名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2015年10月


*************** 名歌鑑賞 ****************


世の中を 常なきものと 今ぞ知る 奈良の都の
うつろふ見れば          
                 詠み人知らず
 
(よのなかを つねなきものと いまぞしる ならの
 みやこの うつろうみれば)

意味・・世の中が無常なものだということを、私は今
    こそはっきりと思い知った。あの栄えた奈良
    の都が日ごとにさびれてゆくのをまのあたり
    にして。

    遷都により奈良の都が荒廃したことを嘆いた
    歌です。

 注・・常なき=無常。全ての物が消滅変転してとど
     まらないこと。
    奈良の都=710年より784年の長岡京の遷都
     まで続いた。その後荒廃した。
    うつろふ=移ろふ。時とともに物事が変化す
     ることだが、衰退の方向に変化する場合を
     いう。
 
出典・・ 万葉集・1045 。


***************** 名歌鑑賞 *****************


また見むと 思ひし時の 秋だにも 今宵の月に
ねられやはする
                 道元
 
(またみんと おもいしときの あきだにも こよい
 のつきに ねられやはする)

詞書・・建長五年中秋。

意味・・中秋の夜は、生憎の天候で月を見る事が出来
    なかった年でさえ、月を思って眠られなかっ
    たものである。まして八月十五夜の今夜、そ
    の満月を見る事が出来るので、今宵は月を眺
    め明かしたいと思う。月と心を合わせる事な
    く眠りにつく事が出来るであろうか、眠れる
    はずがない。

    道元が亡くなる二週間前の八月十五夜の京都
    の草庵で詠んだ辞世の歌です。

    「寝なくとも今宵の月を眺め明かしたい」と
    言う気持ちは何んでしょうか。

    今夜の月の光明はなんと清涼でよく世間の闇
    を照らしていることだ。
    病気や失業、借金で苦しみ、仕事の問題、家
    庭の問題、いじめなどで思い悩み苦しんでい
    る人達。相談相手もいなく、希望を無くし、
    今にも自殺をしたいと思っている人々。
    この真っ暗闇で悩んで生きている人々に希望
    の光として、今宵の月は照らしている。
    なんと素晴らしい月夜ではないか。今宵は月
    を眺め明かしたい。

    希望の光として照らされても、病気が治る事
    も無いし、借金が減ったりする事も無い。子
    供の非行問題が解決される訳でも無い。
    でも、誰かと相談する勇気を与える事は出来
    る。思い悩む心を変えさせて気を楽にさせる
    事は出来る。こういう手助けなら出来ない事
    はない。先ず暗闇を見つけ、そして照らす事
    だ。今宵の月は暗闇を無くそうとして照って
    いる。寝ずして月夜を明かそう。

 注・・建長5年中秋=1253年8月15日(陰暦)。道元
     は建長5年8月28日(陰暦)に死去している。
    やは=反語の意を表す。・・だろうか、いや
     ・・ではない。

作者・・道元=どうげん。1200~1253。曹洞宗の開祖。

出典・・建撕記・けんぜいき(松本章男著「道元の和歌」)


**************** 名歌鑑賞 ***************


大比叡の 峰に夕いる 白雲の さびしき秋に
なりにけるかな
               八田知紀
 
(おおひえの みねにゆういる しらくもの さびしき
 あきに なりにけるかな)

意味・・比叡の峰に夕暮れ時にかかっている白雲が寂
    しく感じられる秋に、もうなったものだなあ。

    夏雲が秋雲と変わった様子を見て、秋のおと
    ずれを感じ、また、冬が近づく事を寂しく思
    って詠んでいます。

 注・・大比叡=比叡山。滋賀県大津市と京都市にま
     たがる848mの山。延暦寺の根本中堂が有名。

作者・・八田知紀=はったとものり。1799~1873。
    幕末の鹿児島藩士。香川景樹に師事。
 
出典・・家集「しのぶ草」。

**************** 名歌鑑賞 ****************


思ひやれ 真木のとぼそ おしあけて 独り眺むる
秋の夕暮れ        
                  後鳥羽院
              
(おもいやれ まきのとぼそ おしあけて ひとり
 ながむる あきのゆうぐれ)

意味・・想像して欲しい。真木の戸を押し開けて、
    独り物思いにふけりながら眺める秋の夕暮
    のわびしさを。

    承久の乱(1221年)によって隠岐(おき)に配
    流された無念の気持を詠んでいます。

 注・・真木のとぼそ=杉やヒノキなどで作った戸。

作者・・後鳥羽院=ごとばいん。1180~1239。82
    代天皇。承久の乱で鎌倉幕府に破れ隠岐に配
    流された。

出典・・遠島御百首(岩波書店「中世和歌集・鎌倉篇」)


