名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2015年02月


*************** 名歌鑑賞 ***************


死はそこに 抗ひがたく 立つゆえに 生きている一日
一日はいづみ

                  上田三四二

(しはそこに あらがいがたく たつゆえに いきて

 いるひとひ ひとひはいずみ)

意味・・病状を癌と知った時、死はすぐ目の前に避け

    がたく立ちふさがり、病気の厳しさを否応な
    く見据えねばならない。不安にうちひしがれ
    てしまいそうな日々。でも、だからこそ、生
    きている一日一日が宝物なのだ。

    43歳の時、病気が結腸癌だと分った時に詠ん
    だ歌です。死ぬまで残り少ない日々。この残
    された時間の一刻一刻は、「刻(とき)はいま
    黄金(きん)の重み」と意識し、こんこんと湧
    き出て来る生命の泉、として詠んでいます。

 注・・いづみ=泉。地中から湧き出る水。みなもと。
     黄金のように価値がある一刻一刻、それが

     湧き出る命の泉として捉えている。

作者・・上田三四二=うえだみよじ。1923~1989。

    京大医学部卒。医学博士。

出典・・歌集「湧井」(栗木京子著「短歌を楽しむ」)


**************** 名歌鑑賞 ***************


雪降れば 木ごとに花ぞ 咲きにける いづれを梅と
わきて折らまし          
                 紀友則

(ゆきふれば きごとにはなぞ さきにける いずれを
 うめと わきておらまし)

意味・・雪が降ったので、木毎に花が真っ白に咲いた。
    「木毎」といえば梅のことになるが、さて庭
    に下りて花を折るとすれば、この積雪の中か
    ら、どれを梅だと区別して折ればいいだろう
    か。

作者・・紀友則=きのとものり。生没年未詳。紀貫之
    とは従兄弟(いとこ)にあたる。900年頃の人。
    古今和歌集の撰者の一人。

出典・・古今和歌集・337。


*************** 名歌鑑賞 ***************


咲く花は 移ろふ時あり あしひきの 山菅の根し
長くはありけり

                  大伴家持

(さくはなは うつろうときあり あしひきの やま

 すがのねし ながくはありけり)

意味・・はなやかに咲く花はいつか色褪(あ)せて散っ

    てしまう時がある。目に見えない山菅の根こ
    そは、ずっと変らず長く長く続いているもの
    である。

    この歌は757年に詠まれており、藤原家との
    対立が激しくなっていた。その年は右腕の橘
    諸兄(もろえ)が死に、その前年に家持が頼り
    とする聖武天皇が亡くなっている。諸兄の子
    橘奈良麻呂は藤原仲麻呂に謀反を起こしたが
    失敗し、家持の知友の多くが捕らえられ処刑、
    配流される事件があった。貴族暗闘の時局を、
    これらの人々を心にしながら詠んだ歌です。

    栄耀栄華は一睡の夢、それに引き換えて山菅
    の根のような、細く長く着実に生きるあり方
    は目立たないが長く続くものだと詠んでいる。

 注・・咲く花は=知友達の悲運の哀傷や仲麻呂の栄
     達の憤懣(ふんまん)の気持がこもる。
    あしひきの=「あしびきの」とも。山の枕詞。
    山菅の根し・・=細く長く着実に生きていく

     ことへの意志がこもる。

作者・・大伴家持=おおとものやかもち。718~785。

    大伴旅人の長男。少納言。万葉集の編纂をした。

出典・・万葉集・4484。


*************** 名歌鑑賞 ***************


移りゆく 時見るごとに 心痛く 昔の人し
思ほゆるかも     

                大伴家持

(うつりゆく ときみるごとに こころいたく むかしの

 ひとし おもおゆるかも)

意味・・次々と移り変わってゆく時世のありさまを

    見るたびに、心も痛くなるばかりに昔の人
    が思われてなりません。

    755年に詠んだ歌で、当時は政界は家持と
    藤原仲麻呂が対立していた。味方になって
    くれていた聖武天皇が前年没し、家持の片
    腕の橘諸兄もこの年に死んだ。藤原仲麻呂
    と橘奈良麻呂の対立で、家持の知友が捕ら
    えられて死んだり配流された。

    この貴族暗闘の醜い時局を読み取りつつ、
    これらの人々を心にしながら詠んだ歌です。

 注・・移り行く時=季節と時世の流れを掛ける。

    し=上接語を強調する。

作者・・大伴家持=おおとものやかもち。718~785。

    大伴旅人の子。万葉集を編纂(へんさん)。

出典・・万葉集・4483。


**************** 名歌鑑賞 ***************


冬ごもる 病の床の ガラス戸の 曇りぬぐへば
足袋干せる見ゆ
                正岡子規

(ふゆごもる やまいのとこの がらすどの くもり
 ぬぐえば たびほせるみゆ)

意味・・寒い冬中、家にこもって病床に臥している
    自分であるが、病室のガラス障子の曇りを
    ぬぐってみたら、庭に足袋を干してあるの
    が見えた。

    テレビも無い時代、同じ場所に臥し、来る
    日も来る日も変化の無い視覚の世界は、心
    に受ける憂悶は深いもの。その無変化のよ
    うに見える物の中に、微妙な変化を目と心
    によってドラマとして描写して、自己を慰
    める作品となっています。
   「足袋干せる」の足袋は子規の物であろう。
    洗濯して干してくれている人への感謝の気
    持ちがあります。        

