名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2015年09月


***************** 名歌感賞 *****************


荒き風 防ぎしかげの 枯れしより 小萩が上ぞ
静心なき
                 桐壺の更衣の母

(あらきかぜ ふせぎしかげの かれしより こはぎが
 うえぞ しずこころなき)

意味・・荒い風を防いでいた木陰が枯れてしまって以来、
    小萩の上は心静かでありません。

    世間のきびしい風当りを防いでいた桐壺の更衣
    が亡くなってから、若宮の上が心配で、落ち着
    きません。

    桐壺の更衣が亡くなって、幼子の事を心配して
    更衣の母が詠んだ歌です。

 注・・小萩=ここでは幼子、源氏の君、若宮の意。
    更衣=女御につぐ宮廷に仕える女官。
    女御=天皇の配偶者。
 
作者・・桐壺の更衣の母=きりつぼのこういのはは。
    源氏物語の桐壺の巻の登場人物。
 
出典・・源氏物語・桐壺の巻。


****************** 名歌鑑賞 ******************


うきままに いとひし身こそ をしまるれ あればぞ見ける
秋のよの月        
                    藤原隆成

(うきままに いといしみこそ おしまるれ あればぞ
 みける あきのよのつき)

意味・・つらいという思いにまかせて、生きている
    事を厭(いと)うた我が身であったが、今は
    その身こそいとおしく思われてくる事だ。
    生きておればこそ、この美しい秋の夜の月
    を見られたのだ。

 注・・うきままに=辛い思いにまかせて
    いとひし身=いやになった我が身。
    をしまる=惜まる、大切に思う。
    あればぞ=生きていればこそ。

作者・・藤原隆成=ふじわらのたかなり。生没年未
    詳。

出典・・後拾遺和歌集・263。


************** 名歌鑑賞 ***************


家ありや 芒の中の 夕けむり  
                  童門冬二

(いえありや すすきのなかの ゆうけむり)

意味・・家の周りは通常、田や畑であって作物が
    育っているはずなのだが、ここは薄に被
    われて生活をしていることだ。

    作句の動機、状況。
    貧困の部落のため、堤の修理もままなら
    ず、そのために毎年水害が発生するよう
    になった。その結果投げやりになって本
    業をやめて、遊びや博打も含めて他の余
    業に精を出すようになった。その結果、
    田や畑は薄や茅(かや)が茂るようになっ
    だ。村人の心に薄が生い茂っているのだ。
    心の中の薄や茅を刈り取らねばと言った
    ものです。
       
 注・・夕けむり=夕煙、夕食の炊飯の煙。
 
作者・・童門冬二=どうもんふゆじ。1927~ 。
    東海大学付属中学卒。歴史小説家。
 
出典・・童門冬二著「小説・内藤丈草」。 


***************** 名歌鑑賞 ****************


珠洲の海に 朝開きして 漕ぎ来れば 長浜の浦に
月照りにけり      
                                          大伴家持

(すずのうみに あさびらきして こぎくれば ながはまの
 うらに つきてりにけり)

意味・・珠洲の海に朝早く舟を出して漕いで来ると、
    長浜の浦にはもう月が照り輝いていた。

    春の出挙(すいこ)のため諸郡を回って歩き
    任務を終えて帰る時に詠んだ歌です。

    舟旅の強行軍を詠んでいます。
        珠洲から長浜まで海上70キロ、当時の舟の
    漕ぐ時速は2.5キロ、潮流もほぼ等しく、朝
    4時に珠洲を出発すれば20時に長浜に到着。

 注・・出挙(すいこ)=利息付の消費貸借。春に官
     稲を貸し、秋に利息を付けて返済させる。
     利率は貸付の半倍。
    珠洲=石川県能登半島の北部の市。
    朝開き=夜停泊していた舟が夜が明けて港を
     出ること。
    長浜=能登半島の氷見市のあたり。
    月照りにけり=長浜の浦に着いた時はすでに
     夜に入っており、月光を仰ぎ見るほどにな 
     っていた。
  
作者・・大伴家持=718~785。大伴旅人の子。万葉集
     の編纂(へんさん)もする。

 出典・・万葉集・4029。


***************** 名歌鑑賞 ******************


風の音の 身にしむばかり 聞ゆるは 我が身に秋や
ちかくなるらん           
                  詠人知らず
                
(かぜのおとの みにしむばかり きこゆるは わがみに
 あきや ちかくなるらん)

