名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2017年07月


**************** 名歌鑑賞 ***************


老いの身の いとはれながら 世にふるも かくこそ有りけれ
さみだれの空
                    萩原宗固

(おいのみの いとわれながら よにふるも かくこそ
 ありけれ さみだれのそら)

意味・・老いさらばえた身が、皆に嫌われながら世間を
    ずっとわたっているが、いやがられながらも長
    々と降り続ける五月雨の空も同じようなものだ
    なあ。
    
 注・・いとはれ=厭はれ。煩(わずら)わしがれて、嫌
     われて。
    ふる=「経る]と「降る」を掛ける。

作者・・萩原宗固=はぎわらそうこ。1703~1784。幕
            府の与力。冷泉為村に師事。

出典・・小学館「近世和歌集」。


**************** 名歌鑑賞 **************


夏草の しげみが下の 埋もれ水 ありと知らせて
ゆくほたるかな
                後村上天皇

(なつくさの しげみがしたの うもれみず ありと
 しらせて ゆくほたるかな)

意味・・夏草の茂みの下に隠れて流れている水の上
    を、ここに隠れ水があると知らせるように、
    飛んで行く蛍よ。

    夏草の茂る野の中に草に隠れた流れがある。
    蛍は水辺を好むのでその流れに沿ってその
    上を飛んで行く。いかにも涼しい感じの情
    景です。涼しくさわやかな気分を蛍を通し
    て詠んでいます。

 注・・埋もれ水=草木などの陰に隠れて人目に触
     れない水。

作者・・後村上天皇=ごむらかみてんのう。1328~
    1368。南朝第二代天皇。

出典・・新葉和歌集。


**************** 名歌鑑賞 ****************


五月雨に 築地くづれし 鳥羽殿の いぬいの池に
おもだかさきぬ
                 与謝野晶子

(さみだれに ついじくずれし とばどのの いぬいの
 いけに おもだかさきぬ)

意味・・鳥羽殿の御殿、そこに巡らせている築地の土塀は、
    降り続く五月雨によって、今は修復されることも
    なく、廃墟同然そこここが破れ崩れたままになっ
    ております。その崩れの隙間から中を垣間見ます
    と、御殿の西北の方角に池が見え、その池には緑
    の葉群のなか点々と真白い小さな面高の花が、五
    月雨に濡れそぼちつつ清楚に寂しげに咲いていま
    した。

    鳥羽天皇の死後、保元の乱が勃発し世は貴族の世
    界から武家の時代に移ってゆく。その時代を想定
    して詠んだもので、人間の栄枯盛衰と自然の不変
    の姿を歌っています。

 注・・築地=どろ土で塗り固め、瓦で屋根をふいた塀。
    いぬい=方角の名、西北。
    おもだか=沢瀉(おもだか)、面高。水面や沼に生
     え、夏に白い三弁花を咲かせる。葉は矢じりの
     形をしている。

作者・・与謝野晶子=よさのあきこ。1878~1942。堺女
            学校卒。与謝野鉄幹と結婚。「明星」の花形とな
    る。

出典・・みだれ髪。


****************** 名歌鑑賞 ******************


ちとせあまり みたびめぐれる ももとせを ひとひのごとく
たてるこのたふ
                     会津八一

(千年余り 三度巡れる 百年を 一日の如く 建てるこの搭)

詞書・・法隆寺五重塔を仰ぎ見て。

意味・・千年に余ること三たびめぐった百年という長い歳月
    を経過して、しかもそれがまるで、一日であったか
    のようにさわやかに立っているこの法隆寺の搭よ。

    1300年の歴史を刻んでいる五重塔であるが、見て来
    た栄枯盛衰は胸に秘めて、さわやかに立っているこ
    の搭よ。

作者・・会津八一=あいづやいち。1881~1956。早大卒。早
    大教授。古代美術研究家。

出典・・吉野秀雄著「鹿鳴集歌解」。


**************** 名歌鑑賞 ****************

天の川 楫の音聞こゆ 彦星と 織女と今夜 逢ふらしも

そむく身は かぢの七葉も かき絶えて けふ手にとらぬ
草の上の露
                   花山院師賢

(そむくみは かじのななはも かきたえて きょう
 てにとらぬ くさのうえのつゆ)

意味・・世にそむく身の自分は、七夕だからといっても
    もう七枚の梶の葉に詩歌を書くこともなくなり、
    七夕の今日だが墨をするための草におく露にも
    手を触れない。

    七夕の時には、芋の葉の露で墨をすり七枚の梶
    の葉に思う事を書いて捧げる風習があったが、
    罪人として流される身としては書くべき事も無
    く、七夕の今日だが露もとることもしない、と
    絶望した気持ちです。歌を詠んで三か月後に世
    を去った。

 注・・かぢの七葉=クワ科の落葉喬木。昔、この葉に
     詩歌を書き織姫星を祭った。「七」は七夕に
     ちなんだもの。
    草の上の露=墨をするための里芋の葉の露。

作者・・花山院師賢=かざんいんもろかた。1301~133
            2。32歳。正二位大納言。鎌倉時代の末期の人。
           北条氏討伐の首謀者として下総に流され間もなく
   没した。

