名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2017年04月


**************** 名歌鑑賞 ****************


藤波の 花は盛りに なりにけり 奈良の都を 
思ほすや君
                大伴四綱

(ふじなみの はなはさかりに なりにけり ならの
 みやこを おもおすやきみ)

意味・・ここでは藤の花が満開になりました。奈良の都を
    懐かしんでいらっしゃいますか、あなたも。

    大宰府の長官である大伴旅人に歌いかけたもので
    す。美しく咲いた藤の花を見て、

   「あおによし奈良の都は 咲く花のにほふがごとく
    今盛りなり」の奈良の都を思い出しています。

   (奈良の都は、咲いている花が色美しく映えるよう
    に、今や真っ盛りである)

 注・・藤波=藤の花。花房を波に見立てた語。
     
作者・・大伴四綱=おおとものよつな。生没年未詳。大宰
    府の防人司の長官。

出典・・万葉集・330。


*************** 名歌鑑賞 ***************


古に 恋ふらむ鳥は ほととぎす けだしや鳴きし 
我が念へるごと
                額田王

(いにしえに こうらんとりは ほととぎす けだしや
 なきし わがもえるごと)

意味・・昔を恋い慕っているという鳥のほととぎすよ。
    おまえは、私と同じように、はるか遠い昔を
    偲んで、悲しい声で鳴いているのだろうね。

 注・・らむ=・・ということであるが、さぞかしそ
     うであろう。
    けだし=おそらく、たぶん、まさしく。

作者・・額田王=ぬかたのおおきみ。生没年未詳。天
    武天皇の妃。

出典・・万葉集・112。


**************** 名歌鑑賞 **************


幸はひの いかなる人か 黒髪の 白くなるまで 
妹が声を聞く
                作者未詳

(さいわいの いかなるひとか くろかみの しろく
 なるまで いもがこえきく)

意味・・この世でどんな幸いに恵まれた人であろうか。
    黒髪が白くなるまで妻の声を聞くとは。

    夫婦とも白髪の人を幸せだなあと羨(うらや)
    む形で妻の死を嘆いています。

出典・・万葉集・1411。


***************** 名歌鑑賞 ***************


ただひとり 吾より貧しき 友なりき 金のことにて
交り絶てり
                  土屋文明

(ただひとり われよりまずしき ともなりき かねの
 ことにて まじわりたてり)

意味・・ただ一人だけ自分よりも貧しい友であった。その
    友とも、金銭のことが原因となっていつしか友情
    を絶ってしまった。

    あの時お金を貸してやれば良かったと思う。自分
    も貧しくて貸せなかったのだが、なんとか余裕が
    出来た現在、ふとそのことが思い出される。

作者・・土屋文明=つちやぶんめい。1890~1990。東大
            卒。明治大学教授。

出典・・歌集「往還集」(短歌新聞社「土屋文明の秀歌」)


***************** 名歌鑑賞 *****************


君がよりし 藤棚の陰に 霜葉落ち 君が見し水は
流れゆくなり
                 川田順

(きみがよりし ふじただなのかげに しもばおち きみが
 みしみずは ながれゆくなり)

意味・・あなたが寄りかかっていた藤棚の季節もさり、今は
    そのかげに霜葉も散って、あなたが見ていた川の水
    は、思い出をのせて流れている。

    親たちに反対された恋は実らなかったけれど、楽し
    かった恋の思い出は心に焼き付けられ、いつまでも
    生き続けているのであった。

 注・・霜葉=霜に打たれた葉。

作者・・川田順=かわたじゅん。1882~1966。東大法科卒。
    佐々木信綱に師事。

出典・・歌集「伎芸天」(桜楓社「現代名歌鑑賞事典」)


****************** 名歌鑑賞 ***************


ためらいも なく花季となる      黄薔薇 何を恐れつつ
吾は生き来し
                  尾崎左永子

(ためらいも なくかきとなるか きしょうぶ なにを
 おそれつつ われはいきこし)

意味・・咲けば散るのが花の運命だけれど、黄色のバラは、
    何ためらう事もなく、おのれの生を全うしている。
    散るのが怖くては咲けない・・と。私はバラに励
    まされて生きているのだ。

    離婚後に詠んだ歌です。
    
作者・・尾崎左永子=おざきさえこ。1927~ 。東京女子
    大卒。佐藤佐太郎に師事。

出典・・歌集「さるびあ街」(俵万智著「あなたと読む恋の
    歌百首」)


