名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2017年08月


**************** 名歌鑑賞 **************


紫の 色濃き時は 目もはるに 野なる草木ぞ
わかれざりける
               在原業平

(むらさきの いろこきときは めもはるに のなる
 くさきぞ わかれざりける)

詞書・・自分の妻の妹を妻としていました人に、男の
    正装着物を進呈するといって詠んだ歌。

意味・・紫草が色濃く咲いている時は、その他の野の
    草木もみんな美しく見え、区別がつかなくな
    るのです。そのように、私も妻を深く愛して
    いるから、妻の縁につながる人もみんな愛(い
    と)しい気がします。どうぞ御遠慮なくこの着
    物をお受け取り下さい。

    身分の低い男と、高貴な身分の男とに嫁(とつ)
    いだ姉妹がいた。貧しい男に嫁いだ女は、し
    なれぬ衣の洗い張りをして、正装の着物を破っ
    てしまい、嘆き悲しんでいたので、高貴な男は
    義妹に新しい正装の着物を贈った(伊勢物語より)。

 注・・紫=紫草。根から紫色の染料を取った。「紫」
     は女性を形容する言葉として使われ、ここ
     では妻を暗示している。
    色濃き=濃きの裏に、(妻を)可愛く思う時の
     意を含めている。
    目もはるに=見る目もはるかに・見渡す限り。
    野なる草木=野に生えている草木。妻縁類の
     人々の意を裏に含んでいる。
    わかれざりける=分れざりける。区別がする
     事が出来ない。

作者・・在原業平=ありわらのなりひら。825~880。
    美濃権守。

出典・・古今和歌集・868、伊勢物語・41段。



**************** 名歌鑑賞 ***************


倭方に 往くは誰が夫 隠津の 下よ延へつつ
往くは誰が夫
               黒比売

(やまとへに ゆくはたがつま こもりづの したよ
 はえつつ ゆくはたがつま)

 意味・・そんなことをおっしゃりながら、あなたは
     大和の方にいる方に心を惹かれて、お帰り
     になるのですね。私は、その方が羨ましい。

     「仲良くいつまでも若菜を摘みたいね」と
     言いながら大和に帰って行く仁徳天皇。そ
     う言いながら、隠れ水が忍んで流れるよう
     に、こそっと来ては帰って行く仁徳天皇。
     帰って行く先に、好きな人がいると思うと
     やりきれなくなってくる。

 注・・夫(つま)=妻。夫から妻を呼ぶ語。
    隠津=隠れ水。草などに隠れて見えないよう
     に流れる水。
    下へ延へつつ=草花の下を流れつつ。

作者・・黒比売=くろひめ。仁徳天皇の恋人。

出典・・古事記。


**************** 名歌鑑賞 ****************


山県に 蒔ける青菜も 吉備人と 共にし摘めば
楽しくもあるか
                仁徳天皇

(やまがたに まけるあおなも きびびとと ともにし
 つめば たのしくもあるか)

意味・・煩(わずら)わしい宮中を逃れて、お前と二人、
    こうして山の畑に青菜を摘む楽しさ。この一時
    が永遠に続けばいいのに。

    「淡路島を視察に行ってくるぞ」と言って、嫉
    妬深い妻の磐姫皇后から逃れて、吉備の人であ
    る恋人の黒比売(くろひめ)に逢った時の歌です。

 注・・山県=山の畑。
    吉備=山陽地方の古代の名。岡山県と広島県の
     東部。砂鉄・塩の産地で栄えた。

作者・・仁徳天皇=仁徳天皇。西暦300年頃の天皇。「高
    き屋に登りて見れば煙立つ民の竈はにぎわいに
    けり」と詠んで善政を行ったことで有名。

出典・・古事記。


***************** 名歌鑑賞 ***************


訪へかしと 思へば人の 訪ひ来つつ 同じこころを
月に見るかな
                  橘千蔭

(とえかしと おもえばひとの といきつつ おなじ
 こころを つきにみるかな)
 
意味・・誰か訪ねて来てほしいものだと思っていたら
    友が訪ねて来た。自分と同じように美しいも
    のを愛する心のあることを、この月とともに
    眺めて知ったことである。

    近くに竹林があるのか、ススキが風でなびい
    ているのか、風雅の士で月を楽しんでいる姿
    です。

作者・・橘千蔭=たちばなちかげ。1735~1808。江
            戸町奉行の与力。加茂真淵に和歌を学ぶ。

出典・・家集「うけらが花」(東京堂出版「和歌鑑賞
    事典」)


**************** 名歌鑑賞 ***************


報復は 神がし給ふと 決めをれど 日に幾たびも
手をわが洗ふ
                 大西民子

(ほうふくは かみがしたまうと きめおれど ひに
 いくたびも てをわがあらう)

意味・・仕返しは神がなさると決めているけれども、
    自分にしみついた手の汚れ、自分の抱いてい
    る恨みや憎しみを洗い流そうとして、日に幾
    度も手を洗う。

