名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2016年08月


**************** 名歌鑑賞 *************


明けぬれば 暮るるものとは 知りながら なほうらめしき
朝ぼらけかな       
                    藤原道信
               
(あけぬれば くるるものとは しりながら なお
 うらめしき あさぼらけかな)

意味・・夜が明けてしまうと、やがて日は暮れるもの、
    そして、再びあなたに逢えるとは分かってい
    ますけれど、それでもやはり、恨めしく思う
    夜明けですよ。

    当時の習俗は通い婚であったので、夫は日暮
    時に妻の家に通い、夜明け方立ち去っていた。

 注・・明けぬれば=夜が明けてしまうと。男は日暮
     時に女のもとを訪れ、夜明けには立ち去ら
     なければならないのが、当時の習わしであ
     った。
    朝ぼらけ=あたりがほのぼのと明るくなった
     頃。男が女のもとを立ち去る時分。

作者・・藤原道信=ふじわらのみちのぶ。972~994。
    23歳。左近中将従四位。三十六歌仙の一人。

出典・・後拾遺和歌集・672、百人一首・52。


**************** 名歌鑑賞 *************** 


我が袖は 名に立つ末の 松山か そらより浪の 
越えぬ日はなし         
                土佐

(わがそでは なにたつすえの まつやまか そらより
 なみの こえぬひはなし)

意味・・私の袖は、あの有名な末の松山なのでしょうか。
    空から浪の越えない日はない状態で、あなたの
    嘘にあざむかれて、涙を袖に落とさない日とて
    ありません。

    約束の固さにもかかわらず男が裏切ったことを
    恨んで詠んだ歌です。
    男女の約束を破ったなら、次の歌のように、
    浪が越える事の無い末の松山も越えると言われ
    ている。

 「君をおきて あだし心を わがもてば 末の松山
  浪も越えなむ」(古今和歌集・1093)

 注・・末の松山=宮城県多賀城市にあるという山。
     末の松山を浪が越えないとされている。
    そら=「空」と「虚」を掛ける。

作者・・土佐=とさ。生没年未詳。920年頃活躍した
    女房(女官のこと)。

出典・・後撰和歌集・683。


*************** 名歌鑑賞 ***************

 
露と落ち 露と消えにし わが身かな なにはのことも
夢のまた夢                
                  豊臣秀吉
            
(つゆとおち つゆときえにし わがみかな なにわの
 ことも ゆめのまたゆめ)

意味・・露のようにこの世に身を置き、露のように
    この世から消えてしまうわが身であること
    よ。何事も、あの難波のことも、すべて夢
    の中の夢であった。

    死の近いのを感じた折に詠んだもので結果
    的には辞世の歌となっています。    

 注・・なにはのこと=難波における秀吉の事業、
     またその栄華の意と「何は(さまざま)
     のこと」を掛けています。

作者・・豊臣秀吉=とよとみひでよし。1536~1598。
    木下藤吉朗と称し織田信長に仕える。信長
    の死後明智光秀討ち天下を統一する。難波
    に大阪城を築く。

出典・・詠草(福武書店「名歌名句鑑賞辞典」)


*************** 名歌鑑賞 ***************

 
待つ我は あはれやそぢに なりぬるを あぶくま川の
とをざかりぬる    
                   藤原隆資

(まつわれは あわれやそじに なりぬるを あぶくま
 がわの とおざかりぬる)

詞書・・橘為仲朝臣が陸奥守の時、任期を延長された
    と聞いて詠んだ歌。

意味・・あなたの帰京を待っている私は、ああもう八
    十歳を迎えたというのに、あなたのいる阿武
    隈川が遠いように、会う時はまた遠くなって
    しまったことだ。

 注・・やそぢ=八十。
    あぶくま川=宮城県・阿武隈川。「逢ふ」を
      掛ける。
    橘為仲=1085没。正四位下。陸奥守。家集に 
      「橘朝臣集」がある。

作者・・藤原隆資=ふじわらのたかすけ。1050年頃の
    人。越前・武蔵守。従五位下。

出典・・金葉和歌集・581。


**************** 名歌鑑賞 ****************


りゆく 世にし有せば うつせみの 人の言の葉
うれしけもなし        
                  良寛
               
(うつりゆく よにしありせば うつせみの ひとの
 ことのは うれしけもなし)

意味・・人の心が変わって行く世の中であるので、
    人の暖かく嬉しそうな言葉も、何も嬉しい
    ことはない。

    男心(女心)と秋の空というけれど。

    参考歌として、
    「偽りのなき世なりせばいかばかり人の言
    の葉嬉しからまし」(意味は下記参照)

 注・・移りゆく=心が他に移って行く。
    うつせみ=この世、現世。「命」・「人」
     に掛かる枕詞。

作者・・良寛=りょうかん。1758~1831。

出典・・谷川俊朗著「良寛全歌集」。

参考歌です。

いつはりの なき世なりせば いかばかり 人の言の葉
うれしからまし             
                    詠み人知らず
                   
(いつはりの なきよなりせば いかばかり ひとの
 ことのは うれしからまし)

意味・・この世が偽りというものの存在しない世で
    あったなら、人がかけてくれる情けの言葉
    も素直に聞いて、どれほど嬉しく思う事で
    あろうか。