出典・・新葉和歌集。


**************** 名歌鑑賞 ***************


雨ならで もる人もなき 我が宿を 浅茅が原と
見るぞ悲しき
                 徽子女王

(あめならで もるひともなき わがやどを あさじが
 はらと みるぞかなしき)

意味・・雨が漏るほかには、守る人のいない我が家を、
    浅茅が原のように荒れ果てるのを見るのが悲
    しいことだ。

    父の重明親王が亡くなって、邸宅は雨が漏り
    浅茅が生い茂る自邸を見て嘆いた歌です。

 注・・もる=「漏る」と「守る」を掛ける。
    浅茅が原=丈の低いしのだけの生えている原。
     荒廃を表す。

作者・・徽子女王=きしじょおう。929~985。斎宮女
    御と称される。父は後醍醐天皇の大4皇子の
    重明親王。

出典・・拾遺和歌集・1204。


**************** 名歌鑑賞 ****************


母にそひ いまはたなにか 思ふべき 今日は紫蘇つみ
梅実つけにけり
                  潮みどり

(ははにそい いまはたなにか おもうべき きょうは
 しそつみ うめつけにけり)

意味・・紫蘇をつみ梅を漬けて今日は終わった。こうして
    母に添って暮らし、今はそれ以上になにを思うべ
    きだろうか。

    大正7年の作です。「母にそひいまはたなにか思
    うべき」に心の揺れがこもっています。農村の娘
    として母のかたわらで手伝って暮らす平凡な暮ら
    し以外に何も思うまいとする心と、その暮らしに
    疑問を抱く心とが交錯しています。
    この年に結局作者は長野より上京しています。

 注・・はた=その上にまた。

作者・・潮みどり=うしおみどり。1897~1927。30歳。
    牧水の妻の若山喜志子の妹。牧水に師事。

出典・・潮みどり歌集(東京堂出版「現代短歌鑑賞事典」)


ただ一度 生まれ来しなり 「さくらさくら」 歌ふベラフォンテも
我も悲しき
                      島田修二
 
(ただいちど うまれこしなり 「さくらさくら」 うたう
 ベラフォンテも われもかなしき)

意味・・ただ一度しか生まれて来ない人生なので、しっかりと
    生きて行かねばと思う。だが今の私は弱々しいものだ。
    ベラフォンテがたどたどしく歌う「さくらさくら」を
    聞いていると悲しみが込み上げて来る。

    ハリー・ベラフォンテはアメリカの黒人歌手で1960年
    の安保闘争の直後に来日。修二の歌は初日公演のアン
    コールに「さくらさくら」を唱った場面です。
    ベラフォンテは人種差別と闘って来た黒人であり、修二
    も安保闘争・基地問題に痛みの気持ちを持っていた。
    また、修二は身体障害者の息子を持った父として、苦悩
    を持ち続けていた。
    人種差別、安保・基地問題、身体障害のどれをとっても
    一朝一夕に解決しない悲愴感に、ベラフォンテが、たど
    たどしく唱う「さくらさくら」に悲しみが込み上げて詠
    んだ歌です。

    「さくらさくら」の唱歌です。

    さくら さくら
    弥生の空は、見渡す限り
    霞か雲か 匂いぞ出ずる
    いざや いざや 見にゆかん

 注・・ハリー・ベラフャンテ=1927年生れ。黒人歌手。黒人
     の地位向上の社会活動家。「バナナボート」が有名。

作者・・島田修二=しまだしゅうじ。1928~2004。東京大学卒。
    読売新聞記者。「コスモス」創刊。
    
出典・・ 歌集「花火の星」。 


**************** 名歌鑑賞 ****************


行きやらで 山路暮らしつ 郭公 今一声の
聞かまほしさに
                源公忠 

(ゆきやらで やまじくらしつ ほととぎす いま
 ひとこえの きかまほしさに)

意味・・そのまま先に行くことが出来ないで、山道で
    日を暮らしてしまった。時鳥のもう一声が聞
    きたいばかりに。

    時鳥への、好きなものへの執着心はこれより
    上はないほどの詠みぶりです。

作者・・源公忠=みなもとのきんただ。889~948。近
            江守。三十六歌仙の一人。

出典・・拾遺和歌集・106。


*************** 名歌鑑賞 ***************


雨だれに くぼみし軒の 石見ても 堅きわざとて
思いすてめや
                 作者未詳

(あまだれに くぼみしのきの いしみても かたき
 わざとて おもいすてめや)
 
意味・・長い間、雨だれに打たれて軒の石に窪みが
    出来ている。そのありさまを見るにつけて
    も、何事でも不可能な事だと諦めててしま
    ってよいのか。諦めてはいけないのだ。

    80歳の三浦雄一郎がエベレスト登頂に成功
    した。下山した時の言葉は「エベレストの
    頂上は、夢を見て諦めなければ出来るとい
    う事を教えてくれた。これが僕の宝物です」。

出典・・斉藤亜加里著「道歌から知る美しい生き方」。

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