名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2016年04月


**************** 名歌鑑賞 **************


あせにける 今だにかかる 滝つ瀬の はやくぞ人は
見るべかりける      
                  赤染衛門

(あせにける いまだにかかる たきつせの はやくぞ
 ひとは みるべかりける)

詞書・・大覚寺の滝を見て詠みました歌。

意味・・衰えてしまった今でさえ懸かっている滝を、
    (すっかりなくなってしまわないうちに)早く
    人は見ておいたほうがよいと思いますよ。

    大覚寺の滝が枯れたあと公任が詠んだ歌が
    があります。「滝の音は絶えて久しくなり
    ぬれど名こそ流れてなほ聞こえけれ」
             (意味は下記参照)

 注・・大覚寺の滝=京都市右京区嵯峨に遺跡として
    現存している。
    あせにける=褪せにける、衰えてしまった。
    かかる=「懸かる」と「斯かる」の掛詞。
    滝つ瀬=急流の意。「はやく」の枕詞。

作者・・赤染衛門=あかぞめえもん。生没年未詳。父
    は平兼盛。

出典・・後拾遺和歌・1059。

参考歌です。
滝の音は 絶えて久しく なりぬれど 名こそ流れて
なほ聞こえけれ    
                  藤原公任

(たきのおとは たえてひさしく なりぬれど なこそ
 ながれて なおきこえけれ) 
    
意味・・滝の水の音は聞こえなくなってから長い年月
    がたってしまったけれども、その名声だけは
    流れ伝わって、今でもやはり聞こえてくる
    ことだ。

    詞書によれば京都嵯峨に大勢の人と遊覧した
    折、大覚寺で古い滝を見て詠んだ歌です。

 注・・名こそ流れて=「名」は名声、評判のこと。
     「こそ」は強調する言葉。名声は今日まで
     流れ伝わって、の意。後世この滝を「名古
     曾(なこそ)の滝」と呼ぶようになりました。

作者・・藤原公任=ふじわらきんとう。966~1041。
    漢詩文・和歌・管弦の三才を兼ねたという。

出典・・千載和歌集・1035、百人一首・55。

 


**************** 名歌鑑賞 ****************

 
百千鳥 さえづる空は 変らねど 我が身の春は
改まりつつ
                後鳥羽院
                
(ももちどり さえずるそらは かわらねど わがみの
 はるは あらたまりつつ)

意味・・いろいろな小鳥がさえずる空はなんの変わりも
    ないが、我が身に訪れる春は、今までと大きく
    相違してしまった・・・。

    隠岐に流されて詠んだ歌です。

 注・・改まりつつ=新しく変わっている。

作者・・後鳥羽院=ごとばいん。1180~1239。第82
    代天皇。承久の乱(1221)によって隠岐に流され
    た。「新古今和歌集」の撰集を命じる。

出典・・遠島御百首(岩波書店「中世和歌集・鎌倉篇」) 

 
散ればこそ いとど桜は めでたけれ うき世になにか
久しかるべき
                  詠み人知らず
                  
(ちればこそ いとどさくらは めでたけれ うきよに
 なにか ひさしかるべき)

意味・・散るからこそいっそう桜は素晴らしいのだ、
    このつらい世にいったい何が長く変わらず
    にあることが出来ようか。
 
    辛く思っている時も一時。世の中に何が久
    しくあろうか。嘆くこともないのだ。
    
    伊勢物語の82段にある歌で、桜の木の下で
    酒宴の時、桜の散るのを嘆いた次の歌に対
    して詠んだ歌です。

   「世の中に絶えて桜のなかりせば春の心は
    のどけからまし」  (在原業平)

   (世の中に桜というものが全くなかったと
    したら、咲くのを待ち散るのを惜しんで
    心を動かすこともなく、どんなにか春の
    人の心はのんびりすることであろう)
 
出典・・伊勢物語・82段。


****************** 名歌鑑賞 *****************

 
風さそふ 花よりもなお 我はまた 春の名残を
いかにとやせむ
                   浅野内匠頭長矩
             
(かぜさそう はなよりもなお われはまた はるの
 なごりを いかにとやせん)

意味・・風に乗って最後の華やぎを舞うことが出来る桜よりも、
    同じ春に散る我が身の方が、なお一層、今生への想い
    が残っている。この想いをどうしたらいいのだろうか。
    
    風に吹かれて散る花よりも、急いで(天寿を全うする事
    なく)生涯を終えようとしている私は、この心残りをど
    うしたら良いのだろうか。

    桜の花が散っているこの庭から、遠く山の向こうの
    赤穂を想うと、わが世の春を楽しむ庶民の生活があ
    るだろう。私は、この春が終わった後はどうなるの
    かと心残りがする。

    浅野内匠頭が切腹する時に詠んだ辞世の歌です。
    赤穂では家中・家族・領民一同は今日一日が穏やか
    に暮れたように、明日も穏やかで平和の日々がある
    事を信じて、今日の終わりを迎えているだろう。
    家族や親しい者たちとの楽しい団欒やささやかな幸
    せ、それを自分の一瞬の激発が奪ってしまったのだ。
    
