名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2015年12月


***************** 名歌鑑賞 ******************


知りぬらむ 行き来にならす 塩津山 世にふる道は
からきものとは       
                  紫式部

(しりぬらん ゆききにならす しおつやま よにふるみちは
 からきものとは)

意味・・塩津山を行く人足よ、そなた達も人生の道はこの峠の
    ように険しいと知っているだろうに。
    
    紫式部の一行の旅の荷物を人足に持たせ、難所の塩津
    峠を越える時、人足たちが愚痴っているのを聞いて詠
    んだ歌です。

 注・・行き来にならす=よく行き来している。
    塩津山=滋賀県塩津の山、福井との県境の山。
    世にふる道=「ふる」は「古る(年月がたつの意)」、
     世を過ごす道、人生の道。
    からき=(塩が)辛い、険しい、厳しい。

作者・・紫式部=生没年未詳。1012年頃一条天皇の中宮・章子
    に仕えた。源氏物語が有名。

出典・・歌集「紫式部集」(ライザ・ダルビー著「紫式部物語」) 


***************** 名歌鑑賞 ***************


つらからば われも心の 変はれかし など憂き人の 
恋しかるらむ        
                  詠み人知らず

(つらからば われもこころの かわれかし などうき
 ひとの こいしかるらん)

意味・・こんなにつらいのなら、自分の心も変わって
    しまえばいいのに。どうして自分につらい思
    いをさせる、あの心変わりをした人が今なお
    こんなに恋しいのだろう。
     
      「人のつらくは 我も心の変われかし 憎むに
         愛(いと)ほしいは あんはちや」(閑吟集)
         が本歌です。

         (向うが冷たくなったのだし、自分も心変わりを
    してやりたいのに、ああ、嫌われていながらあ
    の人が愛しいなんで、くやしいなあ)

 注・・あんはちや=あん恥や、恥辱だ。
 
出典・・義経記・巻七。
  


************** 名歌鑑賞 **************


敵というもの今は無し秋の月  
                高浜虚子

(てきという ものいまはなし あきのつき)

意味・・憎しみの対象として、また恐怖の根元として、
    今までは敵というものがあった。その「敵」
    というものが、今は全くなくなってしまい、
    清澄な秋の月が光を放って空にあるだけだ。

    昭和20年8月25日の朝日新聞に載った句です。
    日本民族がかって経験したことのない、前面
    的な敗戦によって一億国民は虚脱状態に陥っ
    ていた。この句には、当時の日本人に共通し
    た、一種のむなしさが裏打ちされている。
    しかし、「敵というもの」といったところに、
    人間の繰り返してきた戦争というものの愚か
    さが指摘された句です。

作者・・高浜虚子=たかはまきょし。1874~1959。
    正岡子規と交際。「ほとどぎす」を通じて、
    飯田蛇笏・前田普羅・渡辺水把らを輩出さ
    せた。

出典・・句集「六百首」(笠間書院「俳句の解釈と鑑
    賞事典」)


******************* 名歌鑑賞 *****************


わたの原 八十島かけて 漕ぎ出でぬと 人には告げよ 
海人の釣舟
                   小野篁
             
(わたのはら やそじまかけて こぎいでぬと ひとにはつげよ
 あまのつりぶね)

意味・・たくさんの島々を目当てとして、私は大海原に漕ぎ
    出していったと、家人にきっと伝えてくれ。
    その辺の舟で釣り糸をたれている漁師たちよ。

    島根の隠岐(おき)島に流罪になり、舟に乗って出発
    する時に都に残された人々に贈った歌です。
    「海人の釣舟」にしかすがりつくものがない、孤独
    と絶望が表現されています。

 注・・わたの原=広い海のこと。
    八十島=「八十(やそ)」は数の多いことを表わす。
     摂津の国の難波(大阪市)から瀬戸内海の船旅になり
     島々を通り抜けるので、八十島といっている。
    海人(あま)=漁業に従事する人。漁夫。

作者・・小野篁=おののたかむら。802~852。当時の第一
    級の学者で漢詩文に優れる。嵯峨上皇に遣唐使を命
    じられ、断ったために隠岐の島に流された。
 
出典・・古今和歌集・407、百人一首・11。 


***************** 名歌鑑賞 ****************


津の国の 難波のあしの 枯れぬれば こと浦よりも
寂しかりけり       
                  加茂真淵

(つのくにの なにわのあしの かれぬれば ことうら
 よりも さびしかりけり)

意味・・津の国の難波の芦、すなわち名所の名物が
    枯れたので、他の何でもない浦よりも寂し
    いことである。

    名所の名物が失せた跡は、他の名もない所
    より却って寂しい、と言っています。
    これは難波の芦だけではなく、広く人の世
    にも言えることです。人の死後そのために
    起こされる寂莫感が、やがてその人の価値
    だという事を思わされます。

 注・・津の国の=難波に掛かる枕詞。摂津の国。
     今の大阪。
    難波のあし=摂津の難波の芦は上代より名
     所であり、その浦の芦はそこを特色づけ
     る名物であった。
    こと浦=異浦。他の浦。

作者・・加茂真淵=かものまぶち1697~1769。
    万葉集などの古学の国文学者。本居宣長
    など門人を多数育成。
 
出典・・河出書房新社「蕪村・良寛・一茶」。


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紅葉ばの 過ぎにし子らが こと思へば 欲りするものは
世の中になし             
                   良寛

(もみじばの すぎしこらが こともえば ほりする
 ものは よのなかになし)

