名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2017年04月


****************** 名歌鑑賞 ***************


ためらいも なく花季となる      黄薔薇 何を恐れつつ
吾は生き来し
                  尾崎左永子

(ためらいも なくかきとなるか きしょうぶ なにを
 おそれつつ われはいきこし)

意味・・咲けば散るのが花の運命だけれど、黄色のバラは、
    何ためらう事もなく、おのれの生を全うしている。
    散るのが怖くては咲けない・・と。私はバラに励
    まされて生きているのだ。

    離婚後に詠んだ歌です。
    
作者・・尾崎左永子=おざきさえこ。1927~ 。東京女子
    大卒。佐藤佐太郎に師事。

出典・・歌集「さるびあ街」(俵万智著「あなたと読む恋の
    歌百首」)


**************** 名歌鑑賞 **************** 


さくらばな 花体を解きて 人のふむ こまかき砂利に
交りけるかも
                  岡本かの子

(さくらばな かたいをときて ひとのふむ こまかき
 じゃりに まじりけるかも)

意味・・満開の桜も季(とき)の推移によりまるで身を解体
    していくように、一片一片の花びらとなっていく。
    それも人々が踏みしだいて通る砂利道の、砂利と
    一緒に踏まれながら混じっていくのだ。

    大地から生まれた華麗な花の命が、非情にも砂利
    の中にまぎれこんで、花では無くなってゆくその
    姿を見つめ、その過程を通して、自分の元気な若
    かりし頃と違って、病魔に苦しめられている現在
    の生への現実を冷静に見つめています。
    
作者・・岡本かの子=おかもとかのこ。1889~1939。跡
    見女学校卒。小説家・歌人。芸術家岡本太郎の母。

出典・・桜楓社「現代名歌鑑賞事典」。


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月もなほ おなじ光にて 澄むものを いかに変われる
我が身なるらん
                  宗尊親王

(つきもなお おなじひかりにて すむものを いかに
 かわれる わがみなるらん)

意味・・空を仰ぎ見ると、14年前と同じように月は美しく
    澄んでいる。所がこの私は14年前とは全く反対に
    鎌倉から京へと囚人同様に護送されていく。あの
    時の華やかさと比べると、今のこの惨めさはどう
    いうことだろうか。悔しく、また嘆かわしいこと
    である。

    14年前、11歳の宗尊親王は征夷大将軍として、華
    やかな礼服を着込み、大勢の供を従えて威風堂々
    と鎌倉に迎えられたのであった。所が14年後には、
    鎌倉幕府の執権者・北条宗時によって征夷大将軍
    を辞任させられる運命となった。辞任は、成長し
    北条氏の意のままに動かなくなったので嫌われ追
    放されたもので、この時に詠んだのが上の歌です。

作者・・宗尊親王=むねたかしんのう。1241~1274。後
            嵯峨天皇の第一皇子。

出典・・後藤安彦「日本史群像」。


*************** 名歌鑑賞 ***************


何ごとも 皆昔とぞ なりにける 花に涙を
注ぐ今日かも
                良寛

(なにごとも みなむかしとぞ なりにける はなに
 なみだを そそぐきょうかも)

意味・・何事も全て、みな昔のこととなってしまった。
    あなたと一緒に見て楽しんだ花を前にして、
    涙を流す今日である。

    花好きの知人が亡くなって詠んだ歌です。
    花が好きなため、お寺の梅の木を掘って盗も
    うとして捕まった。その後村人からは花盗人
    と後ろ指を指されるようになった。彼はその
    辛い思いで生きてきたのだが亡くなった。可
    哀そうな生き方をした人であった。今ではそ
    れも昔のこととなってしまった。

作者・・良寛=りょうかん。1758~1831。

出典・・谷川俊朗著「良寛全歌集」。


***************** 名歌鑑賞 ***************


ひと夜さに 嵐来たりて 築きたる
この砂山は
何の墓ぞも
                   石川啄木

(ひとよさに あらしきたりて きずきたる このすな
 やまは なんのはかぞも)

意味・・嵐がやって来て、ひと夜のうちに浜辺にこんな
    砂山を築き上げたが、この砂山は、まあいった
    い何の墓なのか。・・・私の果たせなかった大
    望を葬った墓か、それとも、過ぎ去った恋の墓
    なのか。
    
    「何の墓ぞも」に啄木の憂鬱が隠されている。
    創作活動だけでは生活が出来ない事、そのため
    大望の夢を果たしえない絶望感であり、苦しみ
    の歌です。

 注・・ぞも=詠嘆を含む疑問を表す語。「何」という
     ように疑問の語に伴って用いられる。(何の
     墓)であるのかなあ。

作者・・石川啄木=いしかわたくぼく。1886~1912。
     26歳。盛岡尋常中学校中退。与謝野夫妻に師事
    するために上京。

出典・・歌集「スバル」(玉木徹著「石川啄木の秀歌」)

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