名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2016年08月


************** 名歌鑑賞 ***************

 
したもみじ ひと葉づつ散る 木のしたに 秋とおぼゆる
蝉のこえかな              
                    相模

(したもみじ ひとはずつちる このしたに あきと
 おぼゆる せみのこえかな)

意味・・下葉の黄葉が一葉また一葉と散る木の陰で、
    蝉の鳴き声を聞くと、もう秋が来たのだなあ。

 注・・したもみじ=下葉(木の下の方の葉)の紅葉・
     黄葉。他に先んじて色づく。

作者・・相模=さがみ。生没年未詳。夫が相模守だ
    ったので相模と呼ばれた。

出典・・詞花和歌集・80。


************** 名歌鑑賞 ****************

 
思ふこと など問ふ人の なかるらん 仰げば空に
月ぞさやけき            
                  慈円
                   
(おもうこと などとうひとの なかるらん あおげば
 そらに つきぞさやけき)

意味・・自分の思い悩んでいることをどうしてたずねて
    くれる人がいないのであろうか。仰げば空に月
    のみがさやかに照り、慰めてくれるかの如くだ。

    苦悩を聞いてくれるだけで慰めになるものを。
    でも聞いてくれる人がいない。その寂しさを詠
    んでいます。

 注・・思ふこと=作者の思い嘆いていること。
    など=などか。どうして。

作者・・慈円=じえん。1225年没。71歳。大僧正。新古
    今集に西行についで多く入首。

出典・・新古今集・1780。


***************  名歌鑑賞 **************

 
夕立の にごりにしむは いやいやと 蓮はかぶりを
ふる池の中     
                  山手白人

(ゆうだちの にごりにしむは いやいやと はすは
 かぶりを ふるいけのなか)

詞書・・蓮池の夕立。

意味・・濁りに染(し)まぬ蓮の葉と古歌にも詠まれて
    いるが、なるほど、夕立の通り過ぎたあとの
    古池には、濁り水に染むのをいやだいやだと
    いうように、蓮の葉が風に吹かれて頭をふっ
    ている。

    夕立が降ったあと、風が吹き蓮の葉をゆらし
    ている涼しい風景描写となっています。

    古歌は「蓮葉の濁りに染まぬ心もて何かは露
    を玉とあざむく」(意味は下記参照)

 注・・ふる=「振る」と「古」を掛ける。

作者・・山手白人=やまのてのしろひと。1737~17
    87。本名は布施弥次郎。幕府の評定所留役。

出典・・小学館「黄表紙・川柳・狂歌」。

古歌の意味

蓮葉の 濁りに染まぬ 心もて なにかは露を 
玉とあざむく         
               僧正遍昭

(はちすばの にごりにしまぬ こころもて なにかは
 つゆを たまとあざむく)

意味・・蓮の葉は泥水のなかに生えながら濁りに染ま
    らない清らかな心を持っているのに、その心
    でどうして葉の上に置く露を玉と見せて人を
    だますのか。

    上句は法華経の経文(世間の法に染まらざるこ
    と蓮華の水にあるがごとし)による。
    露を玉とみる典型的な見立ての伝統を踏まえ、
    清浄の象徴である蓮が欺く、と意表をついた
    表現が趣向。

作者・・僧正遍昭=そうじょうへんじょう。890年没。
    桓武天皇の孫。蔵人頭となったが出家。僧正。

出典・・古今和歌集・165。


************** 名歌鑑賞 **************


夏の夜の 月まつほどの 手すさみに 岩もる清水
いくむすびしつ    
                  藤原基俊

(なつのよの つきまつほどの てすさみに いわもる
 しみず いくむすびしつ)

意味・・夏の夜の月の出を待つ間の手なぐさみに、
    岩間から漏れて流れてくる清水を何度、手
    ですくったことだろう。

    思いのほかに遅い月の出を待ちわびる気持
    を表現するとともに、清水の冷たい感触を
    喚起して涼しい風情を添えています。

 注・・手すさみ=退屈を紛らわす手業。

作者・・藤原基俊=ふじわらのもととし。1060~
       1142。従五位。右大臣俊家の子。

出典・・金葉和歌集・154。


************** 名歌鑑賞 **************

 
東海の 小島の磯の 白砂に われ泣きぬれて
蟹とたわむる
              石川啄木

(とうかいの こじまのいその しらすなに われ
 なきぬれて かにとたわむる)

意味・・東海の小島の磯のあたり、後から後からと
    寄せては返す波うち際の、白々とした砂の
    上に、自分は涙に泣きぬれて、可憐な小蟹
    と遊び戯れている。

    文学で身を立てようとする啄木であるが、
    まだそれで生活が出来るには程遠い。
    希望がゆらぎ心ではいつも泣いている。
    東海の白砂で蟹の横ばいを見て、人と違っ
    た生き方をしても許されるのではないかと
    希望をつなぐ。

作者・・石川啄木=いしかわたくぼく。1886~1912。
     26歳。盛岡尋常中学校中退。与謝野夫妻
     に師事するために上京。

出典・・一握の砂。

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