名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2017年10月


**************** 名歌鑑賞 ****************


ふかき夜の 露に草葉は うづもれて 虫の音たかし
野べの月かげ
                  頓阿法師

(ふかきよの つゆにくさばは うずもれて むしの
 ねたかし のべのつきかげ)

意味・・深夜、一面に置いている露に、草葉は埋もれて
    しまって、野辺には月光が照りわたり、虫が高
    い音で鳴いている。

    草葉には露を置き、月光のもとに鈴虫が鈴を鳴
    らすように鳴いている秋の夜の美しい光景です。

作者・・頓阿法師=とんあほうし。1289~1372。浄弁・
    慶雲・兼好らとともに、和歌の四天王と称され
    た。

出典・・新続古今和歌集。


*************** 名歌鑑賞 ****************


職を辞め 籠る日ごとに 幼らは おのもおのもに 
我に親しむ
                明石海人

(しょくをやめ こもるひごとに おさならは おのも
 おのもに われにしたしむ)

意味・・仕事を辞め、家に閉じこもる日々にあって、
    子供二人がそれぞれの形で私と親しみを深め
    ていくことだ。

    医師に癩病と診断され、学校の教師を辞めた
    頃の歌です。
    退職後一日中家にこもる父親に、事情を知ら
    ない子供たちは大喜びであった。父親の身に
    まつわり、戯れ、いっそう親しみを向けるよ
    うになった。
    しかし、病気が癩であることから、子供を近
    づけることは危険であった。癩菌は十歳以下
    の抵抗力の弱い年代にうつりやすいと聞いて
    いるからである。
    まつわりつこうとする幼児を振り払って庭に
    出る。手持ちぶさたのままに、小鳥かごの中
    の小鳥たちを覗いてみる。が体中に湧き上が
    って来る虚しさをどうすることも出来ない。

 注・・おのもおのも=己も己も。銘々が、それぞれ。

作者・・明石海人=1901~1939。ハンセン病を患い
    岡山県の愛生園で療養。手指の欠損、失明、
    喉に吸気管を付けた状態で歌集「白描」を出
    版。

出典・・松田範祐著「小説・瀬戸の潮鳴り」。


**************** 名歌鑑賞 ****************


世の中の 憂きも辛きも 今日ばかり 昨日は過ぎつ
明日は知らず
            
(よのなかの うきもつらきも きょうばかり きのうは
 すぎつ あすはしらず)

意味・・世の中には嫌な事もあれば辛い事もある。だが、
    嫌な事や辛い事をいつまでも引きずっていても
    どうしようもない。どんなに大変な事でも今日
    だけの事であり、時とともに過ぎて行く。そし
    て明日の事は誰にも分らない。いつまでもくよ
    くよしないで、嫌な事や辛い事はぱっと忘れて、
    ケセラセラで行こうじゃないか。

出典・・山本健治著「三十一文字に学ぶビジネスと人生
    の極意」。 


*************** 名歌鑑賞 ***************


東の 山の紅葉 夕日には いよいよ紅く
いつくしきかも
             田安宗武

(ひんがしの やまのもみじば ゆうひには いよいよ
 あかく いつくしきかも)

意味・・東のほうの山々の紅葉が、夕日が射すといっそう
    紅(くれない)色に映えて美しいことだなあ。

 注・・いつくしき=美しき。美しい、立派だ。
    かも=詠嘆を表す意。・・だなあ。

作者・・田安宗武=たやすむねたけ。1715~1771。八代
    将軍吉宗の次男。松平定信の実父。

出典・・東京堂出版「和歌鑑賞事典」。


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奥山に たぎりて落つる 滝つ瀬の 玉ちるばかり
物な思ひそ
                 貴船明神

(おくやまに たぎりておつる たきつせの たまちる
 ばかり ものなおもいそ)

意味・・奥山で湧き返って流れ落ちるこの貴船川の激流
    が玉となって散るように、そんなに魂が散り失
    せるほど、物を思うのではないのだよ。

    和泉式部が男に振られた時、貴船神社に参詣し、
    みたらし川に蛍が飛んでいるのを見て詠んだ次
    の歌の返歌です。

   「物おもへば沢の蛍も我が身よりあくがれいづる
    たまかとぞみる」   (後拾遺和歌集・1164)

    (私があまりにも物を思っているので、貴船の清
    流の上を沢山飛んでいる蛍も、私の体からふらふ
    ら抜け出た魂のように思われます)

    貴船明神は「あまり思いわずらわないで、身をい
    たわりなさい」と慰めています。

 注・・滝つ瀬=わきかえり流れる急流。
    玉ちるばかり=激流のしぶきの玉が散るように。
     魂が散り失せるように。
    沢=水たまりの草の生えた低地をいうが、「多・
     さわ(たくさん)」を掛ける。
    あくがれ=憧がれ。上の空になる。