    報復を思うなどということは、それ自身が悪
    い考えであり、心の汚れである。しかし、我
    が心は濁り手は汚れている。願わくは、我が
    心の受けた汚れ,憎しみを洗い流したい。

作者・・大西民子=おおにしたみこ。1924~1994。
            奈良女子高等師範卒。木俣修に師事。

出典・・東京堂出版「現代短歌鑑賞事典」。


**************** 名歌鑑賞 ****************


牛の子に ふまるな庭の かたつぶり 角ありとても
身をなたのみそ
                  寂蓮

(うしのこに ふまるなにわの かたつぶり つの
 ありとても みをたのみそ)

意味・・牛の子に踏まれるなよ、庭のかたつぶり。牛と
    同じに角があるからといって,自信を持ちすぎ
    てはいけないよ。

 注・・身をたのみそ=身を頼みにしないように。「な
     ・・そ」でおだやかな制止。

作者・・寂蓮=じゃくれん。1139~1202。新古今和歌集
    の撰者の一人。

出典・・寂蓮法師集。    


**************** 名歌鑑賞 ****************


秋の田の 穂の上に霧らふ 朝霞 何処辺の方に
我が恋ひ止まむ
                岩姫皇后

(あきのたの ほのえにきらう あさかすみ いつえの
 かたに わがこいやまん)

意味・・秋の田の稲穂の上に立ち込める朝霞は、いつか、
    いずこへともなく消え去ってしまいますが、私
    のせつない思いは、いつになったら消えてくれ
    るのかしら。

    夫の愛情が戻るのを待ち続けて来たが叶えられ 
    ない。悔しくて嘆きたくなってくる。

作者・・岩姫皇后=いわのひめのおおきさき。仁徳天皇
    の皇后。

出典・・万葉集・88。


**************** 名歌鑑賞 ***************


ありつつも 君をばまたむ 打ち靡く 我が黒髪に
霜の置くまでに
                  磐姫皇后

(ありつつも きみをまたん うちなびく わが
 くろかみに しものおくまで)

意味・・でも、やはり、このままずっと、あなたを待ち
    続けていましょうか。この長い黒髪に霜の置く
    まで、いつまでも、いつまでも。

    夫の浮気に嫉妬し、気が狂わんばかりに一時は
    なったが、私にも至らない点があったのだろう
    かと反省すると、夫の愛情が戻るまで気長に待
    とうと思う。

 注・・ありつつも=このままでいて、生き続けて。  
    霜の置く=白髪になる比喩。

作者・・磐姫皇后=いわのひめのおおきさき。仁徳天皇
    の皇后。

出典・・万葉集・87。


**************** 名歌鑑賞 ***************


かくばかり 恋ひつつあらずば 高山の 磐根し枕きて
死なましものを
                   磐姫皇后

(かくばかり こいつつあらずば たかやまの いわね
 しまきて しなましものを)

意味・・ああ、この胸をかきむしられるような苦しさ。
    こんな思いをするよりも、いっそ、死んだほ
    うがまし。山深い墓の中に葬られ、岩を枕に
    眠った方が、ずっと楽になるでしょうに。

    夫の仁徳天皇が磐姫皇后に愛情をしめさずに、
    美人の黒比売(くろひめ)と浮気しているのが
    耐えられずに詠んだ歌です。
 
 注・・かくばかり=これほどまでに。
    恋ひつつあらずば=恋い焦がれてなんかおら
     ずに。

作者・・磐姫皇后=いわのひめのおおきさき。仁徳天
    皇の皇后。

出典・・万葉集・86。


**************** 名歌鑑賞 ****************


君が行き 日長くなりぬ 山尋ね 迎へか行かむ
待ちにか待たむ
                磐姫皇后

(きみがゆき けながくなりぬ やまたずね むかえか
 ゆかん まちにかまたん)

意味・・あなたは、いったい、どこにいらしたのかしら。
    私、随分長い間、一人ぽっちで、あなたを待っ
    ています。思い切って、私の方から迎えに行き
    ましょうか。それとも、このまま、じっと待ち
    ましょうか。

    「どこどこに視察に行ってくるぞ」と仁徳天皇。
    実は好きな人に会っているのです。それを知っ
    ている磐姫皇后。

    待ち焦がれる女の煩悶を歌っています。
    夫の浮気を恨み、心は嫉妬にはちきれそう。夫
    を誰よりも愛しているのに、この気持ちを分か
    ってくれない夫。私の方に顔を向けて欲しい。
    煩わしい妻から逃げたく、仁徳天皇は黒比売(く
    ろひめ・浮気相手の女性)を追って行く。

 注・・山尋ね=「尋ね」は原則として男の行為。「尋
     ね」と言ったところに強い苦悶が表れている。
    待ちにか待たむ=「待つ」は普通女の行為。女
     らしくひたすらに待つべきか、というのであ
     る。

作者・・磐姫皇后=いわのひめのおおきさき。仁徳天皇
    の皇后。異常な嫉妬の物語が多い。

出典・・万葉集・85。

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