名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2015年06月


*************** 名歌鑑賞 ****************


白鳥は 哀しからずや 空の青 海のあをにも
染まずただよふ    
               若山牧水

(しらとりは かなしからずや そらのあお うみの
 あおにも そまずただよう)

意味・・雲ひとつない空の青、深々と澄み渡った海の
    青にも染まらずに漂う。この白鳥の姿は哀し
    いではないか、まことに、えも言われぬ哀歓
    を誘うことだ。孤独な白鳥よ。

    世にまじることのない清純な魂、高い志、青
    春多感な牧水の自らの憧憬を、白鳥に託して
    詠んでいます。

 注・・白鳥=白い鳥。鴎の類の海の白い鳥。
    哀しからずや=「や」は反語を表す係助詞。
     哀しくはないか、いや哀しい。
    ただよふ=波の上に浮かんだり、ゆるやかに
     飛翔するさま。

作者・・若山牧水=1885~1928。早稲田大学英文科
     卒業。自然主義歌人と評されている。

出典・・歌集「海の声」(笠間書院「和歌の解釈と鑑賞
    辞典」)


*************** 名歌鑑賞 ***************


この谷や 幾代の飢えに 瘠せ瘠せて 道に小さなる
媼行かしむ       
                                          土屋文明

(このたにや いくよのうえに やせやせて みちに
 ちさなる おうなゆかしむ)

意味・・この山奥の谷よ、ここに幾代も幾代も飢餓に
    耐えて人々はかろうじて生き抜いて来たのだ。
    今その谷の道をとぼとぼとちいさな老婆が歩
    いて行く。この谷の貧しさの象徴ででもある
    かのように。

    作者は昭和20年に戦災を被り群馬県吾妻群の
    川戸部落に疎開した、その頃の作です。
    川戸部落は吾妻渓谷の奥の貧しい不便な山村
    であり、作者はここで土地を耕し生活をした
    のである。村民は渓谷に棚田を作り稲を植え
    たが、冷害で全然稔らない田もあった瘠せ地
    である。

 注・・この谷や=この谷よ。「や」は詠嘆を示す語。
    幾代=幾代も幾代も。長い時代の経過を示す。
    媼(おうな)=老女。

作者・・土屋文明=1890~1990。長野県諏訪高女の
    校長。万葉集の研究家。

出典・・歌集「山川水」(学灯社「現代短歌評釈」)


***************** 名歌鑑賞 ***************


たち変わり 古き都と なりぬれば 道の芝草 
長く生ひにけり    
                 田辺福麻呂

(たちかわり ふるきみやこと なりぬれば みちの
 しばくさ ながくおいにけり)

意味・・すっかり様子が変わって、今ではもう古びた
    都になってしまったので、往き来する者もな
    く、道の雑草も丈(たけ)高くなってしまった。

    奈良遷都で人々がいっせいに新都に行ってし
    まった。今まで大宮人が踏み平して往き来し
    ていた道は、馬も通らず人も通わないので、
    今では全く荒れ放題になってしまったと、悲
    しんで詠んだ歌です。

 注・・たち変り=「たち」は意味を強める接頭語。
    奈良還都=740年から745年まで都は難破や
     久爾(くに)に移った。奈良の都はその後日
     々に荒廃した。

作者・・田辺福麻呂=たなべのさきまろ。生没年未詳。
    748年頃活躍した宮廷歌人。

出典・・万葉集・1048。


**************** 名歌鑑賞 ****************


花に染む 心のいかで 残りけん 捨て果ててきと 
思ふわが身に
                西行
             
(はなにそむ こころのいかで のこりけん すてはて
 てきと おもうわがみに)

意味・・この俗世間をすっかり捨て切ってしまったと思う
    我が身に、どうして桜の花に執着する心が残って
    いたことであろうか。

    物欲や名誉をすべて捨てて、悩みや束縛から抜け
    出て安らかな心境にある自分だと思うのに、花に
    深く心を動かされるのはどうしてだろうか。

    花の美しさに感動するだけでなく、人と共に喜び
    人と共に泣くという人の心は失わず、感動する心
    は捨てていないという境地を詠んでいます。

 注・・染む=心に深く感じること。
    てき=・・してしまった。完了の助動詞「つ」の
     連体形+過去の助動詞「き」。

作者・・西行=さいぎょう。1118~1190。名佐藤義清。
    下北面武士として鳥羽院に仕える。23歳で出家。
    高野山で仏者として修行。家集は「山家集」。

出典・・山家集・76。


**************** 名歌鑑賞 *****************


意地悪の 大工の子ども かなしかり 戦にいでしが 
生きてかへらず         
                  石川啄木

(いじわるの だいくのこども かなしかり いくさに
 いでしが いきてかえらず)

意味・・いつも私をいじめている大工の子、その人が
    いなければどんなに幸せだろうかといつも思
    っていた。その人がいなくなる。ホットする
    ものの、その大工の子に赤紙が来て戦地に行
    くことになった。憎いと思っていた人だが戦
    争に行って、生きて帰れないと思うと、やは
    り悲しくなってくる。