**************** 名歌鑑賞 *****************


この世をば わが世とぞ思ふ 望月の かけたることも
なしと思へば
                  藤原道長
            
(このよをば わがよとぞおもふ もちづきの かけたる
 ことも なしとおもへば)

意味・・この世の中は自分のためにあると思う。  
    今宵の満月が欠けているところが無いように、
    自分も不満が全く無いことを思うと。

    栄華を極めたわが思いを満月にたとえた王者
    の風格を詠んだ歌です。
    
 注・・望月=満月。

作者・・藤原道長=ふじわらのみちなが。966~1027。
    摂政太政大臣。藤原氏の最盛期を築く。
 
出典・・小右記(しょうゆうき) (笠間書院「和歌の解釈
    と鑑賞辞典」)


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鳴き弱る 籬の虫も 止めがたき 秋の別れや 
かなしかるらむ
                紫式部

(なきよわる まがきのむしも とめがたき あきの
 わかれや かなしかるらん)
 
詞書・・その人、遠きところへ行くなり。秋の果つる
    日来たるあかつき、虫の声あはれなり。

意味・・垣根のキリギリスの鳴き声が弱まっている。
    それにつけても秋の別れを止めることは出来
    ないものだなあ。

    秋の虫の鳴き声が弱まって、秋も終わろうと
    している寂しさを詠んでいます。
    なお、題意により、仲の良い友が遠くに嫁ぎ、
    別れの寂しさも重ねています。

 注・・籬(まがき)=竹や柴で粗く編んだ垣根。
 
作者・・紫式部=むらさきしきぶ。970~1016。
 
出典・・家集「紫式部集」。
 
 


*************** 名歌鑑賞 *****************


 菊の香やならには古き仏達   
                    芭蕉

(きくのかや ならにはふるき ほとけたち)

意味・・昨日から古都奈良に来て、古い仏像を拝んで
    まわった。おりしも今日は重陽(ちょうよう)
    で、菊の節句日である。家々には菊が飾られ
    町は菊の香りに満ちている。奥床しい古都の
    奈良よ。慕(した)わしい古い仏達よ。

    重陽の日(菊の節句・陰暦9月9日)に奈良で詠
    んだ句です。菊の香と奈良の古仏の優雅さと
    上品さを詠んでいます。

作者・・松尾芭蕉=1644~1694。「奥の細道」、
   「笈(おい)の小文」など。
 
出典・・小学館「日本古典文学全集・松尾芭蕉集」。



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あしびきの 山田の案山子 汝さへも 穂拾ふ鳥を
守るてふものを
                  良寛

(あしびきの やまだのかかし なれさえも ほひろう
 とりを もるちょうものを)

意味・・狭い山間(やまあい)の田の案山子よ、お前までも穂を
    ついばむ鳥から稲を守るというのに、私は人々の役に
    立つ事が出来ないで情けないことだなあ。

    会社勤めも人々の役に立っています。

 注・・あしびき=山の枕詞。
    てふ=という。

作者・・良寛=りょうかん。1758~1831。

出典・・谷川敏朗著「良寛全歌集」。


**************** 名歌鑑賞 ****************


いかなれば 秋は光の まさるらむ 同じ三笠の 
山の端の月
                 永縁

(いかなれば あきはひかりの まさるらん おなじ
 みかさの やまのはのつき)

意味・・どういうわけで秋は月の光がまさるのだろうか。
    同じように見る三笠の山の端の月は。

    人は調子の良い時も悪い時もあるが、調子が悪
    い時でも沈まず、焼けにならず、頑張っていれ
    ば必ず報われ良くなるということを暗示してい
    ます。

 注・・三笠の山=奈良市にあり月の名所。「三」に
      「見る」を掛ける。
    山の端=山の上部の、空に接する部分。

作者・・永縁=えいえん。1048~1125。権僧正。

出典・・金葉和歌集・202。


**************** 名歌鑑賞 ****************


れれが身に故郷ふたつ秋の暮れ
                   吉分大魯
                  
(われがみに ふるさとふたつ あきのくれ)

前書・・国を辞して九年の春、都を出て一とせの秋。

意味・・故郷徳島を離れてすでに九年にもなり、その
    なつかしさは当然のことであるが、住み慣れ
    た京都を出て一年たった今となってみると、
    その京都へのなつかしさもひとしおのもので、
    秋の暮にしみじみと感慨にふけり、感じやすく
    なっている自分の心には、二つながらともに
    なつかしい故郷である。

 注・・秋の暮=秋の終わり、秋の夕べ。ここでは秋
     の夕べの意。

作者・・吉分大魯=よしわけたいろ。1730~1778。
    阿波国(徳島県)の藩士。俳諧を好み職を辞し
    て京都に上り蕪村に学ぶ。句集に「蘆陰(ろ
    いん)句選」
 
出典・・蘆陰句選(小学館「近世俳句俳文集」)

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