名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2015年03月


***************** 名歌鑑賞 ****************


梢ふく 風の心は いかがせん したがふ花の 
恨めしきかな         
                                            西行

(こずえふく かぜのこころは いかがせん したがう
 はなの うらめしきかな)

意味・・梢を吹く風の心は、どうすることも出来は
    しない。でもその風の心のままに散ってゆ
    く花は何とも恨めしく思われることだ。

    無情の風が吹いて花を散らせてしまうのは
    仕方がないとしても、どうして花がそんな
    風の言うままに散ってしまうのかと、自分
    にとって好ましい花が時流に押し流されて
    手元から消えてしまうのを嘆いた歌です。

          人のいいなりにならずに、少しは抵抗して
      骨のある所を見せて欲しいものだ。    

 注・・いかがせん=「いかが」は反語を表す。
     どうしょうもない。

作者・・西行=1118~1190。

出典・・山家集・122。


**************** 名歌鑑賞 ****************


雄神川 紅にほふ 娘子らし 葦付取ると 
瀬に立たすらし
              大伴家持

(おがみがわ くれないにおう おとめらし あしつき
 とると せにたたすらし)

意味・・庄川の向こう岸に赤っぽく見えるのは赤い服を
    着た少女たちが、川海苔を採っているのだろう。
    静かでのどかな風景だなあ。

    生活のために藻を採りに来たのではなく、川遊
    びをしながら楽しんでいる姿です。春ののどか
    な風景を詠んでいます。

 注・・雄神川=富山県の庄川の古名。
    紅にほふ=色が赤く映えている意。娘たちの衣
     装の色が赤い事をさす。
    葦付(あしつき)=川海苔、淡水藻。
    瀬=川や海の浅い所。

作者・・大伴家持=おおともやかもち。718~785。中納
    言。万葉集の編纂をした。

出典・・万葉集・4021。 


***************** 名歌鑑賞 ****************


中々に 花さかずとも 有りぬべし よし野の山の
春の明ぼの            
                 慈円

(なかなかに はなさかずとも ありぬべし よしのの
 やまのはるのあけぼの)

意味・・なまじっか桜の花が咲いていなくても、それは
    それでよいと思う。えも言われない吉野山の春
    の曙の空の美しさよ。

    吉野といえば桜の名所。今はまだ花は咲いてい
    ないが、早朝の霞がかかった清々しい景色もい
    いものだ。

 注・・中々に=いっそう、むしろ。

作者・・慈円=じえん。1155~1225。天台座主。

出典・・岩波書店「中世和歌集・鎌倉篇」。


*************** 名歌鑑賞 ***************


山桜 咲きそめしより 久方の 雲居に見ゆる 
滝の白糸
                源俊頼

(やまざくら さきそめしより ひさかたの くもいに
 みゆる たきのしらいと)

意味・・山桜が咲き始めた頃から、はるか遠くの山の
    景色は空から落ちる滝の白糸のように見える
    ことだ。

    山頂から山裾にかけて咲く山桜の遠望を、天
    から落ちる滝に見立てて詠んだ歌です。

 注・・久方=光や雲の枕詞。
    雲居=空のこと。雲のあるあたり。
    滝の白糸=滝の流れを白糸に譬えた歌語。

作者・・源俊頼=みなもとのとしより。1055~1129。
    従四位上・左京権大夫。金曜和歌集の撰者。

出典・・金葉和歌集・50。


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たのしみは ふと見てほしく おもふ物 辛くはかりて
手に入れしとき       
                   橘曙覧

(たのしみは ふとみてほしく おもうもの からく
 はかりて てにいれしとき)

意味・・私の楽しみは、ふと見てとても欲しくなった
    物を、やりくりしてやっと買い求めた時です。

    ままならぬ暮らしの中で、やっと手に入れた
    喜びを詠んでいます。

 注・・辛(から)く=やっとのことで。
    はかり=企てる、方法を考える

作者・・橘曙覧=たちばなあけみ。1812~1868。
    早く父母に死別し、家業を異母弟に譲り隠棲
    する。福井藩の重臣と交流。

出典・・岩波文庫「橘曙覧全歌集」。


**************** 名歌鑑賞 *****************


見わたせば 山もとかすむ 水無瀬川 夕べは秋と
なに思ひけむ       
                  後鳥羽院

(みわたせば やまもとかすむ みなせがわ ゆうべは
 あきと なにおもいけん)