    恋に関してだけではなく人間への不信の念
    を底にもっている歌です。

 注・・世=男女の仲。

出典・・古今集・712。


************** 名歌鑑賞 ***************

 
したもみじ ひと葉づつ散る 木のしたに 秋とおぼゆる
蝉のこえかな              
                    相模

(したもみじ ひとはずつちる このしたに あきと
 おぼゆる せみのこえかな)

意味・・下葉の黄葉が一葉また一葉と散る木の陰で、
    蝉の鳴き声を聞くと、もう秋が来たのだなあ。

 注・・したもみじ=下葉(木の下の方の葉)の紅葉・
     黄葉。他に先んじて色づく。

作者・・相模=さがみ。生没年未詳。夫が相模守だ
    ったので相模と呼ばれた。

出典・・詞花和歌集・80。


************** 名歌鑑賞 ****************

 
思ふこと など問ふ人の なかるらん 仰げば空に
月ぞさやけき            
                  慈円
                   
(おもうこと などとうひとの なかるらん あおげば
 そらに つきぞさやけき)

意味・・自分の思い悩んでいることをどうしてたずねて
    くれる人がいないのであろうか。仰げば空に月
    のみがさやかに照り、慰めてくれるかの如くだ。

    苦悩を聞いてくれるだけで慰めになるものを。
    でも聞いてくれる人がいない。その寂しさを詠
    んでいます。

 注・・思ふこと=作者の思い嘆いていること。
    など=などか。どうして。

作者・・慈円=じえん。1225年没。71歳。大僧正。新古
    今集に西行についで多く入首。

出典・・新古今集・1780。


***************  名歌鑑賞 **************

 
夕立の にごりにしむは いやいやと 蓮はかぶりを
ふる池の中     
                  山手白人

(ゆうだちの にごりにしむは いやいやと はすは
 かぶりを ふるいけのなか)

詞書・・蓮池の夕立。

意味・・濁りに染(し)まぬ蓮の葉と古歌にも詠まれて
    いるが、なるほど、夕立の通り過ぎたあとの
    古池には、濁り水に染むのをいやだいやだと
    いうように、蓮の葉が風に吹かれて頭をふっ
    ている。

    夕立が降ったあと、風が吹き蓮の葉をゆらし
    ている涼しい風景描写となっています。

    古歌は「蓮葉の濁りに染まぬ心もて何かは露
    を玉とあざむく」(意味は下記参照)

 注・・ふる=「振る」と「古」を掛ける。

作者・・山手白人=やまのてのしろひと。1737~17
    87。本名は布施弥次郎。幕府の評定所留役。

出典・・小学館「黄表紙・川柳・狂歌」。

古歌の意味

蓮葉の 濁りに染まぬ 心もて なにかは露を 
玉とあざむく         
               僧正遍昭

(はちすばの にごりにしまぬ こころもて なにかは
 つゆを たまとあざむく)

意味・・蓮の葉は泥水のなかに生えながら濁りに染ま
    らない清らかな心を持っているのに、その心
    でどうして葉の上に置く露を玉と見せて人を
    だますのか。

    上句は法華経の経文(世間の法に染まらざるこ
    と蓮華の水にあるがごとし)による。
    露を玉とみる典型的な見立ての伝統を踏まえ、
    清浄の象徴である蓮が欺く、と意表をついた
    表現が趣向。

作者・・僧正遍昭=そうじょうへんじょう。890年没。
    桓武天皇の孫。蔵人頭となったが出家。僧正。

出典・・古今和歌集・165。


************** 名歌鑑賞 **************


夏の夜の 月まつほどの 手すさみに 岩もる清水
いくむすびしつ    
                  藤原基俊

(なつのよの つきまつほどの てすさみに いわもる
 しみず いくむすびしつ)

意味・・夏の夜の月の出を待つ間の手なぐさみに、
    岩間から漏れて流れてくる清水を何度、手
    ですくったことだろう。

    思いのほかに遅い月の出を待ちわびる気持
    を表現するとともに、清水の冷たい感触を
    喚起して涼しい風情を添えています。

 注・・手すさみ=退屈を紛らわす手業。

作者・・藤原基俊=ふじわらのもととし。1060~
       1142。従五位。右大臣俊家の子。

出典・・金葉和歌集・154。


************** 名歌鑑賞 **************

 
東海の 小島の磯の 白砂に われ泣きぬれて
蟹とたわむる
              石川啄木

(とうかいの こじまのいその しらすなに われ
 なきぬれて かにとたわむる)

意味・・東海の小島の磯のあたり、後から後からと
    寄せては返す波うち際の、白々とした砂の
    上に、自分は涙に泣きぬれて、可憐な小蟹
    と遊び戯れている。

    文学で身を立てようとする啄木であるが、
    まだそれで生活が出来るには程遠い。
    希望がゆらぎ心ではいつも泣いている。
    東海の白砂で蟹の横ばいを見て、人と違っ
    た生き方をしても許されるのではないかと
    希望をつなぐ。

作者・・石川啄木=いしかわたくぼく。1886~1912。
     26歳。盛岡尋常中学校中退。与謝野夫妻
     に師事するために上京。

出典・・一握の砂。

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