名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2017年07月


**************** 名歌鑑賞 ****************


鳴き交わす こえ聴きをれば 雀らの 一つ一つが
別のこと言う
                  明石海人

(なきかわす こえききおれば すずめらの ひとつ
 ひとつが べつのこという)

意味・・病室から外に注意を払っていると、雀が飛んで
    来てピョンピョン跳ねながらチュンチュンと鳴
    いている。鳴き声を聴いているとそれぞれ違っ
    ていて、あたかも私に何か話掛けているように
    聞こえて来る。

    ハンセン氏病が進行して目が見えなくなり、そ
    の上呼吸困難のため、喉に吸気管を付けている
    状態です。ベットに静かに寝ていて外の様子を
    想いながら詠んだ歌です。

作者・・明石海人=あかしかいじん。1901~1939。ハン
    セン氏病を患い岡山県の愛生園で療養。手指の
    欠損、失明、喉に吸気管を付けた状態で歌集「
    白描」を出版。

出典・・歌集「白描」。


**************** 名歌鑑賞 ***************


樫の実の ただ一人子に 捨てられて わが身はかげと
なりにしもの
                  良寛

(かしのみの ただひとりごに すてられて わがみは
 かげと なりにしものを)

意味・・ただ一人の子供に先立たれて、私の身は魂の
    抜け殻となり、影法師のようになってしまっ
    たことだ。

    疱瘡で亡くなった子の親に代わって詠んだ歌
    です。

 注・・樫の実の=「一人」の枕詞。
    捨てられ=見捨てる、先立たれる。
    かげ=影法師、中身のない魂の抜け殻。

作者・・良寛=りょうかん。1758~1831。

出典・・谷川俊朗著「良寛全歌集」。


***************** 名歌鑑賞 ******************


夏陰の 妻屋の下に 衣裁つ吾妹 うら設けて 吾がため裁たば
やや大に裁て
                    柿本人麻呂

(なつかげの つまやのもとに きぬたつわぎも うらまけて 
 わがためたたば ややおおにたて)

意味・・夏の木陰の妻屋の陰で衣を裁っている娘さんよ、
    この私のため、という心づもりで裁っているの
    なら、ややゆったりと裁っておくれ。

    五七七五七七からなる旋頭歌です。

 注・・妻屋=母屋の脇に建てた別棟の家。
    吾妹(わぎも)=男性が妻や恋人を親しんで呼ぶ語。
    うら設(ま)けて=心に思い設けて。心積りする。

作者・・柿本人麻呂=かきのもとひとまろ。生没未詳。奈
    良遷都(710)頃の人。舎人(とねり・官の名称)とし
    て草壁皇子、高市皇子に仕えた。

出典・・万葉集・1278。


**************** 名歌鑑賞 ****************


かたはらに おく幻の 椅子一つ あくがれて待つ
夜もなし今は
                大西民子

(かたわらに おくまぼろしの いすひとつ あくがれて
 まつ よもなしいまは)

意味・・自分のかたわらにおく幻の椅子が見える。そこ
    には誰も座っていない。かってはその椅子に座
    るべき人、ともに過ごした人を思い描いた。し
    かし、今はもう幻の椅子は空席のまま、あこが
    れて待つ夜もなくなった。

    椅子に座っていた幻の人は夫なのだろうか。

 注・・あくがれて=憧れて。思いこがれて。あこがれ
     て。

作者・・大西民子=おおにしたみこ。1924~1994。奈
    良女子高等師範学校卒。高等女学校教諭。木俣
    修に師事。

出典・・歌集「まぼろしの椅子」(東京堂出版「現代短歌
    鑑賞事典」)


**************** 名歌鑑賞 ****************


草づたふ 朝の蛍よ みじかかる われのいのちを
死なしむなゆめ
                斎藤茂吉

(くさずたう あさのほたるよ みじかかる われの
 いのちを しなしむなゆめ)

意味・・朝の草の上を心ぼそげにはっている蛍よ。おまえ
    はつかの間の命しかもたないはかない存在だが、
    それは私にしても同じことだ。そう思えば今おま
    えを眺めているこの私の命をなんとしても死なせ
    てはならない。必ず活かしてほしいと祈るような
    気持ちになって来る。

 注・・朝の蛍=朝の明るさで光を失っている蛍。

作者・・斎藤茂吉=さいとうもきち。1882~1953。東大
    医学部卒。精神病医。伊藤佐千夫門下。

出典・・歌集「あらたま」(学灯社「現代短歌評釈」)