 注・・冬ごもる=冬の寒いうち、家の中にこもっ
     ている。

作者・・正岡子規=まさおかしき。1867~1902。
    35歳。東大国文科中退。肺を病み喀血して
    子規の雅号を用いる。「ホトトギス」を創
    刊。歌集「竹の里歌」。

出典・・竹の里歌。


**************** 名歌鑑賞 ***************


老いてなほ 艶とよぶべき ものありや 花は始めも
終りもよろし

                   斉藤史

(おいてなお つやとよぶべ ものありや はなは

 はじめも おわりもよろし)

意味・・年老いた身にも艶やかさはあるのでしょうか。

    もちろん艶やかさはありますとも。桜の花だ
    って満開の時だけが素晴らしいのではありま
    せん。蕾の時もよいし、何と言っても散り際
    が一番美しいではありませんか。

    80歳台で詠んだ歌です。自身を桜吹雪の美し

    さに譬えています。

作者・・斉藤史=さいとうふみ。1909~2002。93歳。

    小倉西高校卒。歌集「ひたくれない」。

出典・・歌集「秋天瑠璃」(栗木
京子著「短歌を楽しむ」)


*************** 名歌鑑賞 ***************


笹の葉に 降りつむ雪の うれを重み 本くたちゆく
わがさかりはも

                  読人知らず

(ささのはに ふりつむゆきの うれをおもみ もと

 くたちゆく わがさかりはも)

意味・・葉に降り積もった雪のために、笹は先端が重く

    なり、根元の方が傾いてゆく。このように、私
    の盛りも下り坂になったとは悔しいことだ。

    雪が解ければ、笹の葉はまた元通りになるよう
    に、私もいつかきっと勢力を盛り返したいもの
    だ。

 注・・うれ=末。木の枝や草葉の先端。
    くたち=降ち。盛りを過ぎること。衰える、傾
     く。

    はも=上接する語を強く引き立てる語。

出典・・古今和歌集・891。


*************** 名歌鑑賞 ****************


月をこそ ながめなれしか 星の夜の 深きあはれを
こよひ知りぬる

                建礼門院右京大夫

(つきをこそ ながめなれしか ほしのよの ふかき

 あわれを こよいしりぬ)

意味・・いつも月ばかり眺め慣れていたのだが、星の

    夜の深い情趣を、今宵はじめて知ったことで
    ある。
   
    平清盛の娘建礼門院に仕えた作者は、平資盛
    (すけもり)と恋愛関係にあり、1185年に資盛
    は源平の戦いで戦死にあう。その翌年に詠んだ
    歌です。夜空を見上げると、薄青色に晴れて大
    きな星がきらきらと一面に輝いていた。まるで
    薄い藍色の紙に箔を散らしたように見え、こん
    な星空は初めて見たように思った、という詞書
    があります。月に比べれば、星の輝きは物の数
    ではない。満ち足りた月の美しさのような生活
    から転落した作者が、天空に広がって光り輝く

    星の美しさの世界を発見した歌です。

作者・・建礼門院右京大夫=けんれいもんいんのうきょ

    うのだいぶ。生没年未詳。1157年頃の生まれ。
    平清盛の娘の建礼門院の女房。


出典・・玉葉和歌集・2159。


*************** 名歌鑑賞 ****************


梅が香に 昔をとへば 春の月 こたへぬ影ぞ 
袖に映れる

               藤原家隆

(うめがかに むかしをとえば はるのつき こたえぬかげぞ

 そでにうつれる)

意味・・梅の香りに誘われて懐かしさのあまり昔のことを

    春の月に尋ねると、答えない月の光が涙に濡れた
    私の袖の上に映った。
 
    伊勢物語四段が背景となっています。
    愛情が深くなっていた女性がいたが、突然身を隠
    した(知らせずに結婚した)。翌年探し訪ねてみる
    と、落ちぶれた姿になっていた。還らぬ昔を思う
    と懐旧の涙が出た。

 注・・梅が香に=梅の花盛りの頃を思い出して、以前付き
     合っていた女性が恋しくなったので、の意。
    影=月の光。

    袖=懐旧の涙で濡れた袖。

作者・・藤原家隆=ふじわらのいえたか。1158~1237。非

    参議従二位。「新古今集」撰者の一人。

出典・・新古今和歌集・45。 


*************** 名歌鑑賞 ****************


草枕 旅の宿りに 誰が夫か 国忘れたる
家待たまくに
              柿本人麻呂

(くさまくら たびのやどりに たがつまか くに
 わすれたる いえまたまくに)

詞書・・柿本朝臣人麻呂、香具山の屍を見て、悲しび
    て作る歌。

意味・・草を枕のこの旅先で、いったい誰の夫なので
    あろうか。故郷へ帰るのも忘れて臥せってい
    るのは。妻はさぞ帰りを待っていることであ
    ろうに。

    現在では野垂れ死にする人はいない。それに
    変って交通事故で亡くなる人が多い。夫の死
    を知らない間は、夕食のご馳走を作って待っ
    ているのだろうが。

 注・・草枕=「旅」の枕詞。ここでは、草を編んで
     作った枕で寝ることで、侘しい旅を暗示し
     ている。
    旅の宿り=旅先での仮寝。「宿り」は我が家
     以外で泊ること。
    待たまく=「まく」は推量の助動詞「む」に
     接尾後の「く」がついたもので、「待たむ」
     の未然形。待っていることだろう。

作者・・柿本人麻呂=かきのもとひとまろ。生没年未
    詳。710年頃亡くなった宮廷歌人。

出典・・万葉集・426。

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