名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2016年01月


**************** 名歌鑑賞 *****************


岩室の 田中の松を 今朝見れば 時雨の雨に
濡れつつ立てり
                良寛
 
(いわむろの たなかのまつを けさみれば しぐれの
 あめに ぬれつたてり)
 
意味・・岩室の田の中に立っている松を今朝見ると、
    時雨の冷たい雨に、濡れながら立っている。
 
    人の困った姿だけでなく、動物や植物に対し
    てでも、愛情の目を向けています。
    そして、次の歌を詠んでいます。
 
    ひとつ松 人にありせば 笠貸さましを 
    蓑着せましを 一つ松あはれ
 
    (一本の松よ、人であったならば、笠を貸して
    やっただろうに、蓑を着せてやっただろうに。
    一本の松の愛(いと)しいことよ。)
 
  注・・岩室=新潟県岩室村。温泉地。
 
作者・・良寛=1758~1831。22才の時岡山の円通寺
    住職国仙和尚に師事。
 
出典・・谷川敏朗著「良寛全歌集」。


**************** 名歌鑑賞 ****************


命にも まさりて惜しく あるものは 見果てぬ夢の
覚むるなりけり     
                  壬生忠岑

(いのちにも まさりておしく あるものは みはてぬ
 ゆめの さむるなりけり)

意味・・命は惜しいものであるが、それにもまして
    惜しいのは、思う人との楽しい逢瀬の夢を
    おしまいまで見ないうちに、それが覚めて
    しまうことであった。

    詞書に「昔、ものなど言ひ侍りし女の亡く
    なりしが、夢に暁がたに見えて侍りしを、
    え見はてで覚め侍りにしかば」とあります。

    愛人の夢は惜しいが、ことに今は亡き昔の
    愛人で、その思いも強かったことでしょう。

作者・・壬生忠岑=みぶのただみね。生没年未詳。
    従五位下。古今集撰者の一人。

出典・・古今和歌集・609。


**************** 名歌鑑賞 *****************


此木戸や 錠のさされて 冬の月
                    宝井其角
                 
(このきどや じょうのさされて ふゆのつき)

意味・・夜も更けてほとんど人通りの絶えた刻限である。
    大木戸の門はすでに閉ざされており、空には寒々
    とした冬の月が冴えわたっている。

        門限に間に合わなかった、遠回りして別の道を通
    り帰らねばならないのか。この寒い夜に。残念!

 注・・木戸=城戸・城門で、城や柵に設けた門である
     が、ここでは江戸時代市街地の通路に警備の
     ために設けた門。夜十時以降はこれを閉ざし
     て一般の通行を禁じた。

作者・・宝井其角=たからいきかく。1661~1707。母
    の性、榎本と称していたがのちに宝井と改めた。
    医術・儒学を学ぶ。15歳頃芭蕉に入門。
 
出典・・猿蓑。


**************** 名歌鑑賞 ****************


忘れじの 行く末までは かたければ 今日を限りの
命ともがな 
                  儀同三司母
            
(わすれじの ゆくすえまでは かたければ きょうを
 かぎりの いのちもがな)

意味・・いつまでも忘れまいとあなたはおっしゃって
    下さいますが、そのように遠い将来のことは
    頼みがたいことですから、そうおっしゃって
    くださる今日を限りの命であってほしいもの
    です。

    当時の上流貴族たちは一夫多妻であり、結婚
    当初は男が女の家に通っていた。男が通って
    来なくなれば自然に離婚となっていた。いつ
    しか忘れ去られるという不安のなかで、今日
    という日を最良の幸福と思う気持を詠んでい
    ます。

 注・・忘れじの=いつまでも忘れまいと。
    行く末=将来。
    かたければ=難ければ。難しいので。
    命ともがな=命であってほしい。「もがな」
     は願望の助詞。

作者・・儀同三司母=ぎどうさんしのはは。998年没。
    高階成忠の娘。藤原道隆の妻。「儀同三司」
    は「太政大臣・左大臣・右大臣」と同じ意味。
 
出典・・新古今集・1149、百人一首・54。
 


**************** 名歌鑑賞 ****************


もののふの 八十宇治川の 網代木に いさよふ波の
ゆくへ知らずも   
                  柿本人麻呂

(もののうの やそうじがわの あじろぎに いさよう
 なみの ゆくえしらずも)

詞書・・近江の荒れた都を過ぎる時に詠んだ歌。

意味・・宇治川の網代木にしばしとどこおるかに
    見える波、この波は一体どこへ流れ去っ
    てしまうのであろう。

    波の行方に人の世の無常感(物事は生滅変
    転すること)を詠んだ歌です。戦火で荒廃
    した都の行方はどうなるのだろうかの意。

 注・・近江の荒れた都=天智天皇の近江の大津の
     宮の廃墟。壬申(じんしん)の乱(672年)
     の戦火で焼かれ廃墟になった。
    もののふの八十=「宇治」を起す序。「八十
     氏」の枕詞。「もののふは」文武百官。
     多くの氏族に分かれている意。
    網代木=魚を取る網代を設ける場所に並べ打
     った棒杭。
    いさよふ=移動しかねて同じ所にただよう。

作者・・柿本人麻呂=七世紀後半から八世紀初頭の人。
      万葉時代の最大の歌人。
 
出典・・万葉集・264、新古今和歌集・1650。

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