意味・・風の音が身にしむほど冷たく悲しく聞えるのは、
    季節の秋とともに、私の身にあの人の「飽き」
    が近づいてきたからなのだろうか。

    男女の仲が疎遠になった頃詠んだ歌です。

 注・・我が身に秋=「季節の秋」と「あの人の飽き」
     を掛ける。
 
出典・・後拾遺和歌集・708。
 


*************** 名歌鑑賞 ***************


高松の この嶺も狭に 笠立てて 満ち盛りたる 
秋の香のよさ
                詠人知らず
                 
(たかまつの このみねもせに かさたてて みち
 さかりたる あきのかのよさ)

意味・・高松のこの峰も狭しとばかりに、ぎっしりと
    傘を突き立てて、いっぱいに満ち溢(あふ)れ
    ているきのこの、秋の香りの何とかぐわしい
    ことか。

    峰一面に生えている松茸の香りの良さを讃え
    た歌です。

 注・・高松の嶺=奈良市東部、春日山の南の山。
    笠立てて=松茸の生えている姿を、傘を地に
     突き立てたと見た表現。
    秋の香=ここでは秋の香りの代表として松茸
     の香り。

出典・・万葉集・2233。


*************** 名歌鑑賞 ****************


世をあげし 思想の中に まもり来て 今こそ戦争を
憎む心よ
                  近藤芳美
              
(よをあげし しそうのなかに まもりきて いまこそ
 せんそうを にくむこころよ)

意味・・世間の全てが軍国主義に駆り立てられていった
    状況の中で、ひそかに守ってきた思想がある。
    今こそ戦争を憎む心を高らかに表明し、その立
    場を貫きとおして行きたい。

 注・・思想=ここでは軍国主義思想の意。

作者・・近藤芳美=こんどうよしみ。1913~2006。
    神奈川大学教授。中村健吉・土屋文明に師事。
    社会派の歌人。歌集に「早春歌」「埃(ほこり)
    吹く街」など。
 
出典・・歌集「埃吹く街」(笠間書院「和歌の解釈と鑑賞
    辞典」)


**************** 名歌鑑賞 ****************


思ひきや 鄙の別れに 衰へて 海人の縄たき 
漁りせむとは     
                     小野篁

(おもいきや ひなのわかれに おとろえて あまの
 なわたき いさりせんとは)

詞書・・隠岐(おき)の国に流されていた時に詠んだ歌。

意味・・考えてもみなかったことだ。親しい人たちと
    別れて遠い田舎で心身ともに弱り果てたあげ
    く、漁師の使う網を引っ張って、魚を取ろう
    とは。

 注・・海人の縄たき=漁師が用いる網の縄や釣り
     縄をたぐって。「たき」は長く延びたものをあ
     やつること。
    隠岐国=島根県隠岐島。
    流される=流罪になること。遣唐使として唐
     に行かなかったため。

作者・・小野篁=おののたかむら。802~852。834
    年遣唐副使として任ぜられたが進発しなか
    ったので隠岐国に流罪、7年後に召還。参議・
    従三位。
 
出典・・古今和歌集・961。


***************** 名歌鑑賞 ****************


今はとて そむき果ててし 世の中に なにと語らふ
山ほとどぎす        
                  後鳥羽院

(いまはとて そむきはててし よのなかに なにと
 かたらう やまほとどぎす)

意味・・今はもうこれまでというので、すっかり
    捨ててしまった世の中であるのに、どう
    いうわけで山ほとどぎすは鳴いて話かけ  
    るのだろうか。

    承久の乱に破れて島流しされ、再起不能
    になり、生きる夢を無くした後鳥羽院は
    くやしさ・無念さを詠んだものです。
    ほととぎすは「諦めるな、諦めるのはまだ
    早い」と話しかけてくれるのだが。

 注・・今は=今となっては、もはや。
    そむき果て=背き果て。すっかり俗世を
     捨ててしまう、出家する。

作者・・後鳥羽院=ごとばいん。1180~1239。
    第82代天皇。承久の乱(1221)によって
    隠岐に配流された。
 
出典・・岩波書店「中世和歌集・鎌倉篇」。


*************** 名歌鑑賞 ***************


風をいたみ 岩うつ波の をのれのみ くだけてものを
おもふころかな     
                  源重之

(かぜをいたみ いわうつなみの おのれのみ くだけて
 ものを おもうころかな)

意味・・風が激しいので、岩を打つ波が砕けるように、
    自分だけが心を千々にくだいて物思いをする
    この頃だ。

    岩をつれなき女に、波をわが身にたとえてい
    ます。

 注・・いたみ=痛み。痛みを感じる、(風が)激しい
     ので。

作者・・源重之=みなもとのしげゆき。1000年頃没。
    陸奥守、36歌仙。
 
出典・・詞歌和歌集・211、百人一首・48

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