名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2016年04月


**************** 名歌鑑賞 ****************

 
堀江漕ぐ 棚無し小舟 漕ぎかへり おなじ人にや 
恋ひわたりなむ          
                 詠み人知らず

(ほりえこぐ たななしおぶね こぎかえり おなじ
 ひとにや こいわたりなん)

意味・・小さな棚無し舟は堀江を行ったり来たりしている。
    私は私で何度も同じ人とよりを戻そうとしている。

    姑のいじめ、夫の浮気、暴力ざた・・などで夫婦が
    一度は別居したものの、離れてお互いが冷静になる
    と、どちらからともなく折れてまたよりを戻すとい
    うような場面。
    
 注・・堀江=人工的に掘った川。
    棚無し小舟=舷側につける板の無い小舟。
    わたりなむ=ある期間ずっと・・を続ける。

出典・・古今和歌集・732。 
 


**************** 名歌鑑賞 *************** 

桃の花 君に似るとは いひかねて ただうつくしと
愛でてやみしか 
                 金子薫園
             
(もものはな きみににるとは いいかねて ただ
 うつくしと めでてやみしか)

意味・・桃の花を、君のようだとは言えなくて(恥ずか
    しくて)、ただ綺麗だなあと賞(ほ)めるだけで
    終わってしまった。

    桃の花といえば桃の節句を、そして万葉集の
    「春の苑くれない匂ふ桃の花下照る道に出で
    立つ乙女」を連想し、若い女性をたとえるの
    に相応(ふさ)しい花です。
    (歌の意味は下記参照)

 注・・うつくし=かわいい、いとしい、きれいだ。
    愛づ=心ひかれる、褒める、愛する。

作者・・金子薫園=かねこくんえん。1876~1951。
 
出典・・歌集「片われ月」。

参考歌です。
春の苑 紅にほふ 桃の花 下照る道に
出で立つ少女
             大伴家持
        
(はるのその くれないにおう もものはな したてる
 みちに いでたつおとめ)

意味・・春の庭園に紅の色が美しく映える桃の花、その
    木の下までも照り輝いている道に出て立って
    いる娘さんよ、ともに美しいなあ。

 注・・苑=庭園。
 
作者・・大伴家持= おおとものやかもち。718~785。
    少納言。万葉集の編纂をした。
 
出典・・万葉集・4139 。


**************** 名歌鑑賞 ****************

 
滑川 ふかき心を たづぬれば やがてわが身の
宝なりけり
               熊谷直好

(なめりがわ ふかきこころを たずぬれば やがて
 わがみの たからなりけり)

意味・・滑川が静かに流れているが、この滑川の言い伝えを
    聞いてみると、人の鑑(かがみ)となる教えがあり、
    このことは私の宝に相当するものだ。

    鎌倉を流れている滑川には青砥(あおと)藤綱の逸話
    があります。藤綱は鎌倉の武士で、訴訟などの審理
    に厳正で温かく、権力を笠に着る連中を決して許さ
    なかった人です。ある時、夜中に出仕する途中で誤
    って10文の銭を滑川に落します。藤綱はその時、
    50文の松明を買って来させて、自ら寒い川に降り
    て水底を照らし、銭10文を探し出します。この話
    を聞いた人々は10文のために50文も払うとは、
    と嘲(あざけ)ます。その時、藤綱はこう言ったと伝
    えられています。「たかが10文であっても、川底
    に沈んだままにするのは天下の損失である。しかし、
    50文の支出は、商人の手に渡って天下の役に立つ。
    拾った10文もまた、天下に回ってゆくのだ」と。

 注・・滑川(なめりがわ)=鎌倉の東部を流れる川。
    ふかき心=滑川に伝わる青砥藤綱の逸話。落した1
     0文を50文の松明を買って探したというお話。

作者・・熊谷直好=くまがいなおよし。1782~1862。香川
    影樹に師事。

出典・・尾崎小永子著「鎌倉百人一首を歩く」。
 


**************** 名歌鑑賞 ***************

 
うぐいすの 鳴くになみだの おつるかな またもや春に
あはむとすらん
                    藤原教良母
         
(うぐいすの なくになみだの おつるかな またもや
 はるに あわんとすらん)

詞書・・夫が亡くなった後の春、鶯の鳴くのを聞いて詠む。

意味・・鶯の鳴くのを聞いても涙が落ちることだ。生きて
    再び春に逢おうとしているのだろうか。

    夫を失って、生きてゆけそうもないほどの悲しみ
    の中でも、時は過ぎ春がめぐって来る事の感慨を
    詠んでいます。

 注・・あはむとすらん=春まで生きていられようとは思
    っていなかったのに、との意を含む。

作者・・藤原教良母=ふじわらののりよしのはは。子の教
    良は日向守・従五位上。夫は1141年11月没。
 
出典・・詞花和歌集・358。


**************** 名歌鑑賞 ***************

 
ちかづきて あふぎみれども みほとけの みそなはすとも
あらぬさびしさ
                    会津八一
 
(近づきて 仰うぎ見れども み仏の みそなはすとも
 あらぬ寂しさ)

