名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2017年09月


***************** 名歌鑑賞 *****************


人生は もっと幸福で あっていい ある時はさう考へて
その気にもなる
                 矢代東村

(じんせいは もっとこうふくで あっていい あるときは
 そうかんがえて その気にもなる)

意味・・人間は幸福になっていいはずなのに、どうして、
    こんなに不幸な思いをしなければならないのか、
    いつもそう思うことだ。

    病気やいじめなど不幸の原因は多くあるが、自
    分の努力で解決出来ない不幸は、こんな事がな
    ければ楽しく暮らせるのに、と思うものです。

作者・・矢代東村=やしろとうそん。1889~1952。日大
    法科卒。弁護士。

出典・・桜楓社「現代名歌鑑賞事典」。


***************** 名歌鑑賞 ***************


いたつきの 癒ゆる日知らに さ庭べに 秋草花の
種を蒔かしむ
                   正岡子規

(いたつきの いゆるひしらに さにわべに あきぐさ
 ばなの たねをまかしむ)

詞書・・しひて筆をとりて。

意味・・自分の病気は、いつになったら治るのか、それ
    すら分からないが、庭には秋咲きの草花の種子
    を蒔いてもらった。

    いくばくの命もなく、秋までは生きられないだ
    ろうと覚悟はしているが、何としても生き抜い
    て、この花の咲くのを見たいものだと、種を蒔
    いてもらった。

    死が近づき、気力も弱まった頃「しひて筆をと
    りて」詠んだ歌です。
    子規はその年の9月19日に没しました。
    
 注・・いたつき=労。骨折り、病気。

作者・・正岡子規=まさおかしき。1867~1902。35歳。
    東大国文科中退。脊髄カリエスで腰痛のため歩行
    困難になり長年病床に臥す。

出典・・歌集「竹の里歌」。


****************** 名歌鑑賞 ****************


天翔り あり通ひつつ 見らめども 人こそ知らね
松は知るらむ
                 山上億良

(あまがけり ありかよいつつ みらめども ひとこそ
 しらね まつはしるらん)
 
意味・・有馬皇子の魂は、翼を得て天空を飛び通いながら、
    常にご覧になっておりましょうが、人にはそれが
    分からない。しかし松はちゃんと知っていること
    でしよう。

    有馬皇子の死後、およそ70年後に歌ったものです。
    人知らずとも松は知ると述べて、皇子への理解と
    共感を示しています。

    有馬皇子の歌、参考です。

    磐代の 浜松が枝を 引き結び 真幸くあらば 
    また還り見む    (万葉集・141)

   (磐代の浜松の枝を結んで幸いを祈って行くが、もし
   無事であった時には、再び帰ってこれを見よう・・
   反逆を企てたという罪で捕らえられた時の歌です)

 注・・天翔(あまがけ)り=神や人の霊が天を飛び走る。
 
作者・・山上憶良=やまのうえおくら。660~733。遣唐
    使として渡唐。大伴旅人と親密に交流

出典・・万葉集・145。


***************** 名歌鑑賞 ***************


みぎはくる 牛飼ひ男 歌あれな 秋のみづうみ
あまりさびしき
                与謝野晶子

(みぎわくる うしかいおとこ うたあれな あきの
 みずうみ あまりさびしき)

意味・・湖の水際を、まっ黒な牛を牽(ひ)きつつ黙々と
    歩いてこちらにやって来る牛飼い男さんよ。
    せめて一節、牧童の唄う歌でも唄ってください
    ませんか。人影もなく、しんとして冷ややかに
    澄んだ秋の湖、この湖の雰囲気はあまりにも寂
    しくてそれに私は耐えられませんので。

 注・・あれな=「な」は終助詞で命令形を受けて優し
     く念を押す気持ちを添える語。

作者・・与謝野晶子=よさのあきこ。1878~1942。堺女
    学校卒。与謝野鉄幹と結婚。「明星」の花形と
    なる。

出典・・歌集「みだれ髪」(荻野恭茂著「晶子の美学・
    珠玉の百首鑑賞」)


**************** 名歌鑑賞 ****************


今宵より 後の命の もしあらば さは春の夜を
かたみとおもはむ
                源資通 

(こよいより のちのいのちの もしあらば さは
 はるのよを かたみとおもわん)

意味・・寿命というものは、いつ、果てるか分かりませが、
    今から後の私の人生に、春の夜が巡り来るたびに、
    あなたとお会いした夜を思い出す事でしょう。

    源資通が菅原孝標女(たかすえのむすめ)たちの女
    房(女官のこと)がいる所にやって来て「あなたが
    た、春と秋と、どちらがお好きですか」尋ねると、
    一緒にいる女房が「秋の夜が好き」と答えるのを
    聞いて、孝標女は次の歌を詠んだ。

    浅緑 花もひとつに 霞みつつ おぼろに見ゆる
    春の夜の月  (新古今・56)

         (浅緑の空とほのかな桜。それがひとつに霞わたっ
    た中の春のおぼろ月。私は春の夜に魅かれます)

    菅原孝標女は源資通の歌を聞いて胸をときめかせ
    たという。

 注・・さは=多は。たくさん、数が多い事を表す。
    かたみ=過ぎ去ったことを思い出させるもの。

作者・・源資通=みなもとのすけみち。1005~1060。従
            二位参議。
    菅原孝標女=すがわらのたかすえのむすめ。101
    0年頃の女性。更級日記が有名。

