名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2016年12月


*************** 名歌鑑賞 ****************


雨露に うたるればこそ 楓葉の 錦をかざる
秋はありけれ
                沢庵宗膨

(あめつゆに うたるればこそ かえでばの にしきを
 かざる あきはありけれ)

意味・・雨や露にうたれるからこそ、秋ともなると楓が
    紅葉し、錦を飾ることとなる。
    人もまた同じ、逆境を経てこそ人は大成するの
    である。

作者・・沢庵宗膨=たくあんそうほう。1573~1646。
     臨済宗の僧。

出典・・木村山治朗「道歌教訓和歌辞典」。


いねいねと 人にいはれつ 年の暮   
                    路通

(いねいねと ひとにいわれつ としのくれ)

意味・・年の暮、人に頼って生活をするような境遇の
    自分は、あちらでもこちらでも「あっちへ行
    け」と言われ、冷たくあしらわれることだ。

    漂泊の僧として乞食生活を送った路通らしい
    句です。同門のみならず芭蕉にも不評を買っ
    た身の上を「いねいね」という語で厳しく見
    つめています。

 注・・いね=去ね、行け。

作者・・路通=斎部路通(いんべろつう)。1649~1738。
         神職の家柄であったが、乞食となって漂の旅
    を続けた。芭蕉に師事。

出典・・歌集「猿蓑」。


*************** 名歌鑑賞 *****************


住の江の 岸のひめまつ ふりにけり いづれの世にか
種はまきけむ
                  源実朝

(すみのえの きしのひめまつ ふりにけり いずれの
 よにか たねはまきけむ)

意味・・住之江の岸の姫松は古びてしまった。いつの世に
    種を蒔いたのだろう。

    昔は細くか弱かった松だったのだろうが、今は大
    きく立派な松になっていることだ。

 注・・住の江=大阪市住吉区一帯。海の面した松原の続
     く景勝地。
    ひめまつ=姫松。小さな松。

作者・・源実朝=みなもとのさねとも。1192~1219。28才。
    12歳で三代大将軍となる。甥の公暁に暗殺された。

出典・・金槐和歌集・589。


***************** 名歌鑑賞 *****************


ふしわびぬ 霜さむき夜の 床はあれて 袖にはげしき
山おろしの風
                                              後醍醐天皇

(ふしわびぬ しもさむきよの とこはあれて そでに
 はげしき やまおろしのかぜ)

意味・・寝ようとしも寝られない。霜の降りた寒い夜の床は
    荒廃している上、その床の上にかけている衣の袖に
    吹き付ける激しい山おろしの風のなんと冷たいこと
    か。

    足利尊氏の軍に追われ、吉野に逃げて仮住居に一人
    でこもって詠んだ歌です。山から吹き降ろす風の冷
    たさ寒さはすさまじく、眠ろうにも眠れない状態で
    す。その上心を重くしているのが都を追われている
    苦悩です。

 注・・ふし=臥し。体を横たえる、寝る。
    わびぬ=途方にくれて困る。
    あれて=荒れて。建物などが荒廃する。

作者・・後醍醐天皇=ごだいごてんのう。1288~1339。第
    96代天皇。足利尊氏の反逆で吉野に逃げる。南朝
    の天皇。元弘の乱に敗れ隠岐へ配流。

出典・・新葉和歌集。


***************** 名歌鑑賞 ******************


思ひ遣る すべの知らねば 片垸の 底にぞ我は
恋成りにける
                 粟田女娘子

(おもいやる すべのしらねば かたもいの そこにぞ
 われは こいなりにける)

詞書・・粟田女娘子、大伴家持に贈る歌。

意味・・私、あなたを恋してしまったんです。その気持ちを
    あなたが察して下さらないので、とても寂しく憂鬱
    なんです。胸の思いを晴らす手立ても分からないま
    まに、片垸(かたもい)ならぬ「片思い」のどん底で、
    私は恋する人として沈んでいます。

    家持に土をこねて作った蓋のない茶碗に、この歌を
    描いて贈った歌です。

 注・・思ひ遣る=心を慰める、憂いを晴らす。
    片垸(かたもい)=垸は土で作った茶碗。片垸は蓋の
     ない茶碗。「片思い」を掛ける。

作者・・粟田女娘子=あわたのめおとめ。伝未詳。

出典・・万葉集・707。


**************** 名歌鑑賞 ****************


二十四に 成れば男と わが言ひし 弟の片頬 
よく父に似る
                 与謝野晶子

(二十四に なればおとこと わがいいし おとうとの
 かたほお よくちちににる)

意味・・二十四歳なのだから、もう一人前の男なのですよ、
    と私が言った弟。その弟の横顔は亡くなった父に
    そっくりなのです。

    ここで歌われている弟は、「君死にたまふなかれ」
    で知られる晶子の弟です。

    参考です。

「君死にたまふなかれ」  与謝野晶子

あゝおとうとよ、君を泣く   
君死にたまふことなかれ
末に生まれし君なれば
親のなさけはまさりしも
親は刃をにぎらせて
人を殺せとをしへしや
人を殺して死ねよとて
二十四までをそだてしや

堺の街のあきびとの
旧家をほこるあるじにて
親の名を継ぐ君なれば
君死にたまふことなかれ
旅順の城はほろぶとも
ほろびずとても何事ぞ
君は知らじな、あきびとの
家のおきてに無かりけり