意味・・亡くなってしまった愛(いと)しい子供のことを
    思うと、その悲しみのために、欲しいと思うも
    のはこの世の中に何ひとつとして、ないことだ。

    本歌は、
    「紅葉ばの過ぎにし子らとたづさわり遊びし磯を
     見れば悲しも」です。  (万葉集・1796) 

    (死んでしまった子供と、手を取り合って遊んだ
     磯を見ると悲しいことだ。)

 注・・紅葉ば=「過ぎ」の枕詞。
    過ぎ=時がたつ、終わる、死ぬ。
 
作者・・良寛=1758~1831。
 
出典・・谷川敏朗著「良寛全歌集」。


*************** 名歌鑑賞 ****************


白波の 浜松が枝の 手向けぐさ 幾代までにか
年の経ぬらむ    
                川島皇子

(しらなみの はままつがえの たむけぐさ いくよ
 までにか としのへぬらん)

意味・・白波の寄せる浜辺の松の枝に結ばれた
    この手向けのものは、結ばれてからも
    うどのくらい年月がたったのだろう。

    自分達と同じくここで旅の安全を祈っ
    た昔の人の手向けぐさを見て、その古
    人に年月を越えて共感した心を詠んだ
    歌です。

    参考歌です。

   「岩代の浜松が枝を引き結びま幸くあらば
    また帰り見む」   (意味は下記参照)

 注・・手向けぐさ=「手向け」は旅の無事を
     祈って神に幣を捧げること。「くさ」
     はその料、布、木綿、紙など。

作者・・川島皇子=かわしまのみこ。656~691。
    天智天皇の第二皇子。

出典・・新古今和歌集・1586。

参考歌です。

盤代の 浜松が枝を 引き結び 真幸くあらば 
また還り見む        
               有間皇子

(いわしろの はままつがえを ひきむすび まさきく
 あらば またかえりみむ)
 
意味・・盤代の浜松の枝を結んで「幸い」を祈って行
    くが、もし無事であった時には、再びこれを
    見よう。

    有間の皇子は反逆の罪で捕えられ、紀伊の地
    に連行され尋問のうえ処刑された。
    松の枝を引き結ぶのは、旅路などの無事を祈
    るまじないです。

注・・盤代=和歌山県日高郡岩代の海岸の地名。
   真幸(まさき)く=無事であったなら。

作者・・有間皇子=ありまのみこ。658年謀略にかか
    って反乱を企てたため捕えられて殺された。

出典・・万葉集・141。 


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夕されば 潮風越して 陸奥の 野田の玉川
千鳥鳴くなり
               能因法師
           
(ゆうされば しおかぜこして みちのくの のだの
 たまがわ ちどりなくなり)

意味・・夕方になると、海の潮風が吹いてきて、陸奥の
    野田の玉川に、千鳥の鳴く声が哀調を帯びて聞
    えてくる。
  
    陸奥に旅をした時に詠んだ歌で、都から遠く離
    れた旅路の寂しさを詠んでいます。

 注・・夕されば=夕方になると。
    潮風越して=海の潮風が吹いてきて。
    陸奥(みちのく)=岩手県・宮城県の地域。
    野田の玉川=岩手県九戸郡野田村玉川。岩石が
     多く、断崖もそそり立ち、北は三崎の岬、南
     は黒崎の岬があって絶景の地。
    千鳥=すずめより少し大きな水辺の鳥。哀調を
     おびた鳴き方をする。

作者・・能因法師=のういんほうし。988~?。中古三
    十六歌仙の一人。
 
出典・・新古今和歌集・643。


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山高み 白木綿花に 落ちたぎつ 滝の河内は
見れど飽かぬかも    
                笠金村

(やまたかみ しらゆうばなに おちたぎつ たきの
 こうちは みれどあかぬかも)

意味・・山が高いので、白い木綿(ゆう)で作った花
    のように、激した水がドーッと落ちている
    この滝の河内の絶景は見ても見ても見飽き
    る事がない。
    なんとまあ美しいことだろう。

    養老七年(723)に吉野離宮で詠んだ歌です。
    白波を白木綿(しらゆう)に見立てて離宮の
    滝を讃(たた)えています。

 注・・白木綿(しらゆう)=斎串(いくし)としての
     榊(さかき)の枝などにつけた白い木綿。
     木綿は楮(こうぞ)の皮で作った。
    たぎつ=激つ。水が激しく流れる。
    河内=川を中心とした小生活圏。
    離宮=奈良県吉野の宮滝付近にあった離宮。

作者・・笠金村=かさのかなむら。生没年未詳。宮
    廷歌人。
 
出典・・万葉集・909。


***************** 名歌鑑賞 **************


人いゆき日 ゆき月ゆく 門庭の 山茶花の花も
ちりつくしたり
                佐々木信綱
 
(ひといゆきひ ゆきつきゆく かどにわの さざんかの
 はなも ちりつくしたり)
 
意味・・亡き人を偲(しの)んでいるうちに、いつしか
    月日も過ぎ去ってしまった。そして、今わが
    心の慰めであった庭の山茶花の花もすっかり
    散ってしまったことだ。
 
    半世紀を共に過ごした妻を偲んでの歌です。
    門庭の山茶花も散り、老境の寂寥感の中で、
    一切が無に帰しても悲哀に堪えて再起しよう
    という作者の気持ちです。
 
作者・・佐々木信綱=ささきのぶつな。1872~1963。
    東大古典科卒。国文学者。
 
出典・・歌集「山と水と」(笠間書院「和歌の解釈と
    鑑賞事典」)

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