名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2017年01月


**************** 名歌鑑賞 ***************


我が命の 全けむ限り 忘れめや いや日に異には
思ひ増すとも          
                笠女郎

(わがいのちの またけんかぎり わすれめや いやひに
 けには おもいますとも)

意味・・私がこの世に生きている限り、あの方を
    忘れる事があろうか。日増しにますます
    恋しさの募ってゆく事はあっても。

 注・・全けむ限り=無事である限り。
    いや日に異(け)に=日増しに、日毎に。

作者・・笠女郎=かさのいらつめ。生没年未詳。
    奈良時代の女流歌人。

出典・・万葉集・595。


**************** 名歌鑑賞 ***************


面影を 忘れむと思ふ 心こそ 別れしよりも
悲しかりけり
               藤原実 

(おもかげを わすれんとおもう こころこそ わかれし
 よりも かなしかりけり)

意味・・辛い事なので、もう思い出すまい忘れようと思う
    心、その方の心が忘れないでいるよりはかえって
    物思いの種である。

    俤(おもかげ)の忘れる事の出来ない別れ、それ
    を思い出す事の辛さより、それを忘れようとす
    る辛さを詠んだ歌です。

 注・・別れ=恋人との別れ、子供との死別・・・。

作者・・藤原実=ふじわらのみのる。伝未詳。

出典・・続拾遺和歌集。


***************** 名歌鑑賞 *****************


何をあてに 息つきあへず 登るぞと あざみし人の
逝きて久しも
                  坪内逍遥 

(なにをあてに いきつきあえず のぼるぞと あざみし
 ひとの ゆきてひさしも)

詞書・・二葉四迷を憶(おも)ふ。

意味・・「あなたは何故、息を喘(あえ)ぎながら、そのような
    峻(けわ)しい山に登るのか」と呆れて言っていたが、
    その人はもう亡くなって久しいが、言っていた言葉が
    思い出されて忘れられない。

    没後22年の二葉亭四迷を追憶して詠んだ歌です。

 注・・息つきあへず=息をこらえきれない。
    あざみし=浅みし。意外さに驚く、あきれる。
    逝きて久しも=45歳で没後、22年過ぎる。

    二葉亭四迷=1864~1909。作家。「浮雲」「当世書
     生気質」。

作者・・坪内逍遥=つぼうちしょうよう。1859~1935。東大
    政経学部卒。近代文学の先駆者。シェークスピアの翻
    訳をする。

出典・・「歌・俳集」(東京堂出版「現代短歌鑑賞事典」)


**************** 名歌鑑賞 ***************


玉まきし 垣根の真葛 霜枯れて さびしく見ゆる
冬の山里
                西行
 
(たままきし かきねのまくず しもかれて さびしく
 みゆる ふゆのやまざと)

意味・・玉のように先端を巻いて茂っていた垣根の真葛
    が、霜にあたって枯れてしまい、人目も草も枯
    れはて、まことに寂しく見える冬の山里である。

    参考歌です。

   「山里は 冬ぞ寂しさ まさりける 人目も草も
    かれぬと思へば」   (意味は下記参照)

 注・・真葛=「真」は美称の接頭語。「葛」は豆科の
     つる性の植物。秋の七草のひとつ。

作者・・西行=さいぎょう。1118~1190。俗名佐藤義清。
    諸国を行脚する。

出典・・山家集・515。

参考歌です。

山里は 冬ぞさびしさ まさりける 人目も草も 
かれぬと思へば
                 源宗于
        
(やまざとは ふゆぞさびしさ まさりける ひとめも
 くさも かれぬとおもえば)
 
意味・・山里はいつでも寂しいものだが、とりわけ冬に
    なり寂しさが増して来たことだ。春の花、秋の
    紅葉を訪れた人目も、見るもののない冬には離
    (か)れ、わずかに目を慰めてくれた草も枯れて
    しまった、と思うと。

    山里に住む人の心で、初冬の感じを詠んでいま
    す。寂しい山里に住んできて、春や秋には人目
    もあったが、その人目も冬には絶える人事の上
    での寂しさ、草も枯れてしまう自然の上での寂
    しさ、それにこれからの長いひと冬を寂しさの
    中に住むことを思う、心情での寂しさ、これら
    を重ねたものです。

 注・・人目=人の訪れ、出入り。
    かれぬ=人目も離(か)れと草木が枯れを掛けて
     いる。

作者・・源宗于=みなもとのむねゆき。~939年没。正
    四位下・右京大夫。三十六歌仙のひとり。

出典・・古今集・315、百人一首・28。


***************** 名歌鑑賞 *****************


凡ならば かもかもせむを 畏みと 振りたき袖を
忍びてあるかも
                 児島

(おおならば かもかもせんを かしこみと ふりたき
 そでを しのびてあるかも)

意味・・あなた様が並みのお方であったら、別れを惜しんで
    あれこれ思いのままに振り舞いたいのですが、皆が
    いるので、畏れ多いと思って、振りたい袖も振らな
    いでじっとこらえている私です。

