名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2016年05月


*************** 名歌鑑賞 **************

 
ながむべき 残りの春を かぞふれば 花とともにも
散る涙かな
                  俊恵法師

(ながむべき のこりのはるを かぞうれば はなと
 ともにも ちるなみだかな)

意味・・桜の花をしみじみと眺めることの出来る余生
    の春を数えると、散る花とともに落ち散る涙
    である。

    花のこの美しい風景が眺められるのは今だけ
    であり、季節や天候、時間によってその風情
    は刻々と変貌している。風景だけではなく、
    自分の容姿や気持ちも変わって行くので、再
    びこの場所に来て同じ風情は見られないだろ
    う。残りの春が少なくなった現在、この美し
    い風景をたんのうしてゆくが、もう見られな
    いと思うと哀しくなってくる。そして今を大
    切にと思うのである。

             花を眺める事の出来る、自分に残された春
    を数えると、花は身に沁みて哀れに感じら
    れ、落花とともに、こぼれる涙である。

    「残りの春」は桜の咲くのを、一年単位に
    見ての残りの年で、余命。死を意識する時、
    全ての物の存在は、面目を改めるという。
    この歌も、花の美しさが身に沁み、思わず
    涙がこぼれ落ちる涙であった事が知られる。
    我が命も惜しまれる境地である。

 注・・ながむべき=桜の花をしみじみと眺める事
     の出来る。
    残りの春=余生。

作者・・俊恵法師=しゅんえほうし。生没年未詳。
    表記の歌は1278年詠んだ歌。65歳くらい。
    東大寺の僧。
 
出典・・新古今・142。


****************** 名歌鑑賞 *****************

 
春のめだか 雛の足あと 山椒の実 それらのものの
一つか我が子
                 中城ふみ子 

(はるのめだか ひなのあしあと さんしょうのみ それらの
 ものの ひとつかわがこ)

意味・・ほんのり赤く身を染めた小さな春のめだかは、小さ
    いながら鋭く強い敏感な動きをみせて、水中に小気
    味よく元気さを発散させている。
    また、親鶏の後を懸命について歩き、見よう見まね
    で餌らしいものを見つけついばもうとするひよこの
    姿も、生まれてすぐ、自力で餌を得なければならな
    い厳しい定めを負ったけなげさを持っている。
    ひよわに見えてもぴりっとした力を持っている点で
    は、小さな山椒の実も同じだ。
    それらのものに並べて我が子を置くと、幼い命は可
    憐で頼りなげだが、弱いのではない。これからぐん
    ぐん伸びてゆく力を秘めたけなげな幼い命なのだ。

作者・・中城ふみ子=なかじょふみこ。1922~1954。31歳。
     東京家政学院卒。乳癌で亡くなる。
 
出典・・乳房喪失(馬場あき子著「歌の彩事記」)


*************** 名歌鑑賞 ****************


沖つ波 たかしの浜の 浜松の 名にこそ君を
待ちわたりつれ
               紀貫之
             
(おきつなみ たかしのはまの はままつの なにこそ
 きみを まちわたりつれ)

意味・・名高い高師の浜の浜辺に生えている松、その
    「まつ」という言葉のように、私はあなたを待ち
    続けてていたのですが、ついに会う機会にめぐま
    れずに残念です。

    旅先で友人が近くにやってきたのに、逢えな
    かったので詠んだ歌です。

 注・・沖つ波=沖の波は高いの意味で、高師の枕詞。
    たかしの浜=高師の浜。堺市高石あたりの海岸。

作者・・紀貫之=きのつらゆき。866~945。古今和歌集
    の中心的撰者。「仮名序」も執筆。「土佐日記」。

出典・・古今和歌集・915。


**************** 名歌鑑賞 ***************

 
都だに 寂しかりしを 雲はれぬ 吉野の奥の
五月雨のころ
                後醍醐天皇
           
(みやこだに さびしかりしを くもはれぬ よしのの
 おくの さみだれのころ)

意味・・五月雨の季節は都にいてさえも、陰鬱で寂しい
    思いがするのに、まして山里深く、雲が晴れる
    間もない吉野の奥にいる我が身には、いっそう
    侘(わび)しさが募るばかりだ。

    五月雨の陰鬱さを詠んでいるが、南北朝の対立、
    武家と朝廷との対立、そしてその後に都を追わ
    れた天皇の侘しい心を詠んでいます。

作者・・後醍醐天皇=ごだいごてんのう。1288~1339。
    96代の天皇(南朝)。北条氏(鎌倉幕府)を打倒し
    建武の新政を成立するが足利尊氏(室町幕府)に
    より吉野に追われた。
 
出典・・新葉和歌集・217。


**************** 名歌鑑賞 ****************

 
沖つ島 荒磯の玉藻 潮干満ち い隠り行かば 
思ほえむかも
                     山部赤人
          
(おきつしま ありそのたまも しおひみち いかくり
 ゆかば おもおえんかも)

意味・・沖の島の荒磯に生えている玉藻。潮干には人々
    がその玉藻を刈っているが、今に潮が満ちて来
    て荒磯が隠れてしまうなら、心残りがして、玉
    藻を恋しく思うだろうなあ。

    清らかな渚、風が吹くと白波が立ち騒ぐ美しい
    沖つ島。この沖つ島の玉藻に焦点を合せ、心残
    りを詠んでいます。

 注・・沖つ島=沖の島。
    荒磯(ありそ)=「あらいそ」の転で、岩のある
     海岸。
    玉藻=美しい藻。「玉」は美称の接頭語。
    潮干=潮の引いた所。
    い隠り行かば=(玉藻が水に)隠れ行ったならば。
     「い」は接頭語。
    思ほえんかも=(玉藻が)思われるであろうかなあ。
     「思ほえ」は「思はゆ」から転じた「思ほゆ」
     の未然形。「か」は疑問、「も」は詠嘆を表す
     係助詞。

作者・・山部赤人=やまべのあかひと。生没年未詳。奈良
    時代の宮廷歌人。

出典・・万葉集・919。

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