作者・・貴船明神=京都市左京区貴船町にある貴船神社の
    神・祭主。

出典・・後拾遺和歌集・1165。


**************** 名歌鑑賞 ****************


壁に書き 襖に書きし 幼児の 汽車の落書き
せんすべのなき
               内田守人
 
(かべにかき ふすまにかきし おさなごの きしゃの
 らくがき せんすべのなき)

意味・・幼児が壁や襖に落書きを書いて無邪気に遊んで
    いる。その中に汽車の落書きもある。汽車に乗
    れる事に憧れているのだろうが、病気が治って
    この療養所から帰る事がもう出来ないのに。

    昭和10年頃に癩病を患った幼児の治療にあた
    っていた医師が詠んだ歌です。当時は癩病は不
    治の病であり、療養所に入ると一生出る事が出
    来ませんでした。

 注・・せんすべのなき=する方法がない。

作者・・内田守人=うちだもりと。1900~1982。長島
    愛生学園の癩病の医師。癩患者の明石海人を歌
    人に育てる。

出典・・新万葉集・巻一。


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年月は 昔にあらず 成りゆけど 恋しきことは
変わらざりけり
                紀貫之

(としつきは むかしにあらず なりゆけど こいしき
 ことは かわらざりけり)

意味・・年月は経過して、物事は変化して昔のようでは
    なくなって行くが、昔を恋しく思う心だけは昔
    と変わらない事だ。

作者・・紀貫之=きのつらゆき。872頃~945頃。従五位・
    土佐守。古今集の撰者。古今集の仮名序を執筆。

出典・・拾遺和歌集・471


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忘るなよ ほどは雲井に 成りぬとも 空行く月の
廻りあふまで
                  詠み人知らず

(わするるなよ ほどはくもいに なりぬとも そらゆく
 つきの めぐりあうまで)

意味・・私の事を忘れないでくれ。我々二人の間は、大空
    遥か遠くに隔たっても、空を行く月が巡るように
    また再びめぐり逢うであろうから。

    駿河守として赴任することになり、恋人と別れる
    際に贈った歌です。

 注・・ほど=程。間、間柄。
    雲井=空、遠い所。
    廻りあふ=「再会する」と「月の運行する」の意
     を掛ける。

出典・・拾遺和歌集・470。


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大工町 寺町米町 仏町 老母買う町
あらずやつばめよ
            寺山修司

(だいくまち てらまちこめまち ほとけまち ろうぼ
 かうまち あらずやつばめよ)

意味・・大工町があり、寺町があり、米町があり、仏町
    があり、其の他いっぱい町がある中で、私の老
    いた貧しい母を買ってくれる町はないだろうか。
    つばめさんよ。

    前世代の名称を引きずっている町の名(大工町・
    寺町・米町・仏町)を平面に並べ、最後に架空
    の町(老母買う町)を述べて地獄絵を描き、年老
    いた母の介護をする大変さを詠んでいます。

    介護施設のない時代は、老母を介護するために
    会社を辞めて世話をする事もあり、当人にとっ
    ては地獄を味わう苦しさです。

    老母を買う町があれば売ろうという地獄を描い
    た歌。

 注・・大工町、寺町、大工町、米町、仏町=これらの
     名のついた町は全国にいくつかあります。
     茨城県水戸市大工町、京都市寺町、北九州小
     倉米町、石川県白山市法仏町など。

作者・・寺山修司=てらやましゅうじ。1935~1983。
    早稲田大学中退。 
  
出典・・歌集「田園に死す」。


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磯の上に 生ふる馬酔木を 手折らめど 見すべき君が
在りと言はなくに
                     大伯皇女
               
(いそのうえに おうるあしびを たおらめど みすべき
 きみが ありといわなくに)

意味・・流れのそばの岩のほとりに生えている美しいこの
    馬酔木の花を手折ろうとして見るけれど、その花
    を見せたい弟は最早この世に生きていない。
    
    詞書きによると、大津皇子を葛城の二上山に葬っ
    た時、妹の大伯皇女が哀傷して詠んだ歌です。

 注・・磯=池や川などの浪の打ち際。
    馬酔木(あしび)=ツツジ科の常緑低木。すずらん
     に似た小花を房状につける。牛・馬がその葉を
     食べると中毒し酔ったようになる。
    在りと言はなくに=生きていると言ってくれる者
     がいない。
    葛城の二上山=奈良県北葛城郡当麻(たいま)町の
     西の山。
    大津皇子=686年に草壁皇太子への反逆を企て、
     それが発覚して殺された。仕組まれた罠とも
     いう。
作者・・大伯皇女=おおくのひめみこ。674年14歳で伊勢
    の斎宮になる。大津皇子の姉。

出典・・万葉集・166。


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