    太宰帥(だざいのそち)大伴旅人が京に上る時、浮か
    れ女が別れを惜しんだ歌です。
    去る人が貴人なので、身の程をわきまえて、強い惜
    別の思いをこらえた歌です。

 注・・凡(おお)=平凡なさま、普通だ。
    かもかも=どのようにも、ああもこうも。
    畏(しこ)み=恐れ多いと思う。
    太宰帥(だざいのそち)=大宰府の長官。従三位に相
     当。
    浮かれ女=諸国を歩き回って歌舞などの芸や色を売
     る女。遊女。

作者・・児島=こじま。伝未詳。筑紫国(福岡県)の浮かれ女。

出典・・万葉集・965。


*************** 名歌鑑賞 ***************


白玉の 歯にしみとほる 秋の夜の 酒はしづかに
飲むべかりけり
                 若山牧水

(しらたまの はにしみとおる あきのよの さけは
 しづかに のむべかりけり)

意味・・秋の夜を一人静かに酌む酒の味、それは歯に
    しみ通りはらわたにしみわたるような感じが
    して、疲れきった体にも、心にも生気がよみ
    がえって来る。こんな静かな秋の夜の酒は何
    といっても一人静かに飲むに限る。

    秋の夜長、一人静かに酒を飲み、来し方、行
    く末を思い人生を考える。皆で楽しく飲む酒
    もよいが、心を澄まして一人飲む酒はまた格
    別な味がする。

 注・・白玉の=歯の形容で枕詞に近い語。

作者・・若山牧水=わかやまぼくすい。1885~1928。
        早稲田大学卒。尾上柴舟に師事。旅と酒を愛
    す。

出典・・大悟法利雄著「現代短歌鑑賞事典」。


***************  名歌鑑賞 **************


耳に聞き 目に見ることの 一つだに 法の外なる
物やなからむ
                  後水尾院

(みみにきき めにみることの ひとつだに のりの
 ほかなる ものやなからん)

意味・・耳に聞き、目に見ることのうち、一つとして
    仏法の埒外の物はないだろうよ。

    仏教の教えを詠んでいます。世の中の全ては
    因果応報で成り立ち、人間の行為の善悪に応
    じて、それ相応の報いがあるという考えです。

           具体的には 嘘をつけば罰があたる、など。

 注・・法=仏法、仏教。全ての物は因果関係にある
     という教えや無常(全ての物は変化し続ける
     )という教え。

作者・・後水尾院=ごみずおいん。1596~1680。108
    代天皇。

出典・・御着到百首(小学館「近世和歌集」)。


*************** 名歌鑑賞 **************


四十年 ともにすごしし ことごとも 夢みる如く
ここに終りぬ
                  林圭子 

(よんじゅうねん ともにすごしし ことごとも ゆめ
 みるごとく ここにおわりぬ)

詞書・・誕生日。

意味・・かえりみて四十年ともに生活した思い出は、
    夢を見るようにあっけなく過ぎ去って行く。
    彼の誕生日の今日、ともに過ごした事を思
    い出した寂しい日はここに終わった。

    夫が亡くなった翌年の彼の誕生日に、思い
    出を詠んだ歌です。

作者・・林圭子=はやしけいこ。1896~1989。窪田
    空穂の妻。跡見女学校卒。

出典・・歌集「ひくきみどり」(東京堂出版「現代
    短歌鑑賞事典」)


**************** 名歌鑑賞 ***************


ふるさとの蟹の鋏の赤いこと        
                    山頭火
    
(ふるさとの かにのはさみの あかいこと)

意味・・流浪の旅から戻り、故郷に入って先ず目につい
    た蟹だか、この蟹の鋏の何と赤いことだろう。
    何と美しいことだろうか。一味違って見えてく
    る。

    心情のこだわりから故郷を出たものの、久し振
    りに帰って来た故郷はやはり懐かしい。温かく
    感じられる。小川で遊んで取っていた蟹もやさ
    しい目で迎えてくれた。故郷はいいものだ。

作者・・山頭火=さんとうか。種田山頭火。1882~1940。
     母と弟の自殺、家業の酒造業の失敗などの
     不幸が重なり出家。禅僧として行乞流転の
     旅を送る。荻原井泉水の「層雲」に出句活躍。

出典・・金子兜太「放浪行乞・山頭火120句」。


**************** 名歌鑑賞 ****************


みちとほし 腰はふたへに かがまれり つえにすがりてぞ
ここまでもくる
                   源実朝

(みちとおし こしはふたえに かがまれり つえに
 すがりてぞ ここまでもくる)

意味・・ここまでの道が遠く感ぜられました。腰は二重に
    曲がってしまいました。杖にすがってようやくこ
    こにやって来ました。

    老人の立場になって詠んでいます。背後に老人を
    哀れ慈(いつく)しむ気持ちがあります。

    こんな老人にも出来るのに私も出来ない事は無い。

 注・・かがまれり=屈まれり。かがむ、腰が曲がる。

作者・・源実朝=みなもとのさねとも。1192~1219。28歳。
    12歳で征夷大将軍になる。甥の公暁に鶴岡八幡宮
    で暗殺された。

出典・・金槐和歌集・598。

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