名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2016年02月


*************** 名歌鑑賞 ***************

 
大海の 磯もとどろに 寄する波 割れて砕けて
さけて散るかも
                源実朝

(おおうみの いそもとどろに よするなみ われて
 くだけて さけてちるかも)

意味・・大海の磯も轟き響けとばかり激しく打ち寄せる
    波は、割れて、砕けて、裂けて、しぶきをあげ
    て飛び散っているよ。

    力強い歌で、躍動したくなります。

 注・・とどろに=轟き響く様を表わす擬音語、どっど
    っと。
 
作者・・源実朝=みなもとのさねとも。1192~1219。
    28才。12才で三代将軍になる。鶴岡八幡宮で甥
    の公卿に暗殺された。
 
出典・・金槐和歌集。

***************** 名歌鑑賞 ***************

 
うかうかと 浮き世を渡る 身にしあれば よしやいふとも
人は浮きよめ            
                    良寛

(うかうかと うきよをわたる みにしあれば よしや
 いうとも ひとはうきよめ)

意味・・大事な事をするわけでなくぼんやりとこの
    世を過ごす同じ身であってみれば、たとえ
    良くないと人が批判する遊女であっても、
    同じ世を過ごす人間なのだよ。

    良寛が遊女とおはじきをしたり、手毬を
    ついて遊んでいるといううわさに、弟が
    それとなく批判したので答えた歌です。

 注・・うかうか=心のおちつかない様子。注意の
     たりない様子。
    よしや=ままよ、たとえ。不満足ではあるが
     仕方がないと許容する意味。
    浮きよめ=浮き世女。渡世人。

作者・・良寛=1758~1831。

出典・・良寛全歌集。


**************** 名歌鑑賞 *************** 


古の しづのおだまき 繰りかへし 昔を今に 
なすよしもがな
                 在原業平
              
(いにしえの しずのおだまき くりかえし むかしを
 いまに なすよしもがな)

意味・・昔の倭文織(しずおり)の糸を巻くおだまきを
    繰(く)るように、再び繰り返して、昔の二人の
    仲を今に繰り返す方法はないものかなあ。
    
 注・・しづ=倭文。古代の織物の一種。
    おだまき=苧環。しづを織る糸を中空にして丸く
     巻く機物。
    よし=方法、手段。
 
作者・・在原業平=ありわらのなりひら。825~880。
    蔵人頭。六歌仙の一人。
 
出典・・ 伊勢物語・32段。


**************** 名歌鑑賞 *************** 


年を経て 世の憂きことの まさるかな 昔はかくも
思はざりしを
                   藤原良基
               
(としをへて よのうきことの まさるかな むかしは
 かくも おもわざりしを)

意味・・年を経るにつけて世の中のつらいことがまさる
    ことだ。昔はこうも思わなかったのだが。

    青年期と壮年期とを比較して力の弱ったこと、
    自分の思い通りにならなくなった辛い気持ちを
    詠んでいます。

 注・・憂き=つらいこと、せつないこと。

作者・・藤原良基=ふじわらのよしもと。1320~1388。
    南朝と北朝の対立の時後醍醐天皇の信任を受け
    北朝の摂関職になる。

出典・・歌集「詠百歌」(岩波書店「中世和歌集・室町篇」)


**************** 名歌鑑賞 ***************

 
酒杯に 梅の花浮かべ 思ふどち 飲みての後は
散りぬともよし
                大伴坂上郎女
            
(さかずきに うめのはなうかべ おもうどち のみての
 のちは ちりぬともよし)

意味・・盃に梅の花を浮かべて、親しい仲間同士で飲み
    合った後ならば、梅の花は散ってもかまわない。

    飲んで思い切り楽しみましょう、という宴席で
    の挨拶歌です。

作者・・大伴坂上郎女=おおとものさかのうえいらつめ。
    生没年未詳。大伴旅人の異母妹。

出典・・万葉集・1656。
 


*************** 名歌鑑賞 ***************


多摩川の 砂にたんぽぽ 咲くころは われにもおもふ
ひとのあれかし       
                  若山牧水

(たまがわの すなにたんぽぽ さくころは われに
  おもう ひとのあれかし)