出典・・更級日記(著者・菅原孝標女)


**************** 名歌鑑賞 ***************


また見むと 思ひし時の 秋だにも 今宵の月に
ねられやはする
                 道元
 
(またみんと おもいしときの あきだにも こよい
 のつきに ねられやはする)

詞書・・建長五年中秋。

意味・・中秋の夜は、生憎の天候で月を見る事が出来
    なかった年でさえ、月を思って眠られなかっ
    たものである。まして八月十五夜の今夜、そ
    の満月を見る事が出来るので、今宵は月を眺
    め明かしたいと思う。月と心を合わせる事な
    く眠りにつく事が出来るであろうか、眠れる
    はずがない。

    道元が亡くなる二週間前の八月十五夜の京都
    の草庵で詠んだ辞世の歌です。

    「寝なくとも今宵の月を眺め明かしたい」と
    言う気持ちは何んでしょうか。

    今夜の月の光明はなんと清涼でよく世間の闇
    を照らしていることだ。
    病気や失業、借金で苦しみ、仕事の問題、家
    庭の問題、いじめなどで思い悩み苦しんでい
    る人達。相談相手もいなく、希望を無くし、
    今にも自殺をしたいと思っている人々。
    この真っ暗闇で悩んで生きている人々に希望
    の光として、今宵の月は照らしている。

    なんと素晴らしい月夜ではないか。今宵は月
    を眺め明かしたい。

    希望の光として照らされても、病気が治る事
    も無いし、借金が減ったりする事も無い。子
    供の非行問題が解決される訳でも無い。
    でも、誰かと相談する勇気を与える事は出来
    る。思い悩む心を変えさせて気を楽にさせる
    事は出来る。こういう手助けなら出来ない事
    はない。先ず暗闇を見つけ、そして照らす事
    だ。今宵の月は暗闇を無くそうとして照って
    いる。寝ずして月夜を明かそう。

 注・・建長5年中秋=1253年8月15日(陰暦)。道元
     は建長5年8月28日(陰暦)に死去している。
    やは=反語の意を表す。・・だろうか、いや
     ・・ではない。

作者・・道元=どうげん。1200~1253。曹洞宗の開祖。

出典・・建撕記・けんぜいき(松本章男著「道元の和歌」)


**************** 名歌鑑賞 ***************


老いぬとて などかわが身を せめきけむ 老いずは今日に
あはましものか       
                    藤原敏行

(おいぬとて などかわがみを せめきけむ おいずは
 けふに あわましものか)

意味・・私は年老いて役に立たなくなったといって、
    どうしてわが身を責め恨んだのだろうか。
    もし年をとり生きながらえることが無かっ
    たら、今日の喜びに逢えたでしょうか、逢
    えなかったのです。

    年を取って生きながらえることがなかった
            ら、栄えある今日を迎えただろうかという
    感慨を詠んでいます。

 注・・せめき=責めき、とがめる。恨む。

作者・・藤原敏行=ふじわらのとしゆき。901年没。
    従四位上・蔵人頭。

出典・・古今和歌集・903。



**************** 名歌鑑賞 ****************


紅の 薄染め衣 浅らかに 相見し人に 
恋ふるころかも

(くれないの あさそめころも あさらかに あいみし
 ひとに こうるころかも)

意味・・紅の薄染めの着物の色のように、ほんの淡い気持
    で逢った人なのに、その人に恋焦がれている今日
    この頃です。

 注・・浅らかに=心のこもらないさまを表す。
    見し=対面した、会った。

出典・・万葉集・2966。


***************** 名歌鑑賞 ***************


盲ひては もののともしく 隣家に 釘打つ音を
をはるまで聞く
                 明石海人

(めしいては もののともしく となりやに くぎうつ
 おとを おわるまできく)

意味・・目が見えなくなってから、些細な事にも心が
    ひかれるようになった。今、隣で家の修理が
    なされているのだろうか。釘を打つ音を最後
    まで聞き入っている。

 注・・ともしく=羨しく。めったにない物に心がひ
     かれる。

作者・・明石海人=1901~1939。ハンセン病を患い岡
    山県の愛生園で療養。手指の欠損、失明、喉
    に吸気管を付けた状態で歌集「白描」を出版。

出典・・歌集「白描」。


***************** 名歌鑑賞 ***************


ぬばたまの 夜の更けゆけば 久木生ふる 清き川原に
千鳥しば鳴く
                    山部赤人

(ぬばたまの よのふけゆけば ひさきおうる きよき
 かわらに ちどりしばなく)

意味・・夜がだんだん更けてゆくと、久木が生えている
    清らかな川原の静寂の中に、千鳥がしきりに鳴
    いている。

    澄み切って静かな世界。あたりは暗いのに久木
    の葉の形もつやも、川の水の流れも、川原の砂
    もなぜか、くっきりと浮かびあがってくる。
    そして千鳥の声が、いのちそのものという感じ
    で静寂を破っている。

 注・・ぬばたまの=黒き、夜、夢などにかかる枕詞。
    久木=アカメガシワ。落葉木で大きな葉は若葉
     のときは赤い色をしている。10mの高木にな
     る。
    しば=屡。しばしば、しきりに。

作者・・山部赤人=やまべあかひと。生没年未詳。736
    年頃没したといわれている。宮廷歌人。

出典・・万葉集・925。

このページのトップヘ