*************** 名歌鑑賞 **************


眉のごと 雲居に見ゆる 阿波の山 懸けて漕ぐ舟
泊まり知らずも
                 船王

(まゆのごと くもいにみゆる あわのやま かけて
 こぐふね とまりしらずも)

意味・・眉のように横長く遥か彼方に見える阿波の山、
    その阿波の山を目指して漕いで行くあの舟の
    今夜の泊りはいったいどこであろうか。

    難波に行った時に詠んだ歌です。海上の風景
    を大観したものですが、大海の中の一艘の舟
    の今夜泊まる所を心配する中で、自分のおか
    れた運命を重ねています。(藤原仲麻呂の反
    乱に巻き添えになった)
    
 注・・雲居=遠く離れた所。
    阿波の山=難波(大阪)から四国の阿波の山は
     見えないが、西方遥かの海上に見える山を
     そう呼んだもの。
    懸けて=めがけて。命を懸ける、というよう
     に危険を冒す意も含まれている。
    
作者・・船王=ふなのおおきみ。生没年未詳。淳仁(じ
    ゆんにん)天皇の兄。746年太宰帥。隠岐に流
    される。

出典・・万葉集・997。


***************** 名歌鑑賞 *****************


我がやどに 月押し照れり ほととぎす 心あらば今夜
来鳴き響もせ
                   大伴書持

(わがやどに つきおしてれり ほととぎす こころ
 あらばこよい きなきとよもせ)

意味・・我が家の庭に月が隈なく照っている。ホトトギスよ、
    思いやりがあるなら、今宵ここに来て声高く鳴き立
    てておくれ。

    月光に心が引かれて、さらに風情を添えようとホト
           トギスの鳴き声を期したものです。

 注・・押し照れり=くまなく照っている、明るく照っている。

作者・・大伴書持=おおとものふみもち。746年没。家持の弟。

出典・・万葉集・1480。


**************** 名歌鑑賞 ***************


巻向の 山辺響みて 行く水の 水泡の如し 
世の人吾等は
               詠み人知らず

(まきむくの やまべとよみて ゆくみずの みなわの
 ごとし よのひとわれは)

意味・・巻向の山辺を鳴り響かせて流れ行く水の、その
    流れに浮かぶ水の泡の如きものだ。現世に生き
    ている我等は。

    巻向にいた妻が亡くなって無常観をもって偲ん
    だ歌です。

 注・・巻向=現在の奈良県桜井市。

出典・・万葉集1269。


*************** 名歌鑑賞 ***************


その手もて 飯食ふことの 悲しさを 知りにたりける
少年職工
                  窪田空穂

(そのてもて めしくうことの かなしさを しりに
 たりける しょうねんしよっこう)

詞書・・少年の植字職工。

意味・・自分の手で働いて生活することの、いかに難
    しく、つらく、また悲しいものであるかを知
    った少年職工よ。

    自らの手によって生活しなければならなくな
    った時、生きる事のいかに困難であるかを知
    った少年職工の悲哀に心を寄せ、同情してい
    ます。

 注・・悲しさ=肉体的・精神的・物質的な、困難・
     辛苦・悲哀を表した「悲しさ」。
    知りにたりける=「に」も「たり」も完了を
     表す助動詞。「ける」は詠嘆を表す助動詞。

作者・・窪田空穂=くぼたうつほ。1877~1967。早
    稲田大学卒。早稲田大学教授。

出典・・学灯社「現代短歌精講」。


*************** 名歌鑑賞 ***************


星多み 晴れたる空は 色濃くて 吹くとしもなき
風ぞ涼しき
                藤原為子

(ほしおおみ はれたるそらは いろこくて ふく
 としもなき かぜぞすずしき)

意味・・星が沢山出ているので、晴れている空は濃紺の
    色が印象的に感じられ、吹くともなく吹く風が
    まことに涼しい。

    晴れた夜空に星が沢山光っている星空。それを
    仰いでいると微風も吹いていていっそう涼しく
    感じさせています。

 注・・晴れたる空=沢山の星の輝く大空一面という広
     がりを示している。
    吹くとしもなき=涼しさが風によるだけでなく、
     星空全体の感じさせる気分であることを表し
     ている。「し」は上接する語を強調する語。

作者・・藤原為子=ふじわらのためこ。生没年未詳。鎌
    倉中期の歌人。

出典・・ 風雅和歌集・393。

このページのトップヘ