名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2017年11月


**************** 名歌鑑賞 ****************


外に見し 真弓の岡も 君座せば 常つ御門と
待宿するかも
                舎人

(そとにみし まゆみのおかも きみざせば とこつ
 みかどと とのいするかも)

詞書・・草壁皇子が亡くなって詠んだ歌。

意味・・今までは縁もゆかりももない所として見過ごし
    ていた真弓の岡も、今日からは、わが皇子さま
    がいらっしゃる所なので、ここを永遠の御殿と
    してお仕え申しあげよう。

    草壁皇子の亡骸(なきがら)が真弓の岡に葬られ
    た時に悲しんで詠んだ歌です。

 注・・真弓の岡=草壁皇子の墓。飛鳥の佐田にあるマ
     ルコ古墳と言われている。
    常つ御門=皇子が永遠にこもる御殿の意。
    待宿(とのい)=宿直。宮中や役所に泊まって、
     勤務や警護をすること。
    草壁皇子=689年28才で没。

作者・・舎人=とねり。天皇や皇子のそばに仕えて、雑役
    を務める者。

出典・・万葉集・174。


*************** 名歌鑑賞 ***************


いづくにか 舟泊てすらむ 安礼の崎 漕ぎ廻み行きし
棚なし小舟
                  高市黒人

(いずくにか ふなはてすらん あれのさき こぎたみ
 ゆきし たななしこぶね)

意味・・日暮れも近いのに、いったいどこに舟泊まりを
    するのであろうか。さっき、安礼の崎を漕ぎ廻
    っていたあの棚なし小舟は。

    大きな船なら、沖を真っ直ぐ進めるけど、小舟
    は遠く沖に出られない。なにか心細そうに、お
    ずおずと陸の線にくっついて曲がっていく舟に
    作者の視線もまた離れない。「こぎ」「たみ」
    「ゆきし」と、言葉が小さく切れるところにも、
    舟のその時の姿がくっきり捉えられている。
    夕暮れの海を漕ぎ去った小舟はどこに泊まって
    いるだろうかと、不安の思いを感じている姿は
    小舟が自分のか弱い姿と重なっています。

 注・・安礼の崎=愛知県御津町の崎。「崎」は海や湖
     の中に突き出している陸地の端。岬。
    廻(た)み=巡る、まわる。
    棚なし小舟=舷(舟の側板)もない小さな舟。

作者・・高市黒人=たけちのくろひと。生没年未詳。70
    0年頃活躍した歌人。

出典・・万葉集・58。


**************** 名歌鑑賞 **************


山にして 遠裾原に 鳴く鳥の 声の聞こゆる
この朝かも
               島木赤彦

(やまにして とおすそはらに なくとりの こえの
 きこゆる このあしたかも)

意味・・遠く広がっている裾野を見渡す山にいると、
    その裾野で鳴いている鳥の声が、ここまで
    聞こえて来る。なんと静かなこの朝なんだ
    ろう。 

 注・・山にして=山にあって。
    遠裾原=「裾原」は麓が長く延びて野原と
     なっている所。ここでは遠く延びた山裾
     の原。
    かも=詠嘆の助詞。

作者・・島木赤彦=しまきあかひこ。1876~1926。
    永野師範学校卒。大正期の代表歌人。

出典・・歌集「太虚集」。


*************** 名歌鑑賞 ****************


ちろちろと 岩つたふ水に 這ひ遊ぶ 赤き蟹いて
杉の山静か
                  若山牧水

(ちろちろと いわつたうみずに はいあそぶ あかき
 かにいて すぎのやましずか)

意味・・木漏れ日の光さえ通らないじめじめとした杉山
    の中の小径。吹く風もなく鳴く鳥もいない。土
    と落葉を踏む自分の草履の音に聞き入りながら
    一人静かに旅を続けている。
    今この杉山の中を通りかかり、ちょろちょろと
    岩をつたって落ちる水を見い出して足を止めて
    いる。そしてふと気がつくとその水には赤い美
    しい甲羅をした小さな蟹が遊んでいる。可憐な
    その赤い鋏や脚の動き、その小さな二つの眼は
    この旅人の姿を見つけはしたらしいが、別に怪
    しみ驚くふうもない。じっとたたずんでその這
    い遊ぶのを見ていると、ふとあたりの静けさが
    身に沁みてくるのである。

    初めの句集には「這ひあがる」となっていたの
    を後に「這ひあそぶ」と改められています。
    「這ひあがる」は蟹の一つの動作ははっきり出
    ているのだが。「這ひあそぶ」は「這あがる」
    よりも時間の経過が表れて、立ち止まってじっ
    と見ている作者の姿がよく出ている。

 注・・ちろちろ=ちょろちょろ。

作者・・若山牧水=わかやまぼくすい。1885~1928。
      早稲田大学卒。尾上柴舟に師事。旅と酒を愛す。

出典・・自選歌集「野原の郭公」(大悟法利雄著「若山牧
    水の秀歌」)
 


*************** 名歌鑑賞 ***************


落葉落ちかさなりて雨雨をうつ
                  加藤暁台

(おちばおち かさなりて あめあめをうつ)

