名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2017年10月


*************** 名歌鑑賞 **************


夕月夜 心もしのに 白露の 置くこの庭に 
こほろぎ鳴くも
              湯原王

(ゆうづくよ こころもしのに しらつゆの おく
 このにわに こおろぎなくも)

意味・・月の出ている夕暮れ、心がしんみりするよう
    に、庭の草にしっとりと白露が置いている。
    さらに寂しさを添えるように秋の虫が鳴いて
    いる。

 注・・心もしのに=心がうちしおれるばかりに。
    こほろぎ=秋鳴く虫のすべてをいう。

作者・・湯原王=ゆはらのおおきみ。生没年未詳。
     志貴の皇子の子。

出典・・万葉集・1552。


***************** 名歌鑑賞 ****************


水の面に 照る月浪を かぞふれば 今宵ぞ秋の
最中なりける
                 源順

(みずのおもに てるつきなみを かぞうれば こよいぞ
 あきの もなかなりける)

意味・・小波が立つ池の水面に照り映っている月を見て、
    月日の数を数えて見れば、今宵は秋の最中の八
    月十五夜であった。・・だから月は見事なのだ。

 注・・月浪=波の立つ池に映る月。「月次・つきなみ」
     を掛ける。
    秋の最中=秋の真ん中、すなわち陰暦の八月十
     五夜(今年は10月4日)。

作者・・源順=みなもとのしたがう。911~983。従五位
    能登守。万葉集読解、後撰和歌集の撰出をする。

出典・・拾遺和歌集・171


**************** 名歌鑑賞 ***************


つきつめて なにが悲しと いふならず 身のめぐりみな
われにふるるな
                   若山牧水

(つきつめて なにかかなしと いうならず みの
 めぐりみな われにふるるな)

意味・・この頃、なんとなく妙に悲しい気のすることが
    ある。いったい何のためにそんな風に悲しいの
    かとその原因を突き詰めて考えて見ると、これ
    といった特別に悲しまねばならぬようなはっき
    りした原因は何もないのだが、それでいて悲し
    い時には妙に悲しい。とにかく自分は悲しいん
    だから、どうか身の周りの人も物もみんな自分
    にふれてくれるな。

    何となく気が晴れない、何となくつまらなく思
    う、何をしても面白くない、このような疲れた
    状態を詠んでいます。

 注・・つきつめて=突き詰めて。いちずに思い込む、
     突き止める。
    悲し=気が晴れないとか、つまらなく思ったり
     する状態も含まれる。
    めぐり=巡り。周囲。

作者・・若山牧水=わかやまぼくすい。1885~1928。
      早稲田大学卒。尾上柴舟に師事。旅と酒を愛す。

出典・・歌集「白梅集」(大悟法利雄著「若山牧水の秀歌」)


**************** 名歌鑑賞 ***************


システムに ローンに飼われ この上は 明ルク生クル
ほか何がある
                   島田修三

(システムに ローンにかわれ このうえは あかるく
 いくるほかなにがある)

意味・・毎日真面目に出勤せねばならない。そして社会
    のさまざまな規範やしがらみに縛られて生きて
    いる。こういうシステムの上に家のローンもあ
    る。家庭では良き夫、良きお父さんであること
    も要求される。飼い犬や飼い猫よりも不自由な
    毎日であるが、明るく生きる他ないと心を奮い
    立たせているのである。

    腑に落ちないことや腹の立つことが多い中、明
    るく明るく生きたいと。

 注・・システム=組織、世の体系。
 
作者・・島田修三=しまだしゅうぞう。1950~ 。横浜
    市立大学卒。愛知淑徳大学学長。

出典・・歌集「晴朗悲歌集」(栗本京子著「短歌を楽しむ」)


*************** 名歌鑑賞 ***************


朝に行く 雁の鳴く音は 我がごとく 物思へかも
声の悲しき
                  詠み人知らず

(あさにゆく かりのなくねは わがごとく もの
 おもえかも こえのかなしき)

意味・・朝早く空を飛んで行く雁よ。お前も私と同じ
    ように、つらい物思いをしているからなのか、
    その声が何とも悲しく聞こえる。

    つらい思いは、病気なのかそれとも恋の思い
    に沈んでいるからなのか・・。

出典・・万葉集・2137。


**************** 名歌鑑賞 ****************


さを鹿の 胸別けにかも 秋萩の 散りに過ぎにける
盛りかも去ぬる
                大伴家持

(さおしかの むなわけにかも あきはぎの ちり
 すぎにける さかりかもいぬる)

意味・・野に来て見れば、萩の花は散ってしまっていた。
    男鹿が、胸で群れ咲く花を押し分けて通ったのだ
    ろうか。それとも、それは男鹿のせいなどではな
    くて、季節が過ぎて、花の盛りが終わったのであ
    ろうか。

    風景歌としてだけではなく、なんとなく恋のはか
    なさを歌ったような哀愁が漂います。
    男鹿が萩の花を花嫁として連れて行ったのだろう
    か。それならいいのだが。もう盛りが過ぎてしま
    って、相手にされないまま、散ってしまったのだ
    ろうか。