**************** 名歌鑑賞 **************** 


さくらばな 花体を解きて 人のふむ こまかき砂利に
交りけるかも
                  岡本かの子

(さくらばな かたいをときて ひとのふむ こまかき
 じゃりに まじりけるかも)

意味・・満開の桜も季(とき)の推移によりまるで身を解体
    していくように、一片一片の花びらとなっていく。
    それも人々が踏みしだいて通る砂利道の、砂利と
    一緒に踏まれながら混じっていくのだ。

    大地から生まれた華麗な花の命が、非情にも砂利
    の中にまぎれこんで、花では無くなってゆくその
    姿を見つめ、その過程を通して、自分の元気な若
    かりし頃と違って、病魔に苦しめられている現在
    の生への現実を冷静に見つめています。
    
作者・・岡本かの子=おかもとかのこ。1889~1939。跡
    見女学校卒。小説家・歌人。芸術家岡本太郎の母。

出典・・桜楓社「現代名歌鑑賞事典」。


**************** 名歌鑑賞 ****************


月もなほ おなじ光にて 澄むものを いかに変われる
我が身なるらん
                  宗尊親王

(つきもなお おなじひかりにて すむものを いかに
 かわれる わがみなるらん)

意味・・空を仰ぎ見ると、14年前と同じように月は美しく
    澄んでいる。所がこの私は14年前とは全く反対に
    鎌倉から京へと囚人同様に護送されていく。あの
    時の華やかさと比べると、今のこの惨めさはどう
    いうことだろうか。悔しく、また嘆かわしいこと
    である。

    14年前、11歳の宗尊親王は征夷大将軍として、華
    やかな礼服を着込み、大勢の供を従えて威風堂々
    と鎌倉に迎えられたのであった。所が14年後には、
    鎌倉幕府の執権者・北条宗時によって征夷大将軍
    を辞任させられる運命となった。辞任は、成長し
    北条氏の意のままに動かなくなったので嫌われ追
    放されたもので、この時に詠んだのが上の歌です。

作者・・宗尊親王=むねたかしんのう。1241~1274。後
            嵯峨天皇の第一皇子。

出典・・後藤安彦「日本史群像」。


*************** 名歌鑑賞 ***************


何ごとも 皆昔とぞ なりにける 花に涙を
注ぐ今日かも
                良寛

(なにごとも みなむかしとぞ なりにける はなに
 なみだを そそぐきょうかも)

意味・・何事も全て、みな昔のこととなってしまった。
    あなたと一緒に見て楽しんだ花を前にして、
    涙を流す今日である。

    花好きの知人が亡くなって詠んだ歌です。
    花が好きなため、お寺の梅の木を掘って盗も
    うとして捕まった。その後村人からは花盗人
    と後ろ指を指されるようになった。彼はその
    辛い思いで生きてきたのだが亡くなった。可
    哀そうな生き方をした人であった。今ではそ
    れも昔のこととなってしまった。

作者・・良寛=りょうかん。1758~1831。

出典・・谷川俊朗著「良寛全歌集」。


***************** 名歌鑑賞 ***************


ひと夜さに 嵐来たりて 築きたる
この砂山は
何の墓ぞも
                   石川啄木

(ひとよさに あらしきたりて きずきたる このすな
 やまは なんのはかぞも)

意味・・嵐がやって来て、ひと夜のうちに浜辺にこんな
    砂山を築き上げたが、この砂山は、まあいった
    い何の墓なのか。・・・私の果たせなかった大
    望を葬った墓か、それとも、過ぎ去った恋の墓
    なのか。
    
    「何の墓ぞも」に啄木の憂鬱が隠されている。
    創作活動だけでは生活が出来ない事、そのため
    大望の夢を果たしえない絶望感であり、苦しみ
    の歌です。

 注・・ぞも=詠嘆を含む疑問を表す語。「何」という
     ように疑問の語に伴って用いられる。(何の
     墓)であるのかなあ。

作者・・石川啄木=いしかわたくぼく。1886~1912。
     26歳。盛岡尋常中学校中退。与謝野夫妻に師事
    するために上京。

出典・・歌集「スバル」(玉木徹著「石川啄木の秀歌」)

このページのトップヘ