400。

 
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秋風の 色はと問はば 吹くからに 照りそふ月の
影をこたへん
                 三条西実隆   

(あきかぜの いろはととわば ふくからに てりそう
 つきの かげをこたえん)

意味・・秋風は何色と尋ねられたらば、風が雲を
     吹き払うままに照り添う皓々たる月光の
     白さをそれと答えよう。

    風に流される雲の間から顔を出す月の光
    の白さを詠んでいます。

    一般に季節の色は、春は青、夏は赤、秋
     は白、冬は黒といわれています。

 注・・吹くからに=吹くと同時に。「からに」
     は二つの動作・状態が同時におこる事
     を表す。雲に、と補って解釈する。
    月の影=月の光。

作者・・三条西実隆=さんじょうにしのさねたか。
    1454~1537。52歳で内大臣。62歳で出家。

出典・・歌集「再唱草」(岩波書店「中世和歌集・
    室町篇」)

 
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秋風に なびく草葉の 露よりも 消えにし人を
何にたとへん
                天暦御製

(あきかぜに なびくくさばの つゆよりも きえにし
 ひとを なににたとえん)

詞書・・中宮隠れさせ給ひて、秋の風身にしみて、夜
    の虫のあはれにおぼしめしければ。

意味・・秋風に吹かれてそよぐ草葉に置いた露よりも、
    はかなく消えてしまった人を、いったい何に
    よそえればよいのだろうか。

 注・・中宮=皇后の称。

作者・・天暦御製=てんれきぎょせい。村上天皇。
     926~967。41歳。

出典・・拾遺和歌集・1286。
   

 
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経もなく 緯も定めず 少女らが 織れる黄葉に
霜な降りそね
                 大津皇子

(たてもなく ぬきもさだめず おとめらが おれる
 もみじに しもなふりそね)

意味・・縦糸もなく横糸も定めずに、少女たちが織っ
    た紅葉の錦に、霜よ降らないでおくれ。

    全山一面の紅葉を織物に見立て、これを織る
    少女を想定しています。彼女が縦糸も横糸も
    決めずに、様々な糸で刺繍のように織り成し
    た布が紅葉です。せっかく紅葉の織物を織っ 
    たのに、霜が降りて落葉しては困るとという
    心づかいを詠んでいます。

    なお、作者は漢詩で「霜という杼(さお)によ
    って紅葉の錦を織る」、霜によって紅葉とい
    う布が織られる、といっていますが、これと
    和歌では別である。    
    
 注・・経もなく緯もさだめず=全山一面に赤や黄に
     紅葉している様子。
    少女=紅葉を布に見立て、これを織る少女を
     想定。
    黄葉(もみじ)=紅葉。万葉集では紅葉は黄葉
     と書かれる。
    な・・そね=穏やかな禁止の意を表す。・・
     しないでほしい。
    杼(さお)=機織の横井とを通す道具。

作者・・大津皇子=おおつのみこ。663~686。23歳。
    草壁皇子への謀反の罪に問われ死罪となった

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