意味・・今はまことに暗くわびしい生活をしているが、
    この多摩川の広い河原の砂にたんぽぽの花が
    美しく咲く陽春の頃には、私にも相愛の恋人
    があって、明るく希望に満ちた日々が来て欲
    しいものだ。

    文筆で身を立てようとしている時で、生活の
    困窮時代であり恋愛苦悩時代に詠んだ歌です。
    明るい未来を告げてくれそうな多摩川の静か
    な流れに気分転換を求めて来たものです。
 
作者・・若山牧水=わかやまぼくすい。1885~1928。
    早稲田大学卒。
 
出典・・歌集「路上」(桜楓社「現代名歌鑑賞辞典」)
 


**************** 名歌鑑賞 ***************

 
難波津に 咲くやこの花 冬ごもり 今は春べと
咲くやこの花
                 王仁
              
(なにわづに さくやこのはな ふゆごもり いまは
 はるべと さくやこのはな)

意味・・難波津に咲き出した梅の花。今こそ自分に
    ふさわしい季節となって咲いているよ。
   
 注・・難波津=摂津国の歌枕。大阪市淀川河口近辺。
    この花=木に咲く花。桜や梅の花。ここでは
     梅の花。
    冬ごもり=「春」の枕詞。

作者・・王仁=わに。生没年未詳。百済から渡来した
            人。漢字や儒教を伝える。

出典・・古今和歌集・仮名序。 



春遠く ああ長崎の 鐘の音    
                    江国滋

(はるとおく ああながさきの かねのおと)

意味・・浦上天主堂の静かで寂しい鐘の音を聴いていると
    悲しくなって来る。まだまだ、冬は厳しく春は遠
    いのだなあ。

    長崎は悲劇を背負った地です。キリシタン弾圧、
    原爆投下。88年12月には木島長崎市長が右翼
    の短銃で撃たれた。この時に詠んだ句です。また、
    07年4月に伊藤長崎市長が右翼暴力団により射
    殺されています。
 
 注・・浦上天主堂=長崎にあるカトリック教会。33年も
    年月をかけて1925年完成。原爆投下により崩壊し
    赤レンガの壁が一部残るだけにとなった。浦上地区
    には当時12000人の信徒がいたが8500人が爆死し
    た。1959年再建された。
 
作者・・江国滋=えぐにしげる。1934~1997。慶応義塾
    大卒。評論家。俳人。


**************** 名歌鑑賞 ***************

 
田子の浦ゆ うち出でて 見れば真白にぞ 富士の高嶺に
雪は降りける                
                    山部赤人
             
(たごのうらゆ うちいでて みればましろにぞ ふじの
 たかねに ゆきはふりける)

意味・・田子の浦を通って眺望のきく所へ出て見ると、
    真っ白に富士の高い峰に雪が降り積っている
    ことだ。

    作者の位置を明らかにしつつ、富士の景観を
    嘆美したものです。簡潔でよく形も整い、声
    調も張り満ちた歌になっています。

    「新古今集・675、百人一首・4」では、
    「田子の浦に うち出でてみれば 白妙の 富士の
    高嶺に 雪は降りつつ」
    と収められています。

 注・・田子の浦=駿河国(するが・静岡県)の海岸。
    白妙(しろたえ)=こうぞの木の繊維で織った布
     のように真っ白い状態をいう。富士の枕詞。
 
作者・・山部赤人=やまべのあかひと。生没年未詳。
    奈良時代の初期から中期の宮廷歌人。
 
出典・・万葉集・318。


***************** 名歌鑑賞 *****************

 
我が妻も 絵に描き取らむ 暇もが 旅行く我は
見つつ偲ばむ
                 物部古麻呂
          
(わがつまも えにかきとらん いつまもが たびゆく
 あれは みつつしのばん)

意味・・我が妻をせめて絵に描きうつす暇があったらなあ。
    はるばると辺土の防備にゆく自分は、その似顔絵
    を見ながら思い出したいのだ。

    天平勝宝(755年頃)の時に坂東諸国(関東地方)から
    筑紫(九州福岡)に行く防人の歌で、妻を残して慌
    (あわただ)しく旅立たねばならぬ嘆きです。

 注・・暇(いつま)=暇(いとま)の訛り。

作者・・物部古麻呂=もののべのふるまろ。生没年未詳。
    防人。
 
出典・・万葉集・4327。

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