名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2016年10月


****************** 名歌鑑賞 *****************


我も人も うそも誠も 隔てなく 照らし貫きける 
月のさやけさ
                貞心尼
             
(われもひとも うそもまことも へだてなく てらし
 ぬきける つきのさやけさ)

意味・・自分も人も偽りも誠も、区別なく照らし貫いている
    月の光は、なんとさわやかなことでしょう。

    月の光は清く美しいので、私にも他の人にも、誠意
    ある人も、嘘をつく人にもへだてなく慈悲の心で照
    らしている。

作者・・貞心尼=ていしんあま。1798~1872。長岡藩士奥
    村五兵衛の娘。結婚したが夫と死別。無常を感じて
    尼となる。29歳で69歳の良寛の弟子となる。

出典・・歌集「はちすの露」。


*************** 名歌鑑賞 ****************

 
松風の 音だに秋は さびしきに 衣打つなり 
玉川の里
                源俊頼

(まつかぜの おとだにあきは さびしきに ころも
 うつなり たまがわのさと)

意味・・松風の音を聞くだけでも秋は寂しいのに、玉川
    の里では、砧で衣を打っている寂しい音が聞こ
    えて来る。

 注・・衣打つ=砧と呼ぶ石や木の台で、布を柔らかく
     するために木槌で叩くこと。
    玉川=武蔵国の玉川。

作者・・源俊頼=みなもとのとしより。1055~1129。金
     葉和歌集の撰者。

出典・・千載和歌集・340。


****************** 名歌鑑賞 ******************

 
サクランボの 赤く熟れいる 園庭に 迎え待つ児ら
賑わい遊ぶ
                  

(サクランボの あかくうれいる えんていに むかえ
 まつこら にぎわいあそぶ)

意味・・保育園の庭には、可愛いサクランボが赤く実っている。
    その木の下では帰りを待つ園児がキャーキャー言って
    遊んでいる。お母さんが迎えに来て、一人抜け二人抜
    けしながら。


    サクランボがまだ花びらの頃に入った園児は、母親か
    ら離されて預けられる時は泣きじゃくります。桜の散
    る頃の園児はまだ園の生活には慣れていません。それ
    が、サクランボの実る頃になると、先生にも慣れ、他
    の園児にも慣れて来て皆と遊べるようになりました。

    今か今かと待ちながらも無心に遊んでいるいじらしい
    園児を通して、幼児の成長の姿を歌っています。

出典・・インターネット。


**************** 名歌鑑賞 *****************

 
山里は 秋こそことに わびしけれ 鹿の鳴く音に 
目をさましつつ                 
                 壬生忠岑

(やまさとは あきこそことに わびしけれ しかの
 なくねに めをさましつつ)

意味・・山里では、秋がほかの季節と比べてひときわ寂しく
    てならぬものだ。どこかで鳴く鹿の声にしばしば眠
    りを覚まされると、次から次へと物思いに追われて
    なかなか寝つけない。

    山里はわびしい所、そこに住む己のわびしい思いを
    基調として、これに、わびしい時としての秋、また
    その夜、さらに、わびしさを誘う鹿の声・・と、
    わびしさの限りを尽くした趣です。

    「わびしさ」の例です。
    山里のわびしさ・・人がいないので暖かく接して
    くれる人がいない---寂しさ。
    己のわびしさ・・明るい見通しや希望がなかったり、
    悩み事があったり---憂鬱感。
    秋のわびしさ・・木の葉が落ち、草木が枯れていく
    のと、自分の体力の衰えを重ねる---悲哀感。
    夜のわびしさ・・静かで心細い。
    鹿の鳴き声・・聞くと一緒に泣きたくなる---哀れさ。

 注・・秋こそ=秋が他の季節と比べて特に。「こそ」は多く
     の事物の中から一つたげを取り出して指定する語。
        わびし=気落ちして心が晴れないさま。せつない。
     心細い、もの寂しい。
    鹿の鳴く音=牡鹿(おじか)の妻恋の声で、哀れさを
     誘われる。

作者・・壬生忠岑=生没年未詳。907年頃活躍した人。古今集
     の撰者の一人。

出典・・古今和歌集・214。


************** 名歌鑑賞 **************


いにしへの 難波のことを 思ひいでて 高津の宮に
月のすむらん       
                   源師頼

(いにしえの なにわのことを おもいいでて たかつ
 のみやに つきのすむらん)

意味・・往古のどんなことを思い出して、難波の
    高津の宮では月が澄んで光っているのだ
    ろうか。

    人は今の月しか見られないが、月は往古か
    らの人々の姿をを見続けている事を詠んだ
    歌です。
    高津宮神社には、民の竈(かまど)から炊飯
    の煙が立ち上らないのを見て、3年間課税を
    免じたという仁徳天皇を主祭神として祀ら
    れています。
    
 注・・難波=難波に「何」の意を掛ける。
    高津の宮=大阪市中央区にある神社で、仁
     徳天皇(五世紀前半の天皇)の皇居があっ
     た。
    すむ=「澄む」と「住む」を掛ける。

作者・・源師頼=みなもとのもろより。1068~1139。
    正二位大納言。

このページのトップヘ