名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2017年06月


**************** 名歌鑑賞 ***************


思ひわび さても命は あるものを 憂きに堪えぬは
涙なりけり
                 道因法師

(おもいわび さてもいのちは あるものを うきに
 たえぬは なみだなりけり)

意味・・思い悩んで、それでも命は堪えて生きながらえて
    いるのに、憂きことに堪えられずこぼれ落ちるの
    は涙なのである。

    「思ひわび」も「憂き」も恋に悩むつらさを言っ
    ています。意志力でどうにでもなりそうな涙なの
    にそれが意のままにならない、と言って思いのか
    なわない恋のつらさを強調しています。

    また、この歌は作者の人生そのものに対する述懐
    の歌とみることも出来ます。老境に至った人の心
    の嘆きかも知れません。
  
 注・・思ひわび=恋に悩むつらさ。
             さても=そうであっても、やはり。
    憂き=思うことの叶わないつらさ。恋に悩む辛さ。

作者・・道因法師=どういんほうし。1089~1179頃。

出典・・千載和歌集・817、百人一首・82。


**************** 名歌鑑賞 ***************


寝ても見ゆ 寝でも見えけり 大方は うつせみの世ぞ
夢にはありける
                  紀友則

(ねてもみゆ ねでもみえけり おおかたは うつせみの
 よぞ ゆめにはありける)

詞書・・藤原敏行が死んだ時にその人の遺族に贈った歌。

意味・・寝ても亡き人は夢に見えます。寝なくても面影は
    目に見えます。よく考えてみますと、現実のこの
    世は、夢のようなものと思うのです。

    この世は夢幻だという事を、体験を通じて詠んで
    います。
    眠っている時も起きている時も、変わる事無く亡
    き友の面影が見えて来る。すでに、現実の人では
    ないと思うと、現実に生きている者も、また同じ
    く夢の中の存在だと思われてくる心です。

 注・・大方は=たいていの場合は。一般的には。
    藤原敏行=「秋来ぬと目にはさやかに見えねども
     風の音におどろかれぬる」と詠んだ歌人。

作者・・紀友則=きのとものり。907年頃没。古今和歌集
    の撰者の一人。

出典・・古今和歌集・833。


**************** 名歌鑑賞 ***************


生きて我 還らざらむと、うたひつつ、兵を送りて
家に入りたり
                  釈迢空

(いきてわれ かえらざらんと、うたひつつ、へいを
 おくりて いえにはいりたり)

意味・・「生きて我還らざらん」などと軍歌を歌いながら、
    戦場に出征する兵士を駅頭に見送って、家まで帰
    りついた。心が重いことだ。

    時局はまさに戦争拡大へと向かって、暗く重苦
    しい情勢は日増しに強くなりつつある昭和12年
    に詠まれた歌です。「生きて我還らざらん」と
    壮行の軍歌を歌いながら戦場に行った兵士を思
    う時、作者の心を責めるものがあり、同時に世
    をあげてそのような雰囲気を漂わせている周囲
    に、憂いの思いを歌っています。

 注・・生きて我還らざらんと=自分は生きたまま再び
     この故国には戻るまい。これは当時出征兵士
     を送る際に必ず歌われた歌です。

作者・・釈迢空=しやくちょうくう。1887~1953。本名
    折口信夫。国学院大学卒。古典学者・民俗学者。

出典・・学灯社「現代短歌鑑賞」。


**************** 名歌鑑賞 ***************


命はも 淋しかりけり 現しくは 見がてぬ妻と
夢にあらそふ
                    明石海人
 
(いのちはも さびしかりけり うつしくは みがてぬ
 つまと ゆめにあらそう)

意味・・私は何とも言い得えないほど侘(わび)しいもの
    だ。現実には逢えない妻と夢で逢えたというの
    に、その夢はいさかいの夢だったのだ。

    昭和10年頃の当時はハンセン病は不治の病と言
    われ、その療養所の中で詠んだ歌です。
    仲睦まじく暮らしていた妻、もう逢う事の出来
    ない妻、その妻の夢が、あらそいの夢だったと
    は、淋しいものだ。

 注・・はも=上接する語を特に強くとりたてて示す語。

作者・・明石海人=あかしかいと。1901~1939。本名は
     野田勝太郎。会社勤めの後、ハンセン病の為、
     長島愛生園で一生を終える。

出典・・歌集「白描」。


**************** 名歌鑑賞 ***************


野毛山の 異人屋敷に 小米花 まばらに散りて
夏さやかなり
               太田水穂

(のげやまの いじんやしきに こごめばな まばらに
 ちりて なつさやかなり)

意味・・野毛山の赤い煉瓦の異人屋敷に、雪のように
    白い小米花がまばらに散り敷いていて、いよ
    いよ本格的な夏に入ろうとしている。

    異人屋敷の庭にひっそりと雪柳の花が散り敷
    いている。雨の中で白く咲いていた雪柳の花
    が、梅雨明けの頃の晴れた日、異人屋敷の赤
    煉瓦のさわやかに眺められる青空の下で点々
    とこぼれ散っている。それを眺めていると、
    しみじみ夏に入ったことが感じられて来る。

 注・・野毛山=横浜市中央の台地。港を俯瞰する景
     勝地にあり外人の邸宅が多かった。治外法
     権であった。
    異人屋敷=洋風の建物で赤い煉瓦造りが多か
     った。
    小米花=雪柳。バラ科の落葉灌木。晩春初夏
     に白い花を咲かせる。花がいっぱい散った
     あとの地面も雪がパラパラと 積もったよ
     うに見える。
    さやか=清か。はっきりして清らか。
    夏さやか=初夏になった。真夏を想像しては
     いけない。

作者・・太田水穂=おおたみずほ。1876~1955。長野
    師範卒。

出典・・学灯社「現代短歌評釈」。

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