詞書・・香薬師を拝して。

意味・・近寄って仰ぎ観ても、み仏が自分を認めてご覧
    下さることもないこの寂しさよ。

    古仏像の眼は焦点が合わない感じがするもので、
    香薬師の像も切れ長の瞳もやはりそうである。
    み仏が自分を見つめてくれない寂しさを詠んで
    います。

    「お偉いさん」に相談事をしたいと思っても、
    聞こえない振りをし、知らぬ顔して相手にして
    くれない寂しさと同じ感じです。
    
 注・・香薬師=奈良の新薬師寺堂内に安置する高さ
     70センチ程の金銅製の立像。ふくよかな
     顔つきに腫れぼったく細められた目つきを
     している。目は焦点が合わない感じがする。
    みそなはす=ご覧になる。

作者・・会津八一=あいづやいち。1881~1956。早大
    文科卒。文学士。美術史研究家。
 


**************** 名歌鑑賞 ***************


花の色を うつしとどめよ 鏡山 春よりのちの
影や見ゆると
                坂上是則
             
(はなのいろを うつしとどめよ かがみやま はるより
 のちの かげやみゆると)

意味・・花の色を、その名のように、鏡に映して、移し
    留めておくれ鏡山よ。春の過ぎ去った後も、花
    の影が見えるように。

    鏡に花の色を映して移し留め、後々までも花見
    る清々しさがあって欲しいものだ。

 注・・うつしとどめよ=「移す」に「写す」を掛ける。
    鏡山=滋賀県蒲生郡竜王町鏡にある山。鏡を連
     想させる。

作者・・坂上是則=さかのうえのこれのり。930年没。
    従五位下・加賀介。三十六歌仙の一人。
 
出典・・拾遺和歌集・73。
 


*************** 名歌鑑賞 ***************


み吉野の 高嶺の桜 散りにけり 嵐も白き
春のあけぼの
                後鳥羽院 

(みよしのの たかねのさくら ちりにけり あらしも
 しろき はるのあけぼの)

意味・・吉野山の高嶺の桜はこれですっかり散ってしま
    ったのだ。ほのかに高嶺が浮かび出る春のこの
    夜明け前に、吹き降ろす山風が真っ白に見える
    のであるから。

    京都の最勝四天王院の襖に描かれた吉野の絵を
    題にして詠まれた歌です。

    春の、まだ明けきらないほのかな明かりに、白
    い風がさあっと吹いてゆく。嵐、山風に色は無
    いのだが、白い花びらを巻き込んだ風。こんな
    風が吹き過ぎると、吉野の山の桜もすっかり散
    ってしまったにちがいない、と想像される。

 注・・み吉野=「み」は美称の接頭語。吉野は奈良県
     の吉野で桜の名所。
    嵐も白き=山風も桜の花びらを含んで白く見え
     る。

作者・・後鳥羽院=ごとばいん。1180~1239。1192年に
     源頼朝が鎌倉に幕府を開いた時の天皇。承久
     の乱で倒幕を企てて破れ、隠岐に流された。
 
出典・・新古今和歌集・133。


 
つれづれと あれたる宿を ながむれば 月ばかりこそ
むかしなりけれ         
                   藤原伊周

(つれづれと あれたるやどを ながむれば つきばかりこそ
 むかしなりけれ)

意味・・なにもすることもなく、ぼんやりと荒れた家を
    眺めてみれば、なにもかも昔と変わってしまっ
    ているが、月の光だけは昔のままである。

    大宰権帥(だざいごんそち)に左遷され、一年後
    に許され帰京したが、元住んでいた家が荒れて
    しまっていたのを詠んだ歌です。
    泣くに泣けない気持ちです。

 注・・つれづれ=世間との交わりの無い閑居なさま。

作者・・藤原伊周=ふじわらこれちか。974~1010。
    正二位准大臣。内大臣より太宰権帥に左遷さ
    れた。

出典・・詞花和歌集・308。


*************** 名歌鑑賞 ***************
 
うちはへて 春はさばかり のどけきを 花の心や
なにいそぐらん
                   清原深養父
             
(うちはえて はるはさばかり のどけきを はなの
 こころや なにいそぐらん)

意味・・ずっと引き続いて春はこのようにのんびりして
    いるのに、花の心はどうしてあわただしく散ろ
    うと急ぐのだろうか。

 注・・うちはへて=打ち延へて。引き続いて。

作者・・清原深養父=きよはらのふかやぶ。生没年未詳。
    清少納言の曾祖父。

出典・・後撰和歌集・92。


**************** 名歌鑑賞 *************** 


今日ここに 見にこざりせば 梅の花 ひとりや春の
風にちらまし
                  源経信

(きようここに みにこざりせば うめのはな ひとりや
 はるの かぜにちらまし)

詞書・・朱雀院に人々まかりて、閑庭の梅花といへる事
    を詠める。

意味・・今日、この院に私どもが見に来なかったならば、
    梅の花は誰にも賞美されず、一人さびしく春の
    風で散ってしまったのでしよう。
 
    人から見られるという事は、花ばかりでなく、
    人も励みになるものです。

 注・・朱雀院=平安時代の寝殿造りの宮殿。京都府中
     京区あたりにあった。

作者・・源経信=みなもとのつねのぶ。1016~1097。
    正二位大納言。

出典・・金葉和歌集・19。

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