 注・・さを鹿=男鹿。「さ」は接頭語で語調を整える。

作者・・大伴家持=大伴家持。718~785。大伴旅人の長男。
    越中(富山)守。万葉集の編纂を行う。

出典・・万葉集・1599。


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高円の 野辺の秋萩 いたづらに 咲きか散るらむ
見る人なしに
                笠金村

(たかまとの のべのあきはぎ いたずらに さきか
 ちるらんむ みるひとなしに)

詞書・・志貴皇子が亡くなられて詠んだ歌。

意味・・高円(たかまど)の野辺の秋萩は、むなしく咲いて
    は散っていることだろうか。花を見て賞(め)でら
    れる皇子さまも、もういらっしゃらなくて。

 注・・高円(たかまと)=奈良県春日山の南。当時、高円
     は平城京の郊外にあって、貴族たちが一日かけ
     て遊びに行く所であった。
    志貴皇子=しきのみこ。716年没。天智天皇の皇子。

作者・・笠金村=733年頃に活躍した宮廷歌人。

出典・・万葉集・231。


*************** 名歌鑑賞 **************


つれづれと 空ぞ見らるる 思ふ人 天降り来む
ものならなくに
                 和泉式部

(つれずれと そらぞみらるる おもうひと あま
 くだりこん ものならなくに)

意味・・恋人の魂がそこに宿る空を、式部は、今日も
    仰ぎつつ思う。あの方が、天降っていらっし
    ゃればいいのに・・。だが、それは夢。夢と
    知りつつ、なお、心はあきらめきれない。

    亡くなった夫の敦道親王を偲んだ歌です。

意味・・何をするという事もなく物思いをしながら空を
    仰いでいます。恋しく思っているあの方が空か
    ら天降るというわけでもありませんのに。

    深い嘆きを心に秘めながらも、ただ空を眺める
    という、静かな動作に、叶えられない恋を懐か
    しむ女性の姿を詠んでいます。

 注・・つれづれ=所在ない状態を示す語。はかなさ、
     わびしさ、哀愁といった心が底にただよう
     状態。
     るる=自発の助動詞。自然と・・してしまう、
     ・・せずにはいられない。
    天降り=天から降る。
    ならなくに=・・というわけでもないのに。

作者・・和泉式部=いずみしきぶ。年没年未詳、977
        年頃の生まれ。

出典・・和泉式部歌集。


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別れむと する悲しみに つながれて あへばかはゆし
すてもかねたる
                  前田夕暮

(わかれんと するかなしみに つながれて あえば
 かわゆし すてもかねたる)

意味・・今では冷めた間柄でも、やはりいざ別れると
    なると、寂しさが胸をよぎる。きっぱりゼロ
    の関係になる前に、少し会ってもいいかなと
    いう気になる。それは、未練というほどはっ
    きりしたものではなく、単に「別れ」という
    イベントによる感情のさざ波だ。そして会っ
    てみると、意外とかわいいところが見えてき
    て、なんだか捨てるには惜しいような気がし
    てくる。

    今起きている感情は、すべて「別れ」を前提
    にしたものだからこそ、どうせ別れる相手と
    思えば、多少の欠点は今更気にならない。半
    分思い出になりつつあるから、楽しかった事
    や相手のいいところが、クローズアップされ
    てくる。あれ、本当に別れてしまっていいの
    かな、という迷いまで湧いてくる。しかし、
    じやあ、やり直そうというほどのファイトは
    もちろんない。

作者・・前田夕暮=まえだゆうぐれ。1883~1951。尾
    上柴舟に師事。

出典・・歌集「収穫」(俵万智著「あなたと読む恋の歌
    百首」)


***************** 名歌鑑賞 ****************


帚木の 心を知らで 園原の 道にあやなく
まどひぬるかな
              光源氏
 
(ははきぎの こころをしらで そのはらの みちに
 あやなく まどいぬるかな)

意味・・信州の園原に生えている帚木は、遠くから見える
    けれど、近づいていくと見えなくなる木といいま
    す。あなたは帚木のような方。あなたの心をはか
    りかねて、迷いに迷って、道にたたずんでいる私
    です。

    光源氏の恋を、夫がいるばかりに受け入れられな
    い空蝉を口説いている歌です。この歌に対して「
    いやしい私ゆえ、あなたがお近づきになれば消え
    てしまうのです。どうか私のことはお忘れくださ
    い」ときっばりとした拒否の歌を歌いますが、光
    源氏を思う情念は強く、夫がいるばかりに好きだ
    と言えない空蝉は悩みます。

 注・・帚木=遠くから見れば箒を立てたように見えるが
     近寄ると見えなくなるという木で信州の園原に
     あるという。
    園原=長野県伊那郡にある台地。
    あやなく=筋がとおらない、訳が分からない、い
     われがない。

作者・・光源氏=ひかるのげんじ。源氏物語の主人公。

出典・・源氏物語・空蝉。

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