意味・・落葉があとからあとから落ち、初冬の雨は
    さあっと音をたてて降り過ぎてゆく。

    季節の変化の動きを写生し、繰り返し読め
    ば口調が軽やかで調べは快い。

作者・・加藤暁台=かとうきようたい。1732~17
            92。尾張徳川家に江戸詰めとして仕える。
    蕪村と交流。

出典・・村上護著「今朝の一句」。



*************** 名歌鑑賞 *****************


筑波嶺の をてもこのもに 守部据え 母い守れども
魂ぞ合ひにける
                  東歌

(つくばねの おてもこのもに もりべすえ ははいもれ
 ども たまぞあいにける)

意味・・筑波山のあちらこちらに番人を置いて山を守る
    ように、母は私を守っているけれど、私たち二
    人の魂はしっかり結ばれている。

 注・・をてもこのも=彼面此面。あちらの面とこちら
     の面。
    守部=守る人、山の番人。
    い=動詞の上について強調する語。

出典・・万葉集・3393。


************** 名歌鑑賞 ****************


かぎりなく 老いぬる後の 一年は 身につもるとも
よしや嘆かじ
                 慶運

(かぎりなく おいぬるのちの ひととせは みに
 つもるとも よしやなげかじ)

意味・・限りなく年老いた後の一年は、年が身に積も
    っても、ままよ、嘆くまい。

    普通は年老いるのはいやなのだが、ひどく年
    老いた後は、一年くらい年取っても余り関係
    がない、という気持ち。

 注・・よしや=不満をやむをえないものとして認め
     て決意する意。ままよ、なるようになれ。

作者・・慶運=けいうん。生没年未詳。南北朝期の歌
    人。浄弁・頓阿・兼好らとともに和歌四天王
    と称せられた。

出典・・新続古今和歌集。


*************** 名歌鑑賞 *****************


暮れぬまの 身をば思はで 人の世の あはれを知るぞ
かつははかなき
                  紫式部

(くれぬまの みをばおもわで ひとのよの あわれを
 しるぞ かつははかなき)

詞書・・亡くなった人の縁者に贈った歌。

意味・・今日の暮れない間の命で、明日の事が分から
    ない我が身は思わないで、はかない人の世の
    哀れさを知るというのは、一方で、またはか
    ない事です。

    本歌は紀貫之が紀友則が死んだ時に詠んだ歌
    です。
    明日知らぬ わが身と思へど 暮れぬ間の
    今日こそ悲しけれ     (古今和歌集)

    (明日はどうなるかも分からない、はかない
    我が身であるとは思っているけれども、とに
    かく今日のうちは、亡くなった友則の事が悲
    しいことだ。)

 注・・暮れぬ間の身=今日の暮れない間の命で、明
     日の事は分からない身。
    かつは=一方で、また。

作者・・紫式部=むらさきしきぶ。970頃~1016頃。
    源氏物語の作者。

出典・・新古今和歌集・856。


*************** 名歌鑑賞 ****************


あしびきの 山下光る 黄葉の 散りの乱ひは
今日にもあるかも
               阿部継麻呂

(あしびきの やましたひかる もみじばの ちりの
 まがいは きょうにもあるかも)

詞書・・竹敷の浦という入り海で、順風を待って船泊り
    している時、遣新羅(けんしらぎ)大使の一行が
    思い思いに旅の心を詠んだ歌。

意味・・山の上から山の裾まで照り輝くばかりの紅葉。
    その美しい葉が入り乱れて散る秋の真っ盛りは、
    まさに今日のこの日なのだ。

    今この瞬間、自分は真盛りの秋の中に身を置い
    ているという思い。そして、その盛りの秋こそ、
    妻が「この紅葉の季節にはお帰りになるでしょ
    うね」と約束して旅立ったのに・・。まだ新羅
    にも到着していないのに・・もう秋だ。

 注・・あしびきの=「山」にかかる枕詞。
    山下=山の麓。
    竹敷の浦=対馬の浅茅湾南部の竹敷の入海。
    新羅=韓国東南部にあった国。
    遣新羅(けんしらぎ)=736年6月に新羅に出発。
     秋には帰り着く予定であったが、疫病など
     が発生して、翌年3月に帰京した。

作者・・阿部継麻呂=あべのつぎまろ。737年没。736
    年遣新羅国の大使、途中対馬で病没。

出典・・万葉集・3700。


*************** 名歌鑑賞 ****************


飲む湯にも 焚き火のけむり 匂ひたる 山家の冬の
夕餉なりけり
                   若山牧水

(のむゆにも たきびのけむり においたる さんがの
 ふゆの ゆうげなりけり)

意味・・山小屋の囲炉裏には、自在鍵に吊るされた大
    鉄瓶で湯が沸かされている。暖を取るために
    時々焚き火が加えられ煙が上がっている。今、
    暖かい湯を飲み夕食をしている。

    山小屋で知らない人達と囲炉裏を囲んでいる
    風景を思わせます。知らない仲でも、ランプ
    の灯のもと話がはずんで旅愁を楽しんでいる
    姿です。

作者・・若山牧水=わかやまぼくすい。1885~1928。
      早稲田大学卒。尾上柴舟に師事。旅と酒を愛
    す。

出典・・歌集「渓谷集」(大悟法利雄著「若山牧水の
    秀歌」)

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