名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2016年10月



***************** 名歌鑑賞 ***************

 
春芽吹く 樹林の枝々 くぐりゆき われは愛する
言い訳をせず
                 中城ふみ子

(はるめぶく じゅりんのえだえだ くぐりゆき われは
 あいする いいわけをせず)

意味・・春に芽吹く樹木に理由なんてない。なぜ自分は
    芽吹くのかなんて考えたりしない。自然の摂理
    のままに生きる彼らと同じように、私は私の愛
    を生きる・・。私は理由なんか考えない。愛し
    ているという思いに、ただ忠実に生きるだけだ。

    夫と離婚したあと、妻ある人との恋愛や年下の
    人との恋愛・・。ふつう「言い訳」というと、
    他者への弁明といったニュウアンスがある。が、
    この歌では、他者よりもむしろ自分自身に対して、
    いい訳はしない、ということなのだろう。

作者・・中城ふみ子=なかじょうふみこ。1922~1954。
    32才。30才で乳癌の手術を受け乳房を切除。
    その翌年再発して亡くなる。

出典・・歌集「乳房喪失」。


************** 名歌鑑賞 **************

 
悲しみが 蹴った小石に 飛びのって 深く夜道へ
まぎれ消えゆく
                  仲田理恵

(かなしみが けったこいしに とびのって ふかく
 よみちへ まぎれきえゆく)

意味・・学校からの帰り道はもう暗く、闇は深い。
    哀しい思いは抜けきれず、小石を蹴ったら
    深い闇の中にすぐに消えてなくなった。
    私の辛い思いも、小石に飛び乗って消えて
    行く・・。そうだといいなあ。

    悲しみは親兄弟の不幸なのか、それとも、
    あれほど勉強したのに試験の成績が落ちた
    事なのだろうか、または、好きだと思って
    いた人から嫌味を言われた事なのだろうか。
    とにかく哀しい思いは早く忘れたいものだ。
    
    青春時代にありがちな心の揺れ、微妙な感
    情のもつれを幾度も経験する事によって、
    人は成長して行くのであろう。

作者・・仲田理恵=なかたりえ。生没年未詳。`93
    年当時、兵庫県三木東高校三年生。

出典・・短歌青春(東洋大学・現代学生百人一首)。


**************** 名歌鑑賞 **************** 


やはらかに 柳あおめる 北上の 岸辺目に見ゆ
泣けとごとくに
                石川啄木

(やわらかに やなぎあおめる きたがみの きしべ
 めにみゆ なけとごとくに)

意味・・やわららかく柳の芽が青く色づいた北上の岸辺が
    目に見えるようだ。故郷を思い懐かしさにいかに
    も涙を誘うかのように。

    人が抱く望郷の念を歌った美しい作品です。故郷
    を離れ、心を満たされない生活を送る作者の心に、
    故郷の春の風景が浮かび上がり、哀しみを癒して
    くれることでしょう。

 注・・北上=岩手県玉山村渋民の北上川。

作者・・石川啄木=いしかわたくぼく。1886~1912。26
    歳。盛岡尋常中学校中退。与謝野夫妻に師事する
    ために上京。

出典・・歌集「一握の砂」。


************** 名歌鑑賞 ***************

 
神さぶと いなにはあらず はたやはた かくして後に 
寂しけむかも
                  紀女郎

(かみさぶと いなにはあらず はたやはた かくして
 のちに さびしけんかも)

意味・・もう年だから恋どころではないと拒むわけ
    ではありません。そうは言うものの、こう
    してお別れした後でふと寂しくなるのでは
    ないかしら。

    未練は残ると言い加えて、相手の気をそら
    さぬ形を取りながら求愛を拒んだ歌です。

 注・・神さぶ=古めかしい、古びて落ち着いてい
     る。ここでは老いているの意。
    はたやはた=「はた」はそうは言うものの
     やはり、しかしながらの意。「はた」を
     重ねて強調したもの。

作者・・紀女郎=きのいらつめ。生没年未詳。大伴
    家持と交流のあった女性。

出典・・万葉集・762。   



**************** 名歌鑑賞 ***************** 


さらでだに あやしきほどの 夕暮れに 荻吹く風の
音ぞきこゆる
                   斎宮女御

(さらでだに あやしきほどの ゆうぐれに おぎふく
 かぜの おとぞきこゆる)

詞書・・村上天皇が久しい間お来しにならなくて、ある時
    こっそり来られましたが、そしらぬ顔をして琴な
    どひいておりまして詠みました歌。

意味・・ただでさえ、不思議なほど人の恋しい夕暮れ時に、
    荻吹く風の葉ずれの音が聞こえています。

    無音(ぶいん)の続いた帝が忍びて訪れた事を、風
    の音と比喩していますが嬉しくてたまらない気持
    ちです。

 注・・さらにだに=そうでなくてさえ。
    あやしきほど=不思議なほど(人が恋しい)、異常
     である、ただではない、人を恋うてせつない気
     持ち。
    夕暮れ=夫が通って来ていた昔は、夕暮れになる
     と人が恋しい気分になっていた。
    荻=イネ科のススキ属の植物で薄にそっくり。