 注・・赤紙=徴兵の召集令状。

作者・・石川啄木=いしかわたくぼく。1886~ 1912。
    26歳。盛岡尋常中学中退。


**************** 名歌鑑賞 *****************


中々に 花さかずとも 有りぬべし よし野の山の
春の明ぼの            
                 慈円

(なかなかに はなさかずとも ありぬべし よしのの
 やまの はるのあけぼの)

意味・・なまじっか桜の花が咲いていなくても、それは
    それでよいと思う。えも言われない吉野山の春
    の曙の空の美しさよ。

 注・・中々に=いっそう、むしろ。

作者・・慈円=じえん。1155~ 1225。天台座主。

出典・・岩波書店「中世和歌集・鎌倉篇」。


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百薬の 長どうけたる 薬酒 のんでゆらゆら 
ゆらぐ玉の緒     
              唐衣橘洲

(ひゃくやくの ちょうどうけたる くすりざけ のんで
 ゆらゆら ゆらぐたまのお)

意味・・百薬の長といわれる薬の酒を、たっぷり杯に
    受けて飲むと、わが玉の緒の命も、ゆらゆら
    と揺れ動くような、浮き立つ快さを覚える。

    参考です。
    「初春の初子の今日の玉箒手に取るからにゆら
     ぐ玉の緒」の歌と、
    「酒は憂いの玉箒」の諺を念頭に詠んだ歌です。

 注・・百薬の長=酒は百薬の長。「長」は「ちょうど」
     を掛ける。
    ちょうど=たっぷり、十分。
    玉の緒=玉をつらぬいた緒、命。

作者・・唐衣橘洲=からころもきっしゅ。1743~1802。
    田安家の臣。江戸時代の狂歌師。

出典・・小学館「日本古典文学全集・狂歌」。

参考歌です。

初春の 初子の今日の 玉箒 手に取るからに
揺らぐ玉の緒     
              大伴家持

(はつはるの はつねのきょうの たまははぎ てに
 とるからに ゆらぐたまのお)

意味・・新春のめでたい今日、蚕室を掃くために玉箒
    を手に取るだけで、揺れ鳴る玉の緒の音を聞
    くとうきうきした快さが感じられる。

 注・・初子(はつね)=その月最初の子の日の称。
    玉箒(たまははぎ)=古代、正月の初子の日に、
     蚕室を掃く玉飾りのついたほうき。酒の異称、
     憂いを掃くので。
    取るからに=「からに」はわずかな事が原因で
     重大な結果が起こる場合をいう。
    揺らぐ=目に揺れ動くさまが映ると共に耳にも
     その触れあって鳴る音が伝わって来ることを
     意味する動詞。
   玉の緒=玉箒の玉を緒に通して吊るしたものを
    さすが、同時に生命を表す語として、それを
    見る作者の心の躍動緊張をも意味する。

出典・・万葉集・4493。

諺です。

酒は憂いの玉箒 (さけはうれいのたまぼうき)

意味・・酒を飲めば心にかかっている悩み事や心配事も、
    箒で掃き清めたように無くなってしまう、とい
    うこと。


*************** 名歌鑑賞 ****************


忘れ草 しげれる宿を 来て見れば 思ひのきより
生ふるなりけり      
                 源俊頼

(わすれぐさ しげれるやどを きてみれば おもい
 のきより おうるなりけり)

意味・・あなたが私を忘れるという名の忘れ草が茂って
    いるあなたの宿を尋ねて来て見ると、あなたの
    「思い退き」という軒から生えているのだった。

    かっての恋人から忘れられるようになったが、
    気持が遠のいている事が確認できたので自分も
    諦めがついた、という事を詠んだ歌です。

 注・・忘れ草=萱草、忍草、恋人を忘れる比喩。
    思ひのき=思ひ退き(気持が遠ざかる)の意に
     軒を掛ける。

作者・・源俊頼=みなもとのとしより。1055~1129。
    金葉和歌集の撰者。

出典・・金葉和歌集・439。


*************** 名歌鑑賞 ****************


亡き母や海見る度に見る度に    
                                           一茶

(なきははや うみみるたびに みるたびに)

意味・・三歳で母に死別してから母の愛というものを
    知らずに育った一茶であるが、こうして海を
    眺めるたびに、その限りなく広がる豊かさ、
    やわらかくそして大きく自分を包みとってく
    れるような海の感触が、亡き母を憶(おも)わ
    せてくれる。

    一茶47歳の作です。

 注・・亡き母=名はくに。一茶の3歳の1765年に
     没す。

作者・・小林一茶=1763~1827。信濃の農民の子。
    3歳で母に死別し、継母と不和のため15歳
    で江戸に出る。


*************** 名歌鑑賞 ****************


ほととぎす 聞かで明けぬる 夏の夜の 浦島の子は
まことなりけり         
                   西行

(ほととぎす きかであけぬる なつのよの うらしまの
 こは まことなりけり)

意味・・郭公(ほととぎす)の鳴く声も聞くこともなく、
    夏の短夜ははかなく明けてしまったが、まこ
    とに浦島の子の玉手箱のように、あけてくや
    しいことである。

作者・・西行=さいぎょう。1118~1190。俗名佐藤義清
    (のりきよ)。鳥羽上皇の北面武士であったが23
    歳で出家。「新古今集」では最も入選歌が多い。

出典・・山家集・187。

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