作者・・浅野内匠長矩=あさのたくみのかみながのり。1667
    ~1701。赤穂藩の藩主。忠臣蔵の発端になった人。

出典・・松崎哲久著「名歌で読む日本の歴史」。


***************** 名歌鑑賞 ****************

 
はつせ山 入相の鐘を きくたびに 昔の遠く 
なるぞ悲しき    
                  藤原有家

(はつせやま いりあいのかねを きくたびに むかしの
 とおく なるぞかなしき)

意味・・初瀬山に響く夕暮れ時の鐘の音を聞くたびに、昔が
    遠ざかっていくように思われるのが悲しいことだ。
    
    詞書によると、有家の父が亡くなった後、「懐旧」
    という心を詠んだものです。
    「去るものは日々に疎(うと)し」(死んだ者は日が
    たつにつれて人々から忘れられていくという意味)
    というように、長谷寺の夕暮れを告げる鐘が鳴るの
    を聞くたびに、亡き父をいたむ気持が遠くに去って
    いくように感じられ、そのことが悲しいとことだと
    詠んだ歌です。

  注・・はつせ山=奈良県桜井市初瀬町にある山、長谷寺があ
    る。
   入相(いりあい)の鐘=日没を告げる長谷寺の鐘。 
   なる=「遠くなる」と「鐘が鳴る」を掛けている。
 
作者・・藤原有家=ふじわらありいえ。1155~1216。25才
    の時に父を亡くす。新古今和歌集の撰者の一人。
 
出典・・千載和歌集・708。 


**************** 名歌鑑賞 ************** 


咲けばちる 咲かねば恋し 山桜 思ひ絶えせぬ
花のうへかな
                中務 

(さけばちる さかねばこいし やまざくら おもい
 たえせぬ はなのうえかな)

詞書・・子にまかりおくれて侍りけるころ、東山に
    こもりて。

意味・・花が咲けば散ってしまうかと心配し、咲か
    なければまたひたすらに恋しく思われます。
    亡くなった私の子供と同じように、花にも
    物思いが絶えません。
 
    這えば立て、立てば歩めの親心と言われる
    ように育てた我が子を偲んで詠んでいます。

作者・・中務=なかつかさ。本名・生没年未詳。父が
     中務卿であったので「中務」と呼ばれた。
     960年頃の歌人。
 
出典・・拾遺和歌集・36。


**************** 名歌鑑賞 **************

 
花の色は 散らぬ間ばかり ふるさとに 常には松の
緑なりけり
                   藤原雅正
             
(はなのいろは ちらぬまばかり ふるさとに つねには
 まつの みどりなりけり)

意味・・花の色の素晴らしさは散らない間だけのこと。
    この古い里で常に私を待っている松の緑こそ
    本当に素晴らしいものです。

    40の慶事に屏風を贈られて、画中の人物の
    立場で詠んだ歌で、松のように長生きをした
    いとの思いです。。 

 注・・ふるさと=なじみの土地。昔の都。
    松=「常に待つ」と「松」を掛ける。

作者・・藤原雅正=ふじわらのまさただ。生没年未詳。
    周防守・従五位下。紫式部の祖父。
 
出典・・後撰和歌集・43。


***************** 名歌鑑賞 *******************

 
やわらかに 人分け行くや 勝角力   
                     高井几薫

(やわらかに ひとわけゆくや かちずもう)

意味・・相撲に勝った力士が、歓声をあげる観衆をおだやかに
    かき分けながら場外に去って行く。

    勝ち力士の自信に満ちた余裕のある様子を詠んだもの
    です。
    この場面になる為には、涙ぐましい猛稽古があります。

 注・・やわらかに=やさしくおだやかな態度。
    勝角力=相撲に勝った力士。
 
作者・・高井几薫=たかいきとう。1741~1789。蕪村に師事。


**************** 名歌鑑賞 ****************

 
のどかにも やがてなり行く けしきかな 昨日の日影
今日の春雨
                    伏見院 

(のどかにも やがてなりゆく けしきかな きのうの
 ひかげ きょうのはるさめ)

意味・・早くものどかになって行く様子だなあ。昨日の
    うららかな日差し、今日のこの静かに降る春雨。

 注・・のどかにも=のんびりした陽気、気分。
    やがて=ただちに、すぐさま。
    日影=日光、日差し。

作者・・伏見院=ふしみいん。1265~1317。弟92代天皇。
    鎌倉期の歌人。「玉葉和歌集」を撰集させた。
 
出典・・玉葉和歌集・18。


**************** 名歌鑑賞 ***************

 
春来てぞ 人も訪ひける 山里は 花こそ宿の
主なりけれ
                藤原公任
            
(はるきてぞ ひともといける やまざとは はなこそ
 やどの あるじなりけれ)

意味・・春がやって来て、ようやく人も訪れて来た。山
    里は、どうも花こそが家の主人だったという事
    が分ったよ。

    見事に美しく花が咲いた事を詠むと同時に、訪
    れたのは花見が主で公任を訪れたのはそのつい
    でだったと、寂しさも詠んでいます。

 注・・宿の主=人は公任に逢うのではなく、花を見る
     のを目的にして家を訪問するのだから、家の
     主人は花というのである。「宿」はここでは
     公任の白河山荘をさす。

作者・・藤原公任=ふじわらのきんとう。966~1041。
    権大納言・正二位。和漢朗詠集を編纂。
 
出典・・拾遺和歌集・1015。

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