意味・・見渡すと山の麓が霞み、そこを水無瀬川が流
    れている眺めは素晴らしい。夕べの趣は秋に
    限ると、どうして思っていたのであろうか。

 注・・山もと=山の麓。
    水無瀬川=大阪府三島郡を流れる川。淀川の
     支流。
    夕べは秋と=夕暮れの趣は秋が優れていると。

作者・・後鳥羽院=ごとばいん。1180~1239。82代
    天皇。鎌倉幕府打倒を企てたが、破れて隠岐
    に流された。

出典・・新古今和歌集・36。


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山たかみ 都の春を みわたせば ただひとむらの 
霞なりけり     
                大江正言

意味・・山が高いので、そこから都の春景色を眺望
    すると、ただ一群の春霞がたなびいている
    ばかりだ。

    八十メートルほどの高台にある長楽寺から
    春の都を眺めた景色です。霞を通して待ち
    に待った春が来た事を詠んでいます。

 注・・ひとむら=一群。ひとかたまり。

作者・・大江正言=おおえのまさとき。生没年未詳。
    従五位大隈守。

出典・・後拾遺和歌集・38。 


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よくみれば 薺花さく 垣根かな
                             芭蕉

(よくみれば なずなはなさく かきねかな)

意味・・ふだんは気にも止めない垣根の根元に、よく見ると
    薺の花が目立たずひっそりと咲いている。

    程明道の詩句「万物静観皆自得」の気持を詠んで
    いると言われています。

    今ここを生きる薺の花は、咲いている場所や周囲の
    状況について好き嫌いを区別しないで自足自得して
    います。全ての人々があらゆる状況について好き嫌
    いを区別しないで自足自得することができれば、そ
    れは仏に他なりません。だから、今、ここを生きる
    人は憂悲苦悩を嫌いません。憂いに出会えば憂える
    仏、悲しみに出会えば悲しむ仏、苦しみに出会えば
    苦しむ仏、悩みに出会えば悩む仏になって何時も安
    らいだ心境でいられるのです。

    与えられた運命を嘆くのではなく、その運命の立場
    にいて幸せを求めて行こうという考えです。

 注・・自足自得=自分で必要を満たす、自分で満足する。

作者・・芭蕉=1644~1694。

出典・・小学館「日本古典文学全集・松尾芭蕉集」。


*************** 名歌鑑賞 ****************


春や疾き 花や遅きと 聞き分かん うぐひすだにも
鳴かずもあるかな
                 藤原言直
           
(はるやとき はなやおそきと ききわかん うぐいす
 だにも なかずもあるかな)

意味・・春が来たのに一向に春らしくないのは、春の
    来かたが早すぎたのか、花の咲くのが遅いの
    かと、聞いて判断しょうにも、その相手の鶯
    までも鳴きもしない。
    
     早春賦の思いです。

    春は名のみの 風の寒さや
    谷の鶯 歌は思えど
    時にあらずと 声も立てず
    時にあらずと 声も立てず

 注・・聞き分かん=聞き分ける、聞いて判断する。
    鳴かずもあるかな=「も」は強調の語。現在
     も「鳴かない」→「鳴きもしない」の言い
     方がある。

作者・・藤原言直=ふじわらのことなお。生没年未詳。
    900年頃活躍した人。

出典・・古今和歌集・10。


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はかなくて またや過ぎなん 来し方に かへるならひの
ある世なりとも         
                   兼好法師

(はかなくて またやすぎなん こしかたに かえる
 ならいの あるよなりとも)

意味・・過ぎてきた今までに再びかえる習わしが
    たとえこの世にあったとしても、やっぱ
    りまた、なんとなしにはかなく日々を過
    ごすであろうか。

    もし、生き返って来れたなら、今までと
    違った生き方をするのだろうか。

 注・・はかなく=たいしたこともない、むなしい。

作者・・兼好法師=けんこうほうし。吉田兼好。12
    83~1352。鎌倉時代から南北時代の歌人。
    著書「徒然草」。

出典・・岩波文庫「兼好法師家集」。

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