作者・・斎宮女御=さいくうのにょうご。929~985。本命
    徽子女王。伊勢神宮の斎宮。斎宮は天皇の即位ご
    とに選ばれ伊勢神宮に奉仕した未婚の内親王また
    は女王。村上天皇の女御。

出典・・後拾遺和歌集・319。


**************** 名歌鑑賞 ***************** 


何事を 待つべきならし 何事も かつがつ思ふ
程は遂げしに
                太田水穂

(なにごとを まつべきならし なにごとも かつがつ
 おもう ほどはとげしに)

意味・・何事につけて、十分とは言えぬまでも自分の思い
    通りに仕事を成し遂げては来た。しかし、老境に
    入った今でも、なお何かをやり遂げねばならない
    思いに駆られる。それが何であるか判然としない
    けれども。

    作者が75才を迎えての作です。老境に入った今
    でも止まぬ学芸への思いを詠んでいます。

    鎌倉の長慶寺にこの歌の碑が建立されています。

 注・・待つ=期待する、たよる。
    ならし=「なるらし」の転。・・のようだ。
    何事も待つべきならし=私は来るべき何物かを
     待ち続けている。

    かつがつ=不十分であるがまあまあ、どうやら。

作者・・太田水穂=おおたみずほ。1876~1955。長野師
    範卒。

出典・・歌集「双飛燕」(桜楓社「現代短歌鑑賞事典」)


*************** 名歌鑑賞 ***************

 
ゆく人を まねくか野辺の 花薄 こよひもここに 
旅寝せよとや
                平忠盛
           
(ゆくひとを まねくかのべの はなすすき こよいも
 ここに たびねせよとや)

意味・・通って行く人を招き寄せているのか、野辺の花
    薄よ、今宵もここに旅寝せよというのか。

    夕暮れになっても目的地に着かず、宿もない辛
    さ、寂しさです。

 注・・まねく=薄が風で揺れなびく比喩表現。
    花薄=薄の穂を花に見る。

作者・・平忠盛=たいらのただもり。1096~1153。正
    四位・播磨国守。

出典・・金葉和歌集・238。


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まどろまで ながめよとての すさびかな 麻のさ衣 
月にうつ声
                    宮内卿

(まどろまで ながめよとての すさびかな あさの
 さごろも つきにうつこえ)

詞書・・月の下に衣を打つ。

意味・・うとうとと眠らないで、この月をしみじみと
    見つめよといってする気慰めの業なのですね。
    月光の下で麻衣を打つ砧の音が聞こえてきま
    す。

    どこかで打つ砧の音が耳について眠れない。
    それならいっそ眠らないで月を眺めていまし
    ょう。きっとあの砧の音はそんな風流をさせ
    るためなのでしょう。

 注・・まどろまで=微睡で。うとうとと眠らないで。
    すさび=手すさび、気慰めをすること。
    麻のさ衣=麻の着物。「さ」は美称の接頭語。
    うつ=砧を打つ。布につやを出したり柔らか
     くするために、木槌で布を打つこと。冬支
     度のため多く秋に行った。

作者・・宮内卿=くないきょう。生没年未詳。1205年
    頃、20才前後で没。後鳥羽院出仕。

出典・・新古今和歌集・479。


*************** 名歌鑑賞 **************


夢に見て 衣を取り着 添う間に 妹が使ひぞ 
先立ちにける
                作者未詳

(ゆめにみて ころもをとりき よそうまに いもが
 つかいぞ さきだちにける)

意味・・夢にあなたが現れたので、矢も楯もなく逢い
    たくなり、着物を着て、出かける準備をして
    いるところに、あなたからの文の使いが先に
    来てしまいました。

    シンクロニシティ、同時性とか共時性という
    ことが詠まれた歌です。その人のことを強く
    思っていると、時を同じくして、その人から
    の電話なり手紙なり贈り物などが来たという
    例です。

 注・・使ひ=手紙などを持ってくる使者。

出典・・万葉集・3112。


***************** 名歌鑑賞 ****************

 
みかきもり 衛士のたく火の 夜は燃え 昼は消えつつ
ものをこそ思え
                   大中臣能宣

(みかきもり えじのたくひの よるはもえ ひるは
 きえつつ ものをこそおもえ)

意味・・宮中の御垣(みかき)を守る衛士の焚く火のように、
    私のあなたを思う思いは、夜は赤々と燃え、昼は
    身も心も消えるばかりに、あなたを思いこがれて
    います。

 注・・みかきもり=御垣守。宮中の諸門を警護する兵士。
    衛士=夜はかがり火をたいて諸門を守る兵士。

作者・・大中臣能宣=おおなかとみのよしのぶ。921~991。
    神職の家柄に生まれる。「後撰和歌集」の編纂に
    かかわる。

出典・・詞歌和歌集・225、百人一首・49。

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