君死にたまふことなかれ
すめらみことは戦ひに
おほみずから出でまさね
かたみに人の血を流し
獣の道で死ねよとは
死ぬるを人のほまれとは
おほみこころのふかければ
もとよりいかで思されむ

あゝおとうとよ戦ひに
君死にたまふことなかれ
すぎにし秋を父ぎみに
おくれたまへる母ぎみは
なげきの中にいたましく
わが子を召され、家を守り
安しときける大御代も
母のしら髪はまさりぬる

暖簾のかげに伏して泣く
あえかにわかき新妻を
君わするるや、思へるや
十月も添はで 別れたる
少女ごころを思ひみよ
この世ひとりの君ならで
ああまた誰をたのむべき
君死にたまふことなかれ

意味
ああ弟よ、あなたのために泣いています。
弟よ、死なないで下さい。
末っ子に生まれたあなただから
親の愛情は(他の兄弟よりも)たくさん受けただろうけど
親は刃物を握らせて
人を殺せと(あなたに)教えましたか?(そんなはずないでしょう。)
人を殺して自分も死ねといって
(あなたを)24歳まで育てたのでしょうか?(そんなはずないでしょう。)

堺の街の商人の
歴史を誇る家の主人で
親の名前を受け継ぐあなたなら
(どうか)死なないで下さい。
旅順の城が陥落するか
陥落しないかなんてどうでもいいのです。
あなたは知らないでしょうが、商人の
家の掟には(人を殺して自分も死ねという項目など)ないのですよ。

弟よ、死なないで下さい。
天皇陛下は戦争に
ご自分は出撃なさらずに
互いに人の血を流し
「獣の道」に死ねなどとは、
それが人の名誉などとは
(天皇陛下は)お心の深いお方だから
そもそもそんなことをお思いになるでしょうか。(そんなはずないでしょう。)

ああ弟よ、戦争なんかで
(どうか)死なないで下さい。
この間の秋にお父様に
先立たれたお母様は
悲しみの中、痛々しくも
我が子を(戦争に)召集され、家を守り
安泰と聞いていた天皇陛下の治める時代なのに
(苦労が重なったせいで)お母様の白髪は増えています。

暖簾の陰に伏して泣いている
か弱くて若い新妻を
あなたは忘れたのですか?それとも思っていますか?
10ヵ月も一緒に住まないで別れた
若い女性の心を考えてごらんなさい。
この世であなたは1人ではないのです。
ああ、また誰を頼ったらよいのでしょう。
(とにかく)弟よ、死なないで下さい。

作者・・与謝野晶子=よさのあきこ。1878~1942。堺
         女学校卒。与謝野鉄幹と結婚。「明星」の花形
    となる。


*************** 名歌鑑賞 **************

ゆく年や膝と膝とをつき合わせ
                   夏目漱石

(ゆくとしや ひざとひざとを つきあわせ)

意味・・今年も残り少なくなった。一年を振り返ると
    私たちは、心を許し親しく接する間柄であっ
    た。今、くる年に向かって語り合っている。
    次の一年もこうありたいものだ。

    心の通い合う人間関係、いいなあ。

作者・・夏目漱石=なつめそうせき。1867~1916。
    東大英文科卒。小説家。

出典・・大高翔著「漱石さんの俳句」。


*************** 名歌鑑賞 ***************


鈴が音の 早馬駅家の 堤井の 水を給へな 
妹が直手よ
               作者未詳

(すずがねの はゆまうまやの つつみいの みずを
 たまえな いもがただてよ)

意味・・鈴の音の鳴る宿場の湧き井戸の水をいただ
    きたいなあ。あの娘の手からじきに。

 注・・鈴が音の=早馬駅家の枕詞。「鈴」は駅馬
     につけられた駅鈴。
    早馬駅家=「早馬・はゆま」は「はやうま」
     の約。官吏の乗用のため駅に備えられて
     いた。「駅家」はその公用にの馬を置く
     駅舎。
    堤井=湧水を囲んで作った水飲み場。
    給へな=飲む・食うの謙譲語。いただく。
    直手よ=手から直接に。「よ」は手段を表
     す助詞、・・から。
 
出典・・万葉集・3439。


**************** 名歌鑑賞 ****************


わが袖に 霰た走る 巻き隠し 消たずてあらむ
妹が見むため
               柿本人麻呂

(わがそでに あられたばしる まきかくし けたずて
 あらん いもがみんため)

意味・・私の袖に霰がパラパラパラッと音をたてて飛び
    はねるように降って来る。袖で包み隠し、消さ
    ないようにしておこう。そして、この美しい霰
    の玉をあの子に見せてやろう。

作者・・柿本人麻呂=かきのもとひとまろ。生没未詳。
    奈良遷都(710)頃の人。舎人(とねり・官の名称)
    として草壁皇子、高市皇子に仕えた。

出典・・万葉集・2312。


*************** 名歌鑑賞 ***************


身をつめば 哀れとぞ思ふ 初雪の ふりぬることを
誰に言はまし
                 右近 

(みをつめば あわれとぞおもう はつゆきの ふりぬる
 ことを たれにいわまし)

意味・・我が身を抓(つね)って、しみじみと年を重ねた
    事を悲しく思う。初雪が降りましたよ、来てご
    らんになりませんか、と誘いたいものの、古く
    なって容色も衰えた私などを、もはや誰も見向
    いてくれそうもない。

 注・・つめば=つねると。
    ふり=「古り」と「降り」を掛ける。

作者・・右近=うこん。生没年未詳。940年頃活躍した
     女官。

出典・・後